46. みんなが強い
そんな会話を交わしている間に、シズ達は森都アクラスの北門へと到着した。
プラムとイズミの2人は午前中にチュートリアルクエストを済ませているから、既に所属する生産職ギルドのカードを持っている。
なので4人全員がギルドカードを身分証として提示し、すぐに門脇にある勝手口を通行することができた。
「あれが魔物ですか? 可愛いですが、やる気が感じられませんね」
「あはは……」
門を出るや否や、魔物の姿を見てイズミが愚痴を零してみせる。
彼女がそう言いたくなる気持ちは、シズにも理解できなくは無い。
都市から出てすぐの場所に多数棲息しているピティ達は、どの個体も基本的に、ずっと草を食んでいるだけだ。
そこに『やる気』なんてものが、あろう筈も無かった。
(もっとも―――雨が降らない限りは、なんだろうけどね)
ピティは雨が降っている時にだけは、人を見れば積極的に襲い掛かる、好戦的な魔物に姿を変えると聞いている。
シズはまだその光景を見たことが無いけれど。門から出てすぐの位置に、特定の条件下で好戦的になり得る魔物が沢山居るというのは、穏やかな話では無い。
交易路を利用する商人や旅客の安全を確保するためにも、晴れている時にピティを討伐して、数を減らしておくことは大事だろう。
「シズお姉さま。どういう風に戦いましょうか?」
「今回は別に、みんな好き勝手に戦ってもいいんじゃないかな?」
予め作戦を立てて戦う必要があるほど、ピティは強い魔物ではない。
近接戦闘を行うのは〔侍〕のイズミ1人で充分。そう考えたシズは『インベントリ』の中から大弓を取り出した。
門前の草原にピティは沢山居るけれど、それぞれの個体がまばらに点在しているから、こちらから駆け回って倒すのはちょっと大変だ。
今回も遠距離武器を使い、ピティを自分達の側へ誘き寄せる方が楽だろう。
「プラムはたぶん、ゾンビとかスケルトンを呼び出せるんだよね?」
「その通りですが……残念ながら、今はまだ無理でして」
〔死霊術師〕という特徴的な職業の力を早速見てみたくて、シズが好奇心を乗せた眼差しで見つめると。プラムは少し気まずそうに、首を左右に振ってみせた。
彼女の話によると、〔死霊術師〕がアンデッド系の魔物を生成する為には『生体エッセンス』という要素が必要らしい。
そしてゲームを開始した時点では保有している生体エッセンスが『0』なので、今の時点ではまだアンデッドを生成できないそうだ。
『生体エッセンス』は生物の命を奪うことで手に入る。
魔物を討伐すれば、その敵のレベルと同じ点数分だけ補充できるそうだ。
これはプラム自身が倒さなくても、パーティを組んでいる仲間が討伐すれば良いらしい。なので、とりあえず最初だけは戦闘を他の皆に任せたいそうだ。
「ゾンビなら『5点』の生体エッセンスだけでも生成できるのですが。ゲーム内の掲示板で調べた情報によると、ゾンビは腐敗臭が強いとか……」
「うわ、それはキツいね」
身体が腐っているわけだから、当然と言えば当然かもしれないけれど。とはいえ腐敗臭がする魔物が近くにいるのは、プラムだけでなくシズ達もつらい。
生体エッセンスの消費が少なくて済むとしても、その選択はナシだろう。
「ええ、わたくしも悪臭がする魔物はイヤですから。修得する魔術にはゾンビではなく、スケルトンを呼び出すものを選択してみましたの。
こちらは生成時に、ゾンビの倍で『10点』の生体エッセンスが必要となってしまいますが。代わりに臭いなどは一切しないそうです」
「―――ん、了解。じゃあまずは私達で10体狩ろう」
「承知しました、シズお姉さま」
「はい、シズ姉様」
ピティはレベル1の魔物だから、討伐時に得られる生体エッセンスも1点。
なので、とりあえずは10点分―――10匹の討伐が目標だ。
狩るのに苦労する魔物ではないので、きっとすぐに集まるだろう。
シズがユーリと2人並んで弓を構えると、イズミもまた腰の本差に手をかけた。
シズは[筋力]が低いから、矢を射たところで威力は低いんだけれど。
要はピティを、シズ達が居る側へ誘い出せればそれでいい。
ユーリと一緒に、少し離れた位置にいるピティに1射ずつ攻撃を加えていく。
ピティは晴天である限り温厚な魔物だけれど。シズやユーリの矢により攻撃されれば、即座に敵意を剥き出しにて駆け寄ってくる。
そんな風に『こちらへ来る』ように誘導されたピティ達を、いとも簡単にイズミが、刀でズバズバと斬り伏せていった。
何と言うか―――それは明らかに、素人ではない動きだった。
