47. 普段冷静な子ほど、慌てた姿がかわいい法則
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ピティの狩猟を続けていると、程なくプラムとイズミの身体がまばゆく光って輝き、彼女たちが共にレベルアップしたことが判った。
おそらく20体の魔物を討伐したことで『自由討伐』のデイリークエストが達成され、その報酬で戦闘職のレベルが『2』に成長したんだろう。
シズ達は一旦射撃の手を止め、現時点でこちら側へと駆け寄ってきているピティだけイズミに対処してもらい、それから短い休憩を入れることにした。
レベルが上がった分とデイリークエストを達成した分、それと様々な実績が達成されているだろう分も合わせると、プラムとイズミのスキルポイントは結構貯まっている筈だ。
なので休憩を挟むことで2人にスキルポイントの使い途を考えて貰ったり、能力値の成長率を割り振ったりして貰おうというわけだ。
「お待たせしました、もう大丈夫ですわ」
「私も大丈夫です」
「ん、了解」
2人の準備が済んだところで、シズ達は休憩を終えて立ち上がる。
このままピティ狩りを続けるという選択肢もあるわけだけれど―――ユーリと相談した結果、今日はこれから森の中へ入ることにした。
北側の森なら、遭遇する魔物はピティ以外にグーグーや水蛇、あとは通常のゴブリンぐらいのもの。
グーグーはピティと同じくレベル『1』の魔物だし、水蛇やゴブリンだってレベルは『2』でしかない。なのでプラムやイズミと一緒に入っても、特に問題ないとユーリは判断したようだ。
森の中ならヒールベリーなどの素材が採取できるし、水蛇を狩猟すれば〔生命回復Ⅰ〕の錬金特性も得られる。
なのでシズとしても、ユーリの提案は歓迎でしかない。
「元々さして暑くもないですが。森の中は一層涼しくて良いですね」
「わかります。この世界の森は居心地が良いですよね」
前を歩くイズミとユーリの2人が、そんな会話をしている。
『プレアリス・オンライン』のゲーム内世界『アースガルド』の気候は、現実のそれにリンクしている。だからこちらも季節は夏の筈なのだけれど―――。
その割にはイズミの言う通り、シズ達が初期地点に選択したファトランド王国は暑さが控えめで、日中を歩いていても不快感を覚えることは殆ど無い。
ファトランド王国は、現実で言えばアイルランドの辺りに位置するけれど。
もしかするとあの辺りの地域は元々、暑さが厳しくならない土地なんだろうか。
いや、それとも……ゲームの中では暑さや寒さを不快に思わないように、体感が調整されているのかな?
なんにしても―――森の中は樹林が形成する林冠が陽光を遮るお陰で、都市内や平原より、ずっと涼しげなのは間違いなかった。
ゲーム内の森には虫やヒルなどが全然居ないから。現実の森とは違って無警戒に歩いても、何の心配もいらないのも嬉しいところだ。
「そういえば、プラムに聞きたいんだけど」
「あ、はい。なんですの、お姉さま?」
「私は〈効能伝播〉っていうスキルを修得しているから、自分が摂取した飲食物や薬品の回復効果なんかを、パーティメンバーにも共有できるんだけれど。その際になぜかスケルトンも一緒に回復していたのは、何でなのかな?」
シズが『ブリュッセルワッフル』を食べたり『アンセルジュース』を飲んだりした際に得られた回復や能力値増加の効果は、シズ本人やユーリ・プラム・イズミといったパーティの仲間だけでなく、スケルトンにまで及んでいた。
ログウィンドウにはっきり記述されていたから、間違いない筈だけれど―――。
〈効能伝播〉のスキルはパーティメンバーにのみ効果を分け与えるものなので、普通に考えればプラムが使役するスケルトンは、対象外になりそうなものだ。
「ああ―――それはわたくしの持つ《支配の絆》という異能の効果ですわね。この異能のお陰で、支配者であるわたくしが得た回復や強化などの『有利な効果』は、常にアンデッド達にも共有されますの」
