45. パーティバランス
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「は、恥ずかしかった……」
《普通に叱られてたのワロタ》
《そら神殿の中なら怒られるよなあ》
―――あの後のこと。
シズ達4人は天擁神殿に勤めている神官の女性から「ここは神聖な場ですので、痴話げんかは余所でお願いします」と、穏やかな口調で注意を受けた。
神殿の中で抱き付き合ったり騒いだりしている少女達を見れば、神官の人が看過できないのも当然だろう。
シズ達がまだ幼い年齢だからなのか、神官の女性は怒るというより、優しく窘めるような口調だったけれど……。もしシズ達が大人なら、もっと厳しく咎められていたのは間違いないと思う。
TPOを弁えるのは大事なことだよね、と改めて思い知った気がした。
現在はそんな天擁神殿を後にして、中央広場からも離れ、都市の北門に向けて移動しているところだ。
プラムとイズミの2人は今日ゲームを開始して、共にチュートリアルを終えたばかりだから。最初は門を出てすぐの場所にいるピティを狩って、戦闘職のレベルを上げてしまおうというわけだ。
今日は休日だから時間はたっぷりある。
2人のレベルが1つか2つ上がった後には、そのまま森の中へ突入して、ヒールベリーを集めつつ水蛇などを狩るのも良さそうだ。
ちなみに現在もシズの右手にはイズミが、左手にはプラムがそれぞれがっしりと組み付いていて、両腕が自由にならない状態が続いている。
まあ―――もちろん言うまでもなく、女の子が引っ付いてきてくれるのは、シズにとって嬉しいことでしか無いんだけどね。
3人固まって歩いている都合上、ユーリ1人が浮いた状態になっているんだけれど。これに関しては、ユーリによると『今日だけはプラムちゃんとイズミちゃんの2人に譲ってあげます』とのことらしい。
「シズお姉さま。とりあえず今のうちに、パーティを組んでおきませんか?」
「あ、それもそうだね」
朝にユーリが脱退したため、今のシズは誰ともパーティを組んでいない。
これから一緒に魔物を狩るのだから、忘れず組んでおいたほうが良さそうだ。
『ユーリからパーティの勧誘が届いています。受諾しますか?』
ユーリは現在、プラムとイズミと一緒にパーティを組んでいる。
だから今回のシズはパーティに参加する側になるわけだ。ユーリから届いた勧誘に対し、シズは迷うことなく『受諾』の意志を示す。
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▲シズが『ユーリ』をリーダーとするパーティに参加しました。
現在4人パーティです。経験値は全員に均等分配されます。
▲ユーリがパーティのリーダー権を『シズ』に委譲しました。
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「えっ。別にユーリちゃんがリーダーのままで良くない?」
「シズお姉さまを慕う者の集まりなのですから、リーダー役は当然シズお姉さまが務めるべきでしょう」
にっこり笑ってユーリからそう言い切られれば、シズには何も言い返せない。
まあ、このゲームでは別にリーダーだからといって、特別な役割などがあるわけではないから。別に構わなくはあるんだけれど。
「そういえばプラムちゃんとイズミちゃんって、職業は何にしたの?」
「シズ姉様。先程も申しましたが、私のことは『ちゃん』付けではなく、呼び捨てにして欲しいです」
「うっ……。そ、そういえばそうだったね」
そういえばつい先程、はっきりそう求められたんだった。
別にこだわりがあるわけじゃないけれど……。イズミも、そしてユーリもプラムも、自分よりかなり小さな子だから。どうしても無意識のうちに『ちゃん』を付けてしまうんだよね。
「あ、ではシズお姉さま、ついでに私のことも呼び捨てでお願いします」
「では当然、わたくしも同様にお願い致しますわ」
イズミに便乗とばかりに、ユーリとプラムの2人もそう求めてきた。
慣れないけれど……本人が望むのなら、もちろんシズに否やは無い。
「え、えっと。じゃあ―――」
若干の気恥ずかしさを、紛らわせるために。
コホン、とシズは一度だけ咳払いをしてみせてから。
「イズミ」
可愛らしい黒髪の少女の名前を、有りの儘に口にすると。
名前を呼ばれた当の本人は、嬉しそうにふわりと笑ってみせた。
「ああ―――これは、とても良いですね。呼び捨てにされると、シズ姉様のモノになれたという感じがして、大変幸せな気持ちになれます」
「モノって……」