鞘から刀を引き抜く所作に一切の無駄が無く、一瞬だけ陽光を受けて白刃が煌めいたかと思えば、もう刀が再び鞘の中へと収まっている。
抜刀から納刀までの流れが、本当にスムーズで。シズはまるで洗練された舞踏を見ているかのような気分になった。
《やべえ、イズミちゃんヤバい》
《これは完全にプロの動きですよ》
《ぅゎ ιょぅι゛ょっょぃ》
《凄いな、9歳ぐらいでこれか……》
パーティを組んでいる仲間の状態はいつでも確認することができるのだけれど。この『居合い斬り』でピティを倒す際に、イズミのMPは一切減らなかった。
つまり彼女はスキルを利用して一連の所作を行っているのではなく、普通に刀を操って、この動きをやってのけているようだ。
「……イズミって、明らかに武道をやってるよね?」
「はい。剣術がメインですが、槍や薙刀、弓や手裏剣などの扱いについても沢山の武芸伝承がある、室町時代から続く武門の家柄だと聞いています」
「わぁお……」
ユーリが教えてくれた言葉に、シズは閉口する。
もしかするとイズミは幼い少女でありながらも、このゲームを遊んでいるプレイヤーの中で、最も刀を扱うことに精通した人物かもしれなかった。
「つまり、イズミは剣術道場の跡取り娘さんか何かなのかな?」
「いえ、シズお姉さま、それは違います。イズミちゃんの家はとても立派で大きな神社を運営しておられる、神職の家系ですから。道場などは開いていません」
「あ、神社のお家なんだね」
「はい。イズミちゃんが言うには、武芸の類は神職を生業とするついでに余興として楽しむ、家門相伝の『嗜み』なのだとか」
「嗜み……」
随分と物騒な『嗜み』だとも思うけれど。
何にしても―――仲間である分には、頼もしいことこの上無い。
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▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:5/スキルポイント:0
獲得アイテム:ピティの肉
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:5/スキルポイント:0
獲得アイテム:-
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:5/スキルポイント:1
獲得アイテム:ピティの肉
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
+----+
パーティの人数が増えたので、分配される経験値やドロップアイテムが少しだけ減ったみたいだけれど。代わりに2人の時よりも狩りのペース自体は上がっているから、気にするほどではないだろう。
それに何より、錬金特性は変わらずピティ1体につき1つ手に入るのが嬉しい。
毎日沢山の霊薬を作っていることもあり、どうしても錬金特性は不足しがちで、最近はピティの肉から〔敏捷増強Ⅰ〕の特性を抽出していることも多いのだ。
素材から錬金特性を抽出すると、その素材は失われてしまう。
『ピティの肉』はあまり美味しく無いらしいけれど……それでも食材であることに変わりは無いわけで。
お肉を特性の抽出目的で消費するのは、何だか食べ物を粗末にしている気分になるから……。正直、あまりやりたくなかったりもするのだ。
なるべくなら錬金特性は素材からではなく、魔物の討伐で補充したい。
「お姉さまっ♥」
「うん? どうしたの、プラムちゃ―――」
甘い声で囁かれ、斜め後ろに居る筈のプラムのほうを振り返って―――。
「うひょあ⁉」
思わずシズは、飛び上がりそうなほど驚く羽目になった。
振り返ってすぐ目の前に、真っ白な髑髏があれば、こんなの当然だろう。
シズの反応を見て、髑髏がカタカタと音を立てて笑ってみせる。
もちろん頭部だけではなく、そこには骨で出来た全身分の身体があった。
「も、もうスケルトンを作れたんだね?」
「はい。皆様のお陰で『生体エッセンス』がすぐ集まりましたので」
プラムが『インベントリ』の中から弓と矢筒を取り出して、生成したスケルトンに手渡す。
どうやらスケルトンは人と同じ武器を扱うことができるらしい。
射手の頭数が増えれば、ピティをもっと効率的に狩ることが出来そうだ。
「すみません、お姉さま。その……」
「ん、了解」
〔死霊術師〕はアンデッドを一度生成してしまえば『維持』にはMPを一切消費しないらしいけれど。そのぶん生成時には沢山のMPを消費してしまう。
