53. 夜明け前から霊薬を(前)
錬金術師ギルド1階のカウンターで手続きをして、『工房』を1室借りる。
カウンターに立っていたギルド職員は、まだシズが見たことの無い人だった。
おそらく深夜時間帯を中心に勤務している人なんだろう。
……いつものお姉さんと会えなかったことが、シズにとってちょっぴり残念なのは言うまでもない。
「―――そうだ、まずスキルを振らなきゃ」
『工房』の個室内に入った後に、シズはそう思い立ってスキル関連のウィンドウを視界内に表示させる。
ここ最近は全然消費できておらず、スキルポイントが400点以上も貯まってしまっている。
スキルポイントは魔物を狩猟したりデイリークエストを達成していれば、自然と増えていくものだから。貯め込むよりも適宜消費するほうが良いだろう。
《何に振るの?》
《もっと空を飛ぶとか?》
「あはっ。実際、それも悪くは無いんだよねえ」
シズは《天翔る翼》の異能を入手しているお陰で、浮遊や飛行に関するスキルを通常の半額でランクアップさせることができる。
なので〈☆聖翼種の浮遊能力Ⅴ〉のスキルランクを、現在の『5』から最大ランクの『10』まで一気に成長させたとしても、消費するスキルポイントはたったの250点だけで済むわけだ。
いま所持しているスキルポイントだけで足りるから、その選択も決して悪いものではない。
「うーん……。でも今回はやっぱり、霊薬の生産ペースを更に上げようかな?」
《今でもかなりのハイペース生産なのに、更に高速化……!》
《俺らとしても、よりメール注文しやすくなるので嬉しい》
《どんどん生産して、霊薬不足を解消して下さい!》
「よし、じゃあ今貯まってる分は調合スキルに振っちゃおう」
保有しているスキルポイントから『400』点を消費して、霊薬を生産するためのスキル〈○初級霊薬調合Ⅴ〉を一気に〈○初級霊薬調合Ⅸ〉まで成長させる。
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〈○初級霊薬調合Ⅸ〉
錬金術を用いてスキルランクに応じた初級霊薬を生産できる。
初級霊薬を『18個』まで同時に生産できる。
霊薬の生産成功率が『9%』向上する。
生産した霊薬の品質値が『9』増加する。
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これで1回の調合で、霊薬を18個まで纏めて作れるようになった。
生産効率が上がった分だけ大量生産しやすくなったわけだ。
もちろん霊薬の品質が『9』増える効果も、地味ながら確実に有効だ。
《どうせなら、もう1ランク上げたいね》
「そうだね。最大ランクまでスキルを上げてみたい」
どのスキルでも、ランクは最高で『10』まで成長させることができる。
メールで受け付けている霊薬の注文が、10本単位の販売に限定している事情もあるし。できれば生産スキルのランクを『10』まで成長させ、20本ずつ生産が行えるほうが端数が出ないので都合が良さそうだ。
《デイリークエスト達成の報酬スキルポイントでワンチャン?》
「おっと、そういえばデイリーの確認もしないとだね」
時刻はまだ早朝の3時過ぎだけれど。日付自体はもう変わっているから、新しいデイリークエストが発行されている筈だ。
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◇好戦的な魔物の討伐 /デイリークエスト〔戦闘〕
人族を積極的に襲う魔物を、合計40体討伐する。
このクエストは翌日になると消滅する。
△報酬:戦闘経験値300、スキルポイント50、ランダム報酬
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◇新しい挑戦 /デイリークエスト〔生産〕
未経験のレシピに挑戦し、1回以上生産に成功する。
このクエストは翌日になると消滅する。
△報酬:戦闘経験値300、スキルポイント50、ランダム報酬
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確認してみたところ、戦闘側のデイリークエストは達成が容易そうだ。
今までにシズが遭遇したことのある魔物は、ピティを除く全てが好戦的だったから。これなら特に対象を限定せずに狩りをしても、普通に達成できそうだ。
「新しいレシピに挑戦、かあ……」
一方で生産側のクエストは初めて目にする内容だから、少し困惑してしまう。
このクエストの問題点は、いつもやっている『ベリーポーション』の調合では、絶対に達成できないということだ。
もちろんシズは『メランポーション』や『マカポーション』、『集中力ポーション』や『俊足ポーション』といった、他の霊薬の生産レシピも修得してはいる。
けれど残念ながら、その4種類の霊薬は手持ちの素材だけでは作れない。
もし作ろうと思うなら、市場で素材を購う必要があるだろう。
《シズっちシズっち、これあげる》
「お?」
妖精が読み上げたコメントに(なんだろう?)と思っていると。
やがて―――ピーン♪ という小気味の良い効果音が鳴ると同時に、シズが視界に表示させているログウィンドウにアナウンスが表示された。
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▲マサムネから『調合レシピメモ』のギフトを受け取りました!
