57. 血の盟約
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「―――鍍金、ですか?」
「うん。新しいスキルを修得したら、できるようになってね」
武具店を出た後に、シズはそのことをプラムに打ち明ける。
折角スケルトン達用の鎚矛と盾を用意したのだから、それに『アルカ鍍金』を施すことで、より武具を強化しようと考えたのだ。
アルカ鍍金による強化は、現在のスキルランクだと1日で効果が切れてしまう。
けれど逆に言えば、1日は効果が切れずに持続するわけだから。今日、都市南方の森で行う予定の狩りでは、充分に役立つ筈だ。
「ふむふむ……装備品への付与というのは、どのような感じなのでしょう。実際にそれを施したものがあれば、見てみたいですわね」
シズからアルカ鍍金について説明を受けたプラムが、そう口にする。
彼女の言う通り、まずは現物を確認して貰うのが手っ取り早いだろう。
「私がいま着ている鎧にも『アルカ鍍金』による付与が施してあるから。ちょっとこの性能を確認して貰っても良いかな?」
「まあ、喜んで♥」
シズの要請に、プラムが嬉しそうに返事をして。
いきなり―――正面からがばっと、シズのお腹に抱き付いてきた。
「……別に抱き付く必要は無いんだけど?」
「うーん、鎧のせいで抱き心地がイマイチですわね。お姉さま、脱ぎませんか?」
「なんか前もあったな、こんなこと……」
以前にユーリから、急に抱き付かれた挙句に『抱き付く時には金属鎧は着て欲しくない』と理不尽な要求をされたことは、まだ記憶に新しい。
まさかそれとほぼ同じことを、プラムからも言われるとは思わなかった。
「……なるほど。確かに【鍍金付与】というものが付いていますわね」
文句を言いつつも、抱き締める手は緩めないままに。
ようやく装備の情報を確認してくれたらしく、プラムが静かにそう告げた。
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初心者用ガームアーマー
物理防御値:46 / 魔法防御値:18
装備に必要な[筋力]:36
【鍍金付与】:[敏捷]+3(▲あと約20時間後に消滅)
防具チケットと引き換えに交換可能な、初心者向けの防具。
武具店に持ち込めば、再び防具チケットに戻すこともできる。
全身を護る金属鎧なので、初心者向けの割に防御性能は高い。
但しかなりの重量があるため、機敏さは失われるだろう。
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シズが現在着用している鎧には、アルカ鍍金により[敏捷]が『3』増える効果が付与されている。
この効果は例によって、ピティを乱獲して得た〔敏捷増強Ⅰ〕の錬金特性を用いて付与したものだ。
ちなみに鎧にアルカ鍍金を行った際に、錬金特性は『3つ』消費した。
錬金特性の消費量は少し多めだけれど。他に材料を何も用意しなくて良いから、アルカ鍍金はわりと気軽に利用しやすい。
霊薬の調合と同じく、挑戦する前にアルカ鍍金も『成功率』は判るんだけれど。シズの場合は〔敏捷増強Ⅰ〕の特性付与なら、成功率は『100%』だった。
錬金術系の生産は、失敗すれば『爆発』を引き起こす。これはアルカ鍍金も例外では無いので、もし1%でも失敗する可能性があるようなら、作業に抵抗感を覚えたのは間違いないだろう。
ちなみに、シズが他に所有する錬金特性―――例えば水蛇の〔生命回復Ⅰ〕や、グーグーの〔移動速度向上Ⅰ〕、ゴブリンの〔筋力増強Ⅰ〕、ゴブリン・スカウトの〔加護増強Ⅰ〕、ゴブリン・ファイターの〔強靱増強Ⅰ〕などでも成功率を確認してみたけれど。これらの付与はいずれも『100%』成功するようだ。
成功率は霊薬と同じで、〔錬金術師〕の[敏捷]と[知恵]が影響するらしい。
現在シズの[敏捷]は『52+3』、[知恵]は『52』なので、その能力値で必要量に足りているということなのだろう。
もちろん、より上位ランクの錬金特性―――〔敏捷増強Ⅱ〕などを付与する場合には、成功率が変わってきそうな気がする。
「こんな感じのをスケルトン用の武器に付与したいんだけれど、いいかな?」
「もちろん、お姉さまさえよろしければ是非」