プラムはまだレベルが低いから、スケルトンを1体生成するだけでMPの大半を使い切ってしまう。
となればもちろん、MPの補給はシズの役目だ。
シズは大弓を『インベントリ』内に収納して、代わりにブリュッセルワッフルとアンセルジュースを1つずつ取り出し、それを少しずつ味わっていく。
この菓子とジュースは、ユーリ達と合流する前に露店市で購入した『ステータス増強』の効果を持つアイテムになる。
MP回復だけなら、いつものサブレやクッキーでもいいんだけれど。どうせなら回復ついでに、みんなの能力値を増やしておこうというわけだ。
フルーツとクリームが贅沢にあしらわれたワッフルと、アンセルというこの世界独自の甘いフルーツを擂り潰して作ったジュース。
これらの甘味を、4人の中で最も年長者のシズひとりだけが飲み食いするのは、なんだかちょっと申し訳ない気もするけれど……。〔操具師〕のシズでなければ、パーティ全員に効果を共有できないのだから仕方ない。
+----+
△『ブリュッセルワッフル』を食べました。
シズのHPが『21』、MPが『28』回復しました。
シズの[敏捷]が6時間に渡って『12』増加します。
シズの満腹度が『14』になりました。
仲間全員のHPが『12』、MPが『12』回復しました。
仲間全員の[敏捷]が6時間に渡って『11』増加します。
プラムが使役する魔物のHPが『12』、MPが『12』回復しました。
プラムが使役する魔物の[敏捷]が6時間に渡って『11』増加します。
△『アンセルジュース』を飲みました。
シズのMPが『14』回復しました。
シズの[筋力]が3時間に渡って『11』増加します。
シズの満腹度が『15』になりました。
仲間全員のMPが『11』回復しました。
仲間全員の[筋力]が3時間に渡って『11』増加します。
プラムが使役する魔物のMPが『11』回復しました。
プラムが使役する魔物の[筋力]が3時間に渡って『11』増加します。
+----+
手早くワッフルとジュースをお腹の中に収めると、すぐに回復とステータス増強の効果が発生し、その詳細がログウィンドウに表示されて。
確認してみたところ―――なぜか今プラムが生成したばかりのスケルトンにも、回復とステータス増強が適用されていた。
シズが修得している〈☆効能伝播〉のスキルは、あくまでも付近の『パーティメンバー』にしか効果を共有しないはずなので、これはちょっと変な気がする。
この辺の事情は、後でプラムに訊ねてみることにしよう。
ちなみにスケルトンは先程から、プラムに託された弓を巧みに操り、離れた場所にいるピティに向けて延々と矢を放っている。
思いのほか正確な射撃で、スケルトンが放った矢は殆ど外れることなく、ピティの身体を射抜いているようだ。
命中率だけで言えばシズよりもずっと上だろう。
そして何より、射撃そのものが非常に速い。
短い間隔で放たれる矢が、効率よくピティ達をこちら側へと誘い出してくれる。
もちろんピティが来れば来るだけ、イズミの刀が振るわれるだけだ。
芸術性の高い『居合い』の所作が見られる度に、ピティが確実に1体ずつ、白い光の粒子になって消滅していく。
その技芸の美しさには、ただただ感嘆するばかりだ
「イズミは刀の達人みたいだし、プラムはアンデッドを召喚できちゃうし。2人ともゲームを始めたばっかりなのに、本当に凄いねえ」
「……⁉ い、一番ヤバいのは、明らかにお姉さまでしてよ⁉」
「ええっ? そんなこと無いでしょ?」
「そんなことありますわ……」
「うふふ、そうですね」
「間違なくシズ姉様が一番ヤバいです」
何故かプラムだけでなく、ユーリとイズミからも苦笑されてしまった。
ただ食べたり飲んだりしてるだけで『ヤバい』って言われても……。
《天使ちゃんが一番ぶっ飛んでるんだよなあ》
《イズミちゃんもプラムちゃんも、天使ちゃんに較べればまだ……》
《流石ですお姉さま! パクパクですわ!》
更には視聴者からも、追い打ちのようなコメントが入る。
しかも何故かスケルトンまでもが、何度もカタカタとシズに向けて頷いていた。
……このスケルトンって、中にプレイヤーでも入ってるの?
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お読み下さりありがとうございました。
VRゲームの週間1位に入ってる…! みんな支援ありがとー!