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「おー、これは嬉しい。ありがとう!」
昨日は午後から長時間に渡って都市北方の森を探索し、かなりの数の魔物を討伐していた筈なのだけれど。それでも生産レシピを修得できるメモ系のアイテムは、ユーリに譲渡した『製薬レシピメモ』1つしか出現していない。
このことから察するに、レシピを修得できるメモ系のアイテムは、かなり出現率が低く抑えられている気がする。
自力入手だけだと、都合よく〔錬金術師〕向けのメモをいつ手に入れられるかは判ったものじゃないから。こうして視聴者から譲って貰えるのは、非常に有難いことだった。
《喜んで貰えたなら、こっちも嬉しいよ!》
《おお、調合のメモなら俺も1つゲットしたぜ! あげるよ!》
《あたしもー! 木工職人にはゴミだしねえ》
《あげるあげる。要らないから貰ってー》
《こんなん、なんぼあってもいいですからね!》
「わ、貰う貰う! 凄く助かるよー」
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▲ブンメイから『調合レシピメモ』のギフトを受け取りました!
▲ティナから『調合レシピメモ』のギフトを受け取りました!
▲メルから『調合レシピメモ×2』のギフトを受け取りました!
▲ちくわ大明神から『調合レシピメモ×2』のギフトを受け取りました!
▲じょんぶるから『調合レシピメモ』のギフトを受け取りました!
▲鶴子から『調合レシピメモ×3』のギフトを受け取りました!
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続々と視聴者から『調合レシピメモ』のアイテムが贈られてくる。
シズにとっては幾ら貰っても嬉しいものなので、大歓迎だ。
っていうか、このメモが一番必要なシズ自身はまだ1つも手に入れたことないのに、もう持ってる人は3つもあるんだね……。
「みんな、ありがとー! あ、ギフトを贈ってくれた人には、こっちからもお礼のアイテムを贈り返したりすることができるみたい。
じゃあ―――せめてものお礼に、とっておきの霊薬を何本か贈っておくね?」
《とっておき⁉》
《なにそれ凄そう》
「生産してると稀に『逸品』っていう、通常品より明らかに性能の良いものができることがあってね。なんとなく売らずに取っておいてたんだけど、レシピメモのお礼として贈りつけることにするよー」
〔錬金術師〕にとって重要な能力値は[敏捷][知恵][加護]の3つ。
このうち前者2つの能力値は、霊薬を調合する際にその成功率を上げたり、生産に要する時間を短縮するために役立つわけだけれど。
最後の[加護]については、生産時に一際優れたもの―――『逸品』が完成する確率を上げる、という効果がある。
シズは自分にとって重要な3種類の能力値を均等に成長させる方針をとっているので、もちろん[加護]も疎かにはしていない。
そのお陰なのか、シズは霊薬の調合時に大体3~4%ぐらいの確率で、安定して『逸品』を作り出すことが出来ていた。
普段から毎日のように『工房』へと通い詰め、沢山の霊薬を調合しているシズにとっては、言うまでもなく全体の3~4%でも充分馬鹿にできない量だ。
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★逸品ベリーポーション/品質[76]
【カテゴリ】:霊薬
【注入特性】:〔敏捷増強Ⅰ〕
【品質劣化】:-
【霊薬効果】:HP+76、[敏捷]+10(10分)
ヒールベリーを主材料に調合した霊薬。
果実の時ほどでは無いものの、品質が劣化しやすいので注意が必要。
服用後は『120秒』間、霊薬が服用できない状態になる。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。(+10%)
- この霊薬には特別な力がある!(★効果2倍+劣化なし)
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『逸品』が出来上がった際にどんな影響があるのかは、作る霊薬の種類によって異なるらしいのだけれど。
普段から大量生産している『ベリーポーション』の場合だと、まず単純に回復量が2倍になる。
しかも『ベリーポーション』最大の弱みである、時間経過による品質劣化が無くなるというオマケまで付くのだ。
もし売る気があるようなら、錬金術師ギルドからは1本あたり600gita以上で無制限に買い取ると言われている。
ギルドの買取価格は原則として、売り場に並べる価格の7掛け。
だから市場では1本あたり850gita程度の価値がある筈だ。
早速シズはレシピメモをギフトとして贈ってくれた人達全員に、メモ1つにつき3個の逸品霊薬を発送する。
850gita×3で、2550gita程度の価値はあるわけだ。希少なレシピメモを提供してくれたことに対する、多少の謝礼にはなるだろう。
《なんか洒落にならない出来の霊薬がお礼として届いた件》
《私のHPの最大値より回復量多いんだけど》
《こんなの勿体なくて使えない……》
《ゲーム序盤にエリクサー3つ貰った気分》
「エリクサー……? よく判んないけれど、どうせ余らせてるものだから有効活用して貰えたら、私としても嬉しいかな」
《このクラスの霊薬が余る、だと……⁉》
《余ってるなら売って下さい!》
「あー……。ごめんね? 今後レシピメモを貰った際のお礼に使いたいから、売るのはちょっと遠慮しとこうかな」
《よし、ちょっとメモをゲットするためにスライム乱獲してくるわ》
《俺もカブトガニ乱獲してくる》
《あたしの所はゴブリンだね。こうしてみると地域によって結構特色があるねえ》
どの国では、どんな魔物が序盤に狩りやすいのか―――視聴者達が雑談モードに入ったようだから。シズはそれに聞き入ったり、たまに相槌を打ったりしながら、今日もベリーポーションをどんどん生産していく。
新しいレシピを確認するのは、とりあえず後回しでも良いだろう。
また次回のメール注文を受け付けるためにも、どちらにせよベリーポーションは今日も沢山作っておく必要があるからだ。




