49. 七夕の短冊
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数時間に渡る北方の森での探索を終えて。森都アクラスまで戻って来た頃には、すっかり夜も更けていた。
ふと天を仰げばそこには、なんとも見事な満天の星空が広がっている。
「こちらの世界では、星がとてもよく見えますのね」
「やっぱり地上に光源が少ないからでしょうか」
プラムとイズミの2人が、感嘆しながらそう言葉を零す。
森都アクラスの目抜き通りには街灯が配置されているから、夜でも不自由なく歩ける程度には充分明るいんだけれど。
それでも―――街頭に車にお店の内外にと、どこにでも沢山の光が溢れている現代都市に較べれば、こちらの街明かりはずっと少ないだろう。
だからイズミの言う通り、街中からでも星がこんなに綺麗に見えるのは。天上の景色を霞ませる、地上の明かりが乏しいお陰かもしれなかった。
「もちろん、約束された『快晴』のお陰でもあるのでしょうね」
「ああ―――。そういえば、そんなこと書いてあったね」
公式サイトに記載されていたアップデート内容には、『七夕』の今日から翌日の夜明けまでの『笹飾り』が設置されている間は、大都市の天候が『快晴』で固定されると書かれていた。
抜けるような青空だけが広がっていた昼間の天気を、現在もそのまま引き継いでいるわけだから。なるほど、星がよく見えるのも道理だろう。
「忘れずに七夕の短冊も飾らないとだね」
「そうですね、プレイヤーにもメリットがあるイベントのようですし」
「能力値が増えるんだっけ?」
「はい、好きな能力値の成長率を増やせるとか」
「おおー」
そんな会話をユーリと交わしながら歩いていると、すぐに都市中央部の広場辺りへ辿り着く。
昼間は様々な露店が立ち並び、ちょっとした市が形成されていた広場だけれど。夜になった現在ではもう殆どの露店が撤去されているみたいで、やや閑散とした場所に様変わりしていた。
そして―――そんな広場の中で、白い光を淡く放って目立つ、何本もの笹竹。
おそらくこの笹竹が、今回の七夕イベントの『笹飾り』なのだろう。
見れば笹竹の枝葉には既に、都市住人達の手によるものと思われる沢山の短冊が飾り付けられているようだ。
(確か、短冊は『インベントリ』に配布されてるんだっけ)
アップデート内容の告知文章を思い出し、シズは自身の『インベントリ』の中身を確かめてみる。
するとそこに『青の短冊』『赤の短冊』『黄の短冊』『白の短冊』『紫の短冊』という、いわゆる五色の短冊がセットで入っているのが判った。
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青の短冊/品質[100]
【カテゴリ】:イベント(※このアイテムは収納枠を使用しない)
【使用期限】:7月8日の夜明けと共に自動消滅
七夕の笹飾りに吊るすための『青色』の短冊。
自由に願い事を書いて、笹飾りに吊るしてみよう。
この短冊を飾ると[敏捷]の成長力が永久に『2点』増える。
但し恩恵があるのは、あなたが今年最初に飾った短冊1つだけ。
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試しにその中の1つの『青の短冊』を取り出し、アイテムの詳細を確かめてみると。これは笹飾りに吊るすことで[敏捷]の成長力が2点も増えるらしい。
レベルアップの際に増やせる成長力が1点なことを考えると、永久に2点も増えるというのは、わりと大きい効果だと思う。
なお増える能力値は短冊の色に応じて決まるみたいで、赤だと[筋力]、黄だと[強靱]、白だと[魅力]、紫なら[知恵]の成長力が2点上がるようだ。
シズにとって重要なのは[敏捷]と[知恵]と[加護]の3種類。
現在の成長力は[敏捷]と[知恵]が『29』で、[加護]が『28』。
だから、できれば[加護]を増やしたいところなんだけれど……。
残念ながら[加護]を増やす短冊は存在しないようだ。
能力値が6種類あるのに対して短冊の色が五色しかないわけだから、これは仕方ないことだろう。
(―――じゃあ[敏捷]でいいかな)
というわけで、シズは最初に取り出した『青の短冊』を選択する。
ユーリ達もそれぞれ何色の短冊にするかを決めたようで、ユーリは白い短冊を、プラムは紫の短冊を、そしてイズミはシズと同じ青の短冊を取り出していた。
「イズミも[敏捷]を上げるんだね?」
「はい。[筋力]と迷いましたが……やはり居合いには、より素速く、かつ正確に刀を振るうことができる能力が必要かと思いまして」
「なるほど」
現時点でもイズミが振るう剣筋は充分に素速く、そして精緻なものであるように思えるけれど。どうやら彼女は、より貪欲に上達を求めているらしい。
弱冠9歳でありながら、イズミが持つ強い向上心には感服するばかりだ。
「シズお姉さま。あちらで願い事が書けるみたいですよ」
そう告げながら、ユーリが笹飾りの脇に置かれている長机を指差してみせる。
何も書かず短冊を吊るすだけでも、能力値成長率が増える恩恵は得られるんだろうけれど。折角のイベント事を粗末に済ませるのももったいない。
どうせ現実では七夕飾りを書く機会なんて滅多に無いんだから。せめて仮想世界のこちらでは、しっかり七夕というイベントを楽しもう。
(……とはいえ、何を願ったものかな……?)
自分の健康とか、あるいは離れた場所で暮らしている両親の健康を願ったりするのが、定番と言えば定番だろうか。
すぐ先に期末試験が控えているから、テストの点が良くなることを願うのも良いかもしれないけれど……。
「うーん……」
悩みながら、何となく周囲を見回すと。
すぐ隣で真剣な表情をしながら短冊に何かを書き綴っている、ユーリとプラム、イズミの3人の姿が目に入った。
『ユーリ、プラム、イズミの3人とずっと一緒にいられますように』
すぐに願い事が決まって、シズは迷うことなく短冊にそう書き綴る。
3人のことを見ればそれだけで、他に望むものなんて無いと思えた。
「うふふ。シズお姉さま、とっても素敵な願い事だと思いますわ」
「……ユーリ。こういうのは人のを見ないのがマナーじゃないの?」
「あら、これは失礼致しました。では代わりに私のもお見せしますね」
そう言いながら、ユーリが1枚の短冊をシズのほうへ見せる。
そこには流麗な文字で『シズお姉さまのペットになりたい』と書かれていた。
芸術性すら感じる綺麗な文字なだけに……内容との落差が酷い。
「ペ、ペットって……。首輪でも買ってあげればいいの?」
「まあ♡ シズお姉さま―――言質は取りましたよ?」
「……えっ?」
にっこりと、満面の笑みを浮かべてみせるユーリ。
そのユーリに気圧されて、シズの頬を一筋の汗が流れた。
「じ、冗談だよね?」
「うふふ♡」
ただ静かに微笑むユーリを見て。
流石にシズも(あっこれ絶対買わされるやつだ)と理解した。
「聞いて下さい、プラムちゃん、イズミちゃん。シズお姉さまが私達に、ペット用の『首輪』をプレゼントして下さるそうですよ?」
「あら、それはとても―――素敵ですわね♥」
「私には是非、ちょっとキツ目に締まるものをお願いします」
「………………ええ?」
何故2人とも、首輪をプレゼントされるという事実を、さも当然のことのように受け容れるのか。……それが全く、シズには理解できないんだけれど。
本当に買わないといけないことだけは―――何となく、理解できてしまった。
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お読み下さりありがとうございました。
七夕イベント自体には思い入れはありませんが、酒井格先生作曲の「たなばた」はウィンドオーケストラ定番曲の中で一番好きです。