承諾が得られたので、プラムと手を繋ぎながら錬金術師ギルドへ移動する。
錬金術師ギルドは、言うまでもなく〔錬金術師〕のための施設なわけだけれど。別に部外者を連れて利用してはいけない、というほど厳格な場所でもない。
『工房』の中へプラムを同伴しても、特に問題は無いはずだ。
「縫製職人ギルドにも『工房』はありますが、あちらは大勢で一緒に利用する作業部屋ですから。個室があるというのは、ちょっと羨ましいですわね」
「あはは……」
ギルドまで歩く道中に、プラムがそう口にしてみせるけれど。事情を知っているシズとしては、苦笑することしかできない。
錬金術師ギルドの『工房』が個室なのは、失敗時に発生する『爆発』の被害が、生産者以外に及ばないようにするためのものだ。
要はただの『隔離部屋』なので、羨ましがられるようなものではない。
「―――ですが、ちょうど良かったですわね。わたくしからお姉さまに少し、お話したいことがありましたので」
「うん? いま聞けることなら聞くけど?」
「いえ、ここではちょっと……。その、少し恥ずかしいですので……」
「そ、そうなの?」
かあっと、恥ずかし気に顔を赤らめてみせるプラム。
一体どんな話をするつもりなのか、シズには凄く気になった。
「また『工房』を借りたいんですが、同伴者が居ても構いませんか?」
「ええ、全く問題ありません」
錬金術師ギルドに到着した後、1階販売店のカウンターに立っていたギルド職員の人に訊ねてみると。案の定、即座に許可を貰うことができた。
もう朝の8時を過ぎているんだけれど。この時間でもまだ、カウンターに立っているギルド職員は先程と同じ人だった。
いつものお姉さんは、今日はお休みなのかもしれない。
ギルド職員の人の話によると、『工房』はちょっとした話し合いや飲食スペースとしての利用目的で、作業もしないのに友人等を伴って利用する職人が、普段から結構いるらしい。
だからシズも他の人達と同様に、どういう目的で『工房』を利用しても構わないし、友人などを中に同伴しても全く問題無いそうだ。
親切なことに、ギルド職員の人は『工房』内に椅子が1脚しかないから、廊下に置いてある椅子を自由に持ち込んで構いませんよ、とまで助言してくれた。
「後で私を訪ねてくる人が2人ほど来るかもしれないんですが。もしそういう人が来た時には、『工房』へ案内してあげて貰うことってできますか?」
「はい。『シズ』さんが利用している工房へ行きたいと仰る方が来られた場合は、ちゃんと私どもでご案内させて頂きます」
追加でシズが訊ねたことにも、ギルド職員の人は笑顔でそう回答してくれた。
ユーリとイズミの2人も、たぶんそろそろログインしてくるだろうから。これで彼女達にも『工房』へ直接来て貰うことができそうだ。
プラムを連れて錬金術師ギルドの中を軽く案内する。
自分が所属していないギルドの様子は結構気になるものらしく、いかにもプラムは興味津々といった様子で、施設内の様々なところを見回していた。
それからシズ達は、借りる手続きをした3階『工房』の一室へ入る。
後でユーリ達に来て貰うかもしれないから、廊下の椅子は3脚ぶん持ち込んだ。
「ず、随分と、工房にしては狭い部屋ですのね……」
『工房』の中を見確かめて、呆れたようにそう呟いてみせるプラム。
個室の広さは大体4畳半……いや、もう少し狭いぐらいだろうか。
シズからすれば、それほど狭さを感じる空間でもない。ネットカフェの個室とかなら、もっと狭いところなんて幾らでもあるわけだし。
とはいえ―――昨晩の高級宿を「普通ですわね」の一言で片付けていたプラムからすれば、この空間を狭く感じるのも無理はないだろう。
「狭い所は嫌だったりする?」
「いえ。お姉さまと一緒でしたら、狭い分にはむしろ歓迎ですわね」
膝を突き合わせるほど椅子を近づけてから、朗らかに笑ってみせるプラム。
シズとしても可愛い女の子と一緒に居られる分には、狭い部屋のほうが嬉しい。
「―――それで、話って?」
道中で気になっていたことを、シズは率直にプラムに訊ねた。
耐爆仕様である『工房』の個室は、防音の点でも非常に優れている。
だからこの場所でならどんな話をしても、誰かに聞かれる心配は無い。
「お姉さまは、わたくしのキャラクターの『種族』をご存じですか?」
