50. 異世界のお風呂(前)
皆で一斉に笹飾りに短冊を吊るすと、4人の身体が淡い光に包まれる。
シズとイズミの2人は青い光に。ユーリは白で、プラムは紫の光に。
飾った短冊と同じ色の光が、それぞれの身体を優しく包み込む。
5秒ほど続いた光が収まった後に、自身のステータスを確認してみると。
短冊の御利益があったらしく、シズの[敏捷]成長力が2点増えていた。
……あと、ついでにステータス画面に『未割り振りの成長力:2』という表示があったので、慌ててシズは2点の成長力を任意の能力値に割り振る。
どうやら戦闘職と生産職のレベルが、それぞれ『6』に成長た際に得られた分の成長力割り振りを、今の今まですっかり失念していたようだ。
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シズ
白耀族の聖翼種/能力倍率合計【160%】
〔操具師〕- Lv.6 【80%】
〔錬金術師〕- Lv.6 【80%】
HP: 30 / 30
MP: 57 / 57
[筋力] 8 (5)
[強靱] 11 (7)
[敏捷] 49 (31)
[知恵] 48 (30)
[魅力] 9 (6)
[加護] 46 (29)
-
◆異能
《操具術》《特性吸収》《落下制御》《呪詛無効》《天使の輪》
《天翔る翼》
◇スキル - 425 pts.
〈☆効能伝播Ⅰ〉〈○服薬術Ⅰ〉〈○食養術Ⅱ〉
〈☆錬金素材感知Ⅰ〉〈○初級霊薬調合Ⅴ〉〈○植物採取Ⅰ〉
〈○素材収納Ⅰ〉〈○生産品収納Ⅰ〉【○伐採Ⅰ】
〈☆聖翼種の浮遊能力Ⅴ〉
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―――というわけで、七夕イベントの恩恵に加えてレベルアップ分の成長力も割り振った結果、ステータスはこんな感じに変化した。
成長力の割り振りだけでなく、スキル面の新規修得やランク成長も失念していたものだから。スキルポイントのほうも随分と貯まってしまっている。
ポイントの使い途は、後でゆっくり考えようと思う。
ゲームを開始した時点のシズの能力値は、確か[敏捷]が『22』で[知恵]が『26』、[加護]が『28』だった筈だ。
なのでシズにとって重要な3種類の能力値は、もうそろそろ初期値の倍ぐらいに達することになりそうだ。
特に[敏捷]と[知恵]の2つが増えれば、それだけ霊薬の生産に必要な時間が短縮できるわけだから、この成長が持つ意味は大きい。
今まで以上に効率良く霊薬を生産できるようになれば、メールで霊薬を注文してくれる視聴者の人達にも、より応えることが可能になるだろう。
一方でHPは最初『19』だったのが、未だに『30』しか無かったりもするのだけれど……。これは[筋力]にも[強靱]にも、成長力を一切割り振っていない以上、仕方ないことなんだろう。
とはいえ今後の戦闘での前衛役はイズミや、プラムが生成するスケルトン達が引き受けてくれるだろうから。
今後シズが前面に立つ必要が無いことを思えば、別にHPなんて低くても構わないのかもしれない。
ちなみに現在、アンデッド達はプラムの『影』の中に格納されている。
〔死霊術師〕が修得するスキルの中に、使役したアンデッド達を自分の影の中へ潜ませられるものがあるらしい。
街中でアンデッドを連れ歩いていれば衛兵がすっ飛んで来そうだし、これも〔死霊術師〕には必要な能力なんだろう。
「お姉さま、よろしければこの後、お風呂に入りに行きませんか?」
「お風呂? この世界にもあるんだ?」
「はい。ちょっとお高めの宿屋で個室を借りると、浴場が付いているそうで」
「へえー」
最近ユーリは、この『プレアリス・オンライン』の開発にも携わっているラギから、色々とゲーム内の情報を聞きだしているらしい。
おそらくはこれも、ラギから教わった情報の中の1つなのだろう。
《お風呂! これは是非行くべきですよ!》
《キマシタワー! おねロリお風呂とか最高ですわ!》
《やはりお風呂回か……。いつ入浴する? 私もガン見する》
《お願いです、彦星様! 織姫様! 今夜だけは謎の光を消して下さい!》
「どうしよう、視聴者がすっごいうるさい」
「ホントですね……」
妖精が荒ぶりながら読み上げるコメントに、シズは思わず苦笑してしまう。
イズミもまたコメントのテンションの高さに、軽く頬を引き攣らせていた。
ちなみに『謎の光』というのは、ゲーム内でキャラクターが裸になった際に自動的に出現する、不思議な光のことだ。
この光が胸や股間をしっかり覆い隠してしまうため、ゲーム内のキャラクターが裸になっても、周囲の人達や『配信』を視聴している人達にその身体が見えることは絶対に無いらしい。
(……そもそも絶対に、映像の『配信』なんてしないけどね)
言うまでもないけれど。ユーリ達とお風呂に入るなら、その様子を『配信』するつもりなんてシズには更々(さらさら)ない。
おそらくは以前に武具店で着替えた時と同じように、映像をカットして音声のみを『配信』することになるだろう。
自分が既に好きになってしまっている子達の身体を、他の誰にも見せたくないと思う程度には―――シズにだって独占欲というものがあるのだ。
「1部屋あたり1泊で『12000gita』ぐらい掛かるみたいですが。4人一緒に泊まることができて、個室の貸切浴場が付いてきます。どうでしょう?」
「おお、結構な値段がするね……。でも、そのぐらいなら私が全額持つよ」
