58. アルカ鍍金(前)
本日は短めです。すみません。
昨日、外出中に段差を下りる際に左足を捻ったのですが、それが地味に痛く…。
「ええ……? 吸血種って、血を吸った側が『眷属』になるの?」
「はい。このゲームでは血を与えた側が『主』になって、血を貰う側である吸血種が『眷属』になります。ですからわたくしはもう、お姉さまのものです。
わたくしはお姉さまの血の味を知り、他の方の血では受け付けない身体になってしまいました。ですから依存関係的にも、お姉さまが上位者なのは当然ですわ♥」
「そ、そういうものなんだ……」
微妙に納得がいかないところはあるけれど……。このゲームではそうなのだ、と言い切られてしまえば。もうその言葉には反論のしようも無かった。
兎にも角にも―――実際にログウィンドウに表示されているわけだし。
シズが『吸血種の主』となったこと自体は、紛れもない事実なのだ。
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《盟約の主Ⅰ》
『血の盟約』を交わし、吸血種の主となった証。
この異能は眷属に血を与えた回数に応じてランクが成長する。
Ⅰ:あなたが所有するアイテムを、所有権を変更しないまま
眷属本人や眷属が支配する存在に貸与できる。
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手に入った異能は《盟約の主Ⅰ》というもの。
ランクの表記がある異能は初めて見るけれど。少なくとも現在のランク『1』の時点では、大した効果では無いように思えた。
『眷属本人や眷属が支配する存在』というのは、つまりプラムやスケルトン達のことを指すんだろうけれど。アイテムを貸与できたからといって、それで何か有利になるとは考えづらいからだ。
そもそも『譲渡』ではなく『貸与』扱いにできることに、一体どれほどの意味があるんだろう。
「私が得た異能は、あまり効果がないものみたいだけれど。プラムはどう?」
「お姉さまから『血を与えて頂いた回数に応じて能力値が上がる』というものですから、わたくしの側は間違いなく有用ですわね」
「おー、それは凄い」
「うふふ♥ これから毎日、血を吸わせてくださいまし♥」
どの能力値が増えるにしても、その効果なら絶対に無駄にはならない。
出血したり血を吸われても痛みは全く無いわけだし、プラムの希望通り、今後は毎日でも彼女に血を提供するのが良さそうだ。
2週間に渡って血を与えないと『眷属』との関係が解消されて、お互いに異能を失うことになるらしいから。それを防止するという点でも、毎日の習慣にしておくことは好ましい。
血を提供するという理由があれば、プラムと毎日のようにイチャイチャする大義名分にもなるしね。
「あの、お姉さま。折角『工房』に来たわけですから、お姉さまが錬金術を行っているところを、是非生で見てみたいですわ」
「じゃあ何か霊薬でも作る?」
「それも駄目ではありませんが。ちょうど武器を都合したところですし、是非ともアルカ鍍金を拝見したいです」
「ん、了解」
プラムの言葉に承諾の意を示し、シズは『インベントリ』から2本の鎚矛を取り出す。
武具店にシズの両手槍と大弓を返却し、交換という形で手に入れた武器だ。
スケルトンに渡す前に、手早く付与を済ませてしまうことにしよう。
アルカ鍍金を行うには、まず武具の表面を薄い『魔力の膜』で覆う必要がある。
鎚矛の武器形状を正確に把握し、その全面を『魔力の膜』で余すところなく被覆して―――それから、魔力の中に錬金特性を浸透させるのだ。
作業には武具1つあたり『5分』を要する。
この作業時間は霊薬の調合と同様に、[敏捷]と[知恵]が高いほど短縮できる筈なんだけれど。現時点だと、ほぼ『5分』そのままの時間が掛るようだ。
もしかしたら多少は短縮できているのかもしれないけれど……。少なくとも、実感が伴うほどのものではない。
(たぶん今の[敏捷]と[知恵]で、条件をギリギリ満たせてる感じなのかな)
シズの[敏捷]は『52+3』で、[知恵]は『52』。
なので多分[敏捷]と[知恵]の両方が『50』以上あることが、アルカ鍍金でランクⅠの錬金特性を付与する際に、成功率を『100%』にする条件じゃないかと思う。
余剰能力値が『5』と『2』だけしかないようでは、作業時間を殆ど短縮できないのも、当然というものだろう。
10分の作業時間を費やして、2本のメイス両方にアルカ鍍金を施す。
付与する錬金特性は、いつも通り〔敏捷増強Ⅰ〕にしておいた。
この特性ならいくら使っても、ピティ狩りで簡単に補充できるからね。
「オッケー、できたよ」
「意外にすぐできるのですね……。ありがとうございます、お姉さま」
プラムが深々と頭を下げて、シズが差し出した2本の鎚矛を受け取る。
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初心者用メイス
物理攻撃値:25
装備に必要な[筋力]:16
【鍍金付与】:[敏捷]+3(▲あと約23時間後に消滅)
武器チケットと引き換えに交換可能な、初心者向けの鈍器。
武具店に持ち込めば、再び武器チケットに戻すこともできる。
打撃武器なので初心者にも扱いやすく、手入れも簡単。
特に生きている魔物の頭部に打ち込むと効果的。
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[敏捷]が上がれば動きが素速くなり、行動の正確さも増す。
なので近接戦闘を行うなら、高ければ高いほど有利な能力値だ。
「お姉さま。アルカ鍍金というのは、武器と防具にしかできませんの?」
「いや、身に付けるものなら何でも大丈夫。装身具でもオッケーだね」
「ふむふむ……。では、こちらに鍍金を施して頂くことは可能ですか?」
そう告げて、プラムが手渡してきたもの。
それは組み紐で作られた輪っかだった。黒と赤のラインが綺麗に編み込まれており、なかなか手が込んだ品のように見える。
「これは?」
「〔縫製職人〕が最初から作ることができる装身具のひとつで、『組み紐のブレスレット』というアイテムです。残念ながら防御性能はほぼ無いものですが」
「……ブレスレットにしては大き過ぎない?」
組み紐の輪は、かなりサイズが大きいように見える。
シズの頭を通して、そのままネックレスとして首に掛けられそうな程だ。
いくらなんでも腕輪としては大きすぎるように思えるけれど。
「この世界の装備品は『大は小を兼ねる』ものですから」
「あ、なるほどね。それもそっか」
『プレアリス・オンライン』のゲーム内世界において、防具や装身具は職人が生産する際に『サイズ調整の生産魔法』を行使して仕上げる。
この魔法が掛かっている装備品は、着用者が『寸法調整』というワードを唱えるだけで、その人に最も適したサイズに変化するのだ。
但しこの変化はサイズの『縮小』だけが可能で、『拡大』には対応していない。
プラムが言う通り、大は小を兼ねることができるが、逆は成り立たないのだ。
なのでこの世界の防具や装飾品は、本来のサイズよりもかなり大きめに作っておくことが一般的らしい。
「うん、このブレスレットにもアルカ鍍金を施すことはできると思う。どんな錬金特性を付与すれば良いかな?」
「では、都合の良いことに3つありますから。お姉さまがわたくしやユーリさん、イズミさんに贈りたいと思う錬金特性を付与して頂けませんか?」
「そう来たかあ……」
そういう返しをされるとは全く思っていなかったものだから、シズは少し悩む。
イズミだと[筋力]や[敏捷]、ユーリやプラムなら[魅力]が重要な能力値の筈なので、その辺りを増加させる錬金特性を付与すべきだろうか。
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お読み下さりありがとうございました。