プラムの言葉を裏付けるように、プラムに付き従うスケルトン達がカタカタと音を立てながら頷いてみせた。
反応を見る限り、会話が成立しているとしか思えないんだけれど……やっぱりこのスケルトン達は、中にプレイヤーでも入ってるんじゃないだろうか……。
ちなみに現在、スケルトンの数は2体に増えている。
先程のピティの討伐だけで、プラムがもう1体のスケルトンを生成できるだけの『生体エッセンス』が貯まっていたからだ。
現時点だとプラムが生成できるスケルトンは2体までが上限らしい。
スケルトンを召喚するスキルのランクを伸ばせば、生成上限数を拡大することが可能らしいので、レベルが上がっていけば更に増えそうではあるけれど。
スケルトン達は2体とも、長弓を手に携えている。
プラムは最初にチュートリアルクエストの達成報酬で手に入る『武具チケット』2枚を利用して、長弓を2つ交換していたらしい。
ユーリの話によると、その際に武具店の店員からは「なぜ同じ武器を2つも?」と随分訝しがられていたらしいんだけれど。2つとも自分で使うのではなく、支配下のスケルトンに持たせるためだったわけだ。
スケルトン達は背中に矢筒を背負っているけれど、こちらはユーリが代金を肩代わりして購入したものになる。
プラムは最初に手に入る1000gitaのお金を、ゴスロリっぽい衣服の購入代金だけで全て消費してしまったから。もう自前では矢も買えなかったそうだ。
「とりあえず今はお金を貯めないといけませんわね。ユーリさんに借金があると、どんな形で返済を求められるか判ったものじゃありませんし……」
「うふふ、怖くないですよー?」
「ひっ」
どうやら前を歩いていたユーリにも、会話が聞こえていたらしくて。
足を止めたユーリが振り返り、妖艶に笑ってみせたのを受けて。軽く怯えた表情になりながら、プラムが数歩後ずさった。
……うん。
その笑顔はシズから見ても、ちょっと怖いかもしれない。
「あ、ごめん。ヒールベリーを採取していい?」
「わたくしもお手伝い致しますわ」
「ありがとね、プラム」
川原の近くまで来ると、シズの〈錬金素材感知〉スキルが沢山のヒールベリーを感知する。
どうやら以前ユーリと2人で根こそぎ採取したヒールベリーが、今ではすっかり復活しているようだ。
自然の恵みに感謝しつつ、今回も有難く回収させて貰うことにしよう。
〔縫製職人〕のプラムは繊維素材の植物を採取するために〈植物採取〉のスキルを修得しているらしく、初めてでも手際良く素材を収穫していく。
彼女にとってヒールベリーは不要な素材だろうに、何の躊躇もなく手伝いを申し出てくれるプラムの優しさが、シズにはとても嬉しかった。
「私はお手伝いができず、済みません……」
「そんなこと気にしないで。ごめんね、待たせちゃって」
「いえ。ヒールベリーがシズ姉様に大切なことは、承知していますので」
植物系の素材は〈植物採取〉のスキルがあれば触れるだけで採取ができるので、素材の品質を全く傷めずに回収することが可能となる。
そのスキルを持たないイズミは、下手に手伝わないほうが良いと考えたようで、3人が採取する姿を静かに傍で見守っていた。
「〔鍛冶職人〕のイズミは、やっぱり鉱石を採取するスキルがあるのかな?」
「はい。採取ではなく採掘になりますが、【鉱石採掘】というスキルがあります。
……というか、シズ姉様も【鉱石採掘】を修得できますよね?」
「え、そうなの?」
「『配信』の視聴者は、配信者のキャラクター情報を自由に見ることが可能です。シズ姉様の配信中に何度も確認していますので、間違いないかと」
「おお……。ごめんね、ちょっと見てみる」
慌ててシズは、視界内に今の自分が修得可能なスキルを一覧表示してみる。
するとイズミの言う通り、そこには【○鉱石採掘】というスキルがあった。
「おー、ホントにある。全然気付いて無かった……。
【伐採】と同じで、一定時間毎に使用可能なタイプのスキルなんだね?」
「はい。〔鍛冶職人〕にとっては、どちらも重要なスキルになります」
「ふむふむ」