シズの『インベントリ』には、作成した霊薬を販売した対価としてフレンド達からメールで届いた大量のgitaが、そのまま貯蓄されている。
『12000gita』という金額は、決して安いものではないけれど。現在のシズの財力にとっては、それほど負担でもない。
「よろしいのですか?」
「うん。ユーリはともかく、プラムやイズミには厳しい額だろうしね」
ゲーム開始後のチュートリアルクエストでは、たったの1000gitaしか現金は手に入らない筈だ。
このゲームでは魔物を倒したからといって直接お金が手に入る訳ではないから、彼女たちの所持金は殆ど増えていない筈。
そのことを思えば、2人にこの額を負担させるわけにはいかない。どうせお金をただ貯めても意味なんて無いわけだし、ここはシズが受け持つべきだろう。
それに宿屋に宿泊すれば、ログアウトしていた時間に応じてHPやMPが『最大値を超えて回復する』というボーナスが得られる。
明日は強力なゴブリン達が待ち構える、都市南部の森へ向かう予定だから。保険的な意味でも、全員のHPを高めておくのは悪くなさそうだ。
「では、シズお姉さまにお金を持って頂くのですから―――」
「ええ。私達は対価を身体で支払うべきですわね♥」
「お金が無い以上、当然ですね」
「……い、いやいや。ちょっと待とう? お、落ち着いて?」
右腕にプラムが、左腕にイズミがぎゅっと抱き付いてきたものだから。
シズは左右の手の自由を奪われて、すぐに言葉でしか抗えなくなる。
「うふふ♡ さあシズお姉さま、宿はこちらですわ♡」
「ま、待って。話せばわかる、話せばわかるから」
「問答無用ですわ♥」
シズの意志とは無関係に、ずるずると夜道を引っ張られていく身体。
薄々気付いてはいたけれど―――シズの低い[筋力]だと、前衛職のイズミにはもちろんのこと、後衛職のプラムの力にさえ全く抵抗できないらしい。
《やっぱりロリおねじゃないですか! やったー!》
《ご覧の配信は『お姉さま総受け』でお送りしております》
《嗚呼、天使ちゃんが逝く……》
《望むまでもなく、少女から愛されし天使ちゃんを(物理的に)動かすもの》
《それは天使ちゃんをわからせる意志を持つ少女達の、筋力に他ならない……》
「視聴者が何を言ってるのか、全然意味がわからない……」
「抵抗は無意味ですよ、シズ姉様。諦めましょう?」
「はい……」
イズミから言われて、シズは大人しく諦めることにした。
いやまあ、可愛い女の子達と一緒にお風呂に入れる機会なんてものは。もちろんシズ自身にとっても、大歓迎なイベントではあるんだけどね……。
中央広場から5分も歩かないうちに、目的の宿屋へは辿り着いた。
何となくシズは5階建てぐらいの、ホテルみたいな所かなと思っていたんだけれど。着いてみればそこは、広大な敷地を有する旅館風の平屋な建物だった。
と言っても石造りなので、和風の建物ではないけれどね。
「ここは1日に6組までしか泊まれない宿なんです」
「なるほど、宿泊料が高いわけだ……。でも、6組までしか泊まれない宿屋だと、こんな夜中に来ても遅いんじゃないのかな?」
たったの『6組』限定なら。夕方までにはもう、全室が埋まっていてもおかしくなさそうに思える。
人気次第ではそれどころか、当日の利用自体が不可能なことさえ有り得そうだ。
「うふふ、大丈夫です。ちゃんと予約してありますわ」
「最初から泊まるつもりだったんじゃん……」
「とはいえ、料金は私が受け持つ予定でした。シズお姉さまがお金を持つと言って下さいましたのは、とても嬉しかったです」
「年長者なんだし、このぐらいは当然でしょ?」
「シズお姉さまのそういう律儀なところ、私は大好きですよ♡」
そう告げて、朗らかに笑ってみせるユーリ。
ユーリに大好きと言って貰えるのは、もちろんシズにとって幸せなことだ。
建物の中へ入り、受付カウンターでユーリがチェックインの手続きをする。
明らかに、見ただけで未成年者しかいないと判るパーティなわけだけれど……。どうやらこの世界では、それでも宿泊には全く問題が無いらしい。
これが現実なら、16歳が1人に9歳前後が3人という未成年の集団だと、保護者の同意書なしでは泊まらせてくれる宿のほうが少なそうだ。
「シズお姉さま、右手奥の6号室だそうです」
「料金は後払いかな?」
「はい。チェックアウト時の清算のようです」
「ん、了解」
この世界の宿は素泊まりだと1泊500gita程度、夕食付きなら800gita程度に設定されていることが多いと聞いている。
その中にあって、4人一緒に泊まれる部屋とはいえ1泊で12000gitaという金額設定は、かなり強気に思えるけれど。
とはいえ―――やっぱり高価なだけのことはあり、廊下を歩くだけでも宿の内装がちゃんとしていて、率直に好感が持てる雰囲気だと感じるばかりだ。
現実だと何かと『節約』を考えてしまうシズにとっては、ゲーム内のお金だけで充分な高級感がある宿に泊まれるのは、なかなか嬉しい体験だった。
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50話目でした。いつもお読み下さりありがとうございます。
お陰様で未だにVRゲームの日間・週間の1位に入っておりまして、とても嬉しい気持ちで一杯です。(恐れ多い気持ちもいっぱいですが……)
今後ともお手すきの時間にでも、本作にお付き合い頂けましたら幸いに存じます。