「……ごめんね、知らないや。私が知っているのはユーリの種族だけかな」
ユーリの種族が『森林種』であるのは知っている。
以前に本人の口から教わったことがあるからだ。
けれどもプラムとイズミの種族については、シズは何も知らなかった。
もしかしたらゲーム慣れしている人なら、プラムやイズミのキャラクターの外見特徴などから、彼女達の種族を看破できるのかもしれないけれど。
残念ながらシズは普段からほとんどゲームを遊ばないから、その手の知識の持ち合わせが全く無いのだ。
「―――実は、わたくしの種族は『吸血種』と申しまして」
「かるみら?」
「吸血鬼みたいなもの、と言えば判りやすいかもしれませんわね」
「おー、それなら何となく判るかも」
架空の物語などで、よく登場する単語であればシズにも判る。
文字通り人間の『血』を吸い、それを糧にして生きる不死の存在のことだ。
血を吸われた人間は吸血鬼の『眷属』として、その支配下におかれる―――なんて設定も、小説や映画などでよく見かける気がする。
「よろしければ私に、お姉さまの血を吸わせて下さいませんか?」
「ん、いいよ」
「……よ、よろしいのですか?」
「プラムがそうしたいなら全然いいよ?」
元より『リリシア・サロン』で僅かに付き合いがあった頃から、プラムの人柄に関しては信用している。
だからプラムがそうしたいなら、シズに断る理由なんてない。
「えっと、どうすれば良いのかな? 鎧を脱いで肩を出せば良い?」
なんとなく吸血鬼は血を吸う際に、相手の肩を咬むイメージがある。
だからシズはそう訊ねたんだけれど。プラムはその問いに頭を振って否定して、代わりに1本の『まち針』のようなものを差し出して来た。
「これは?」
「『出血の針』というアイテムです。このゲームでは基本的に、どのような怪我を負おうと出血することはありませんが。その特別な針を指先に刺しますと、少しだけ血を出すことができます」
「へえー、なるほどね」
言われてみれば……プラムの言う通り、このゲームでは『出血』が発生しない。
何しろ、魔物の身体を刀で真っ二つに切り裂いた場合でさえ、その断面から血が出ることが無いぐらいなのだ。
おそらく血を伴う表現を嫌うプレイヤーに配慮して、ゲーム自体がそういう仕様になっているんだろう。
ちなみにイズミは以前、これに関して『刀の血糊を落とす手間が無くて良い』と言っていた。
なんとも剣豪らしい台詞だと、シズは感心したものだ。
プラムから受け取った『出血の針』の先端を、左手の人差し指に刺す。
針を刺した場所からじんわりと血が染み出すけれど、痛みは全く無かった。
「失礼します、お姉さま―――」
「わっ」
血が床に滴るよりも速く、シズの指を口に咥えるプラム。
ちぅちぅと指先に吸い付く彼女の仕草が、何だか妙に可愛らしかった。
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★『血の盟約』により、吸血種のプラムを眷属にしました。
眷属には1日に1回まで血を与えることができ、回数が多くなるほど
あなたの近くに居る時に眷属の能力が強化されます。
14日間血を与えないと関係が解除されますのでご注意下さい。
○実績『吸血種の主』を獲得しました!
報酬として異能《盟約の主》を獲得しました。
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「………………え?」
ログウィンドウに現れた表示を見て、シズは驚かされる。
血を吸われたから、もしかしたら吸血種の『眷属』にされたりするのかなあと、そう思っていた部分はあったんだけれど。
まさか―――『眷属』になるのがプラムの側で、自分が『吸血種の主』になるだなんてことは、全く予想もしていなかったからだ。
「ふふ♥ これでわたくしは、おねえさまのモノですわ♥」
同様の表示は、おそらくプラムのログウィンドウにも現れているんだろう。
いま吸ったばかりのシズの血で、僅かに唇の端を汚しているプラムが。
そう告げながら―――なんとも嬉しそうに、満面の笑みを浮かべてみせた。
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お読み下さりありがとうございました。