試しにシズはスキル2つの詳細情報を、視界に表示させてみる。
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【○鉱石採掘】
MP消費:10 / 冷却時間:1800秒
採掘ポイントを利用して、素材を獲得することが出来る。
獲得素材の品質値が『3』増加する。
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【○伐採Ⅰ】
MP消費:20 / 冷却時間:3600秒
指定した樹木1つを伐採し、素材を獲得することが出来る。
灌木なら2~3本を纏めて伐採できることもある。
獲得素材の品質値が『3』増加する。
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【伐採】は既にシズが修得しているスキルだ。
イズミの話によると、彼女にとって【鉱石採掘】は鍛冶の原料を集めるためのスキルで、【伐採】は鍛冶を行う際に必要な燃料を集めるためのスキルらしい。
また槍や薙刀のような長柄武器は、柄の部分が木製のことが多いので、そちらの材料に木材が必要になることも多いようだ。
但しそういう部分は〔鍛冶職人〕が作るよりも、〔木工職人〕という木材を扱うことに特化した職業の人に任せた方が、良いものが出来るらしいけれど。
「私は『刀』を自作するのが目的なので、鞘や柄の部分に用いる為の木材を集めておく必要があります。なので【伐採】スキルはもちろん修得済です」
「……刀の鞘って、あれ木製なんだ?」
「そうですが。何で出来てると思ってたんですか?」
「金属製かと思ってた」
「それは……出し入れする度に、凄く刀身が傷みそうですね……」
日本刀は硬質な木材を鞘に使うだけでも、刀身に傷が付き易いらしい。
だから鞘を金属で作るなど、以ての外なんだとか。
「なるほどねえ……。初めて知ったよ」
「刀に興味が無い限りは、そんなものでしょうね」
シズの言葉に、イズミがくすりと小さく笑う。
確かにこれまでは、あまり興味が無かったけれど。ユーリが使う武器のことなんだから、今後は刀に関することも少しは知っておきたい。
「そのうちイズミが刀を打ってるところを、近くで見せて欲しいな」
「構いませんが……。退屈だと思いますよ?」
「そんなことないよ。イズミが好きなことなら、知りたいじゃない」
「えっ」
自分を慕ってくれる女の子のことなら、知りたいと思うのは当たり前だ。
率直な気持ちからシズがそう告げると。イズミの顔が、一瞬で茹でダコのように真っ赤に染め上がった。
「……し、シズ姉様。不意打ちはズルいです」
「別にそういうつもりじゃなかったんだけど……」
平静な表情をして、淡々と言葉を告げることが多いイズミなのに。
意外に彼女は、平静さを失いやすいところもあるようだ。
(―――可愛いなあ)
自分のために狼狽してくれている姿が、可愛くて、嬉しくて、愛おしい。
そう思ったシズは―――もう殆ど無意識のうちに、イズミの唇を奪っていた。
ただ唇を触れ合わせるだけの、簡単なキスだけれど。
それでも、イズミの張りのある唇の感触を、シズはつぶさに感じ取る。
「ほ」
「……ほ?」
「ほあああああああああああああああああ⁉」
先程までの伶俐な表情は見る影もなく、緩みきった表情でズザザザッとその場で一気に後ずさるイズミ。
キスひとつで心を乱してくれる彼女もまた、どんなにも可愛らしい。
《百合キス! 百合キスですわ!》
《9歳女児に毒牙が迫る……! これはイズミちゃん当分夢に見ますね!》
《祝報:わからされてばかりの天使ちゃん、とうとう反逆する》
《ロリおねかと思っていたら、おねロリだった……⁉》
好き勝手に囀る、視聴者の皆のコメントさえ今は心地良い。
みんな忘れてるかもしれないけれど。私、一応『バリタチ』だからね?
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お読み下さりありがとうございました。