自分を『モノ』呼ばわりするイズミに、シズは思わず苦笑する。
シズにとって、女の子は常に愛すべき対象だから。『モノ』扱いをすることは、絶対に有り得ないのだけれど。
「お姉さま。わたくし達のことも是非、呼んでみてくださいまし」
「うん。―――プラム、ユーリ」
シズが名前を告げると、2人とも嬉しそうに目を細めてみせる。
3人の本名は知らないけれど。キャラクターとしてのその名前は、彼女達の魅力や雰囲気に、とてもよく似合っているように思えた。
「なるほど。……非常に良いものですね。是非今後はこの感じで」
「ええ。わたくし達はお姉さまのモノですから、呼び捨ては当然ですわ」
「ん、了解」
別に呼び捨てにすること自体に異存はないけれど。
ちゃん付けで呼ぶのも好きなんだけどなと、内申で少しだけ惜しくも思った。
「それで、イズミとプラムは戦闘職を何にしたの?」
「私は〔侍〕ですね。最初からこれにしようと決めていました」
イズミはそう答えながら、腰に差している大小2本の刀を指し示してみせる。
武器に刀を選んでいる時点でも珍しいけれど。確かに、本差と脇差の2本を同時に腰に差すというのは、いかにも〔侍〕を思わせるスタイルだ。
上衣と袴という和風な装いをしているのも、〔侍〕としてのキャラクターの印象を損なわないよう、意識して選択したものなんだろう。
「お侍さんかあ。格好いいね」
「ありがとうございます。あと生産職には〔鍛冶職人〕を選択してみました」
「それはやっぱり、自分で刀を打ちたいから?」
「はい。それに刀は、買うと高そうなので……」
「な、なるほど」
以前テレビ番組で見たことがあるけれど、日本刀は1本作るだけでも沢山の工程があり、大変な労力を伴うものらしい。
なので数打ちの刀であっても、買えば結構なお値段がしそうだ。
イズミの言葉は世知辛いけれど、確かに建設的な考えかもしれない。
「シズお姉さま。〔侍〕は前衛職の中でも屈指の攻撃力を有する職業なのですが、その一方では燃費がとても悪いことで知られています」
「燃費?」
「攻撃スキルで消費する、MPの量が多いということですね」
「へえ……。じゃあもしかして、私と相性が良かったりする?」
「はい、ご明察の通りです」
シズの言葉を、ユーリが微笑みながら肯定する。
〔操具師〕であるシズは、一緒にパーティを組んでいる仲間のMPをとても簡単に回復させることが可能だ。
ユーリの説明によると、〔侍〕はその燃費の悪さのせいで、本来はここぞという時にしか真の実力を発揮できない職業らしいのだけれど。
おそらくシズが随時MPを補給していけば―――イズミは持てる実力を、十全に発揮し続けることができるだろう。
「じゃあやっぱり、私は後衛に下がるべきだね」
「はい。そのほうが賢明だと思います」
敵と至近距離で対峙していては、アイテムを飲み食いするのが難しくなるから。
今後の戦闘では後ろに下がり、前衛をイズミに代わって貰うのが良いだろう。
シズが回復役に専念することで、イズミが存分に火力を発揮できるなら尚更だ。
「プラムは職業に何を選択したの?」
「わたくしは〔死霊術師〕に致しましたわ」
「おお……。なんだか凄い職業を選んだんだね」
〔死霊術師〕とは、簡単に言えばアンデッド系の魔物をその場に作りだし、使役することで戦力として活用する戦闘職のことらしい。
また他にも『呪詛』を掛けて魔物の妨害を行ったり、幾つかのちょっと変わった攻撃魔術なども扱えるそうだ。
魔術師系の職業なので〔死霊術師〕自身は当然後衛になるのだけれど。生成したアンデッドを戦わせることができるから、同時に前衛役を『作り出せる』職業とも言うことができる。
これならシズが後衛に下がっても、パーティのバランスは丁度良さそうだ。
「ちなみにわたくしの〔死霊術師〕も、アンデッドの生成時にとても沢山のMPを消費する職業だったりしまして……」
「ん、わかった。私が頑張って補給を手伝えばいいんだね?」
シズからすれば、1人回復するのも2人回復するのも、同じことだ。
イズミと一緒にプラムも補給できるので、彼女たちのMP消費がどれほど激しくとも、問題とはならない。
「ありがとうございます、お姉さま。お礼はわたくしの身体で支払いますので♥」
「捕まりそうだから勘弁して……」
お互いに未成年とはいえ、流石に16歳の女子が9歳の女の子に手を出すような事案があれば、どう考えても16歳の側に非があるだろう。
女の子のことは大好きだけれど、流石に警察の厄介にはなりたくない。
「あら、仮想世界では何をしても罪にはなりませんわ♥」
「誘惑しないで……。と、ところで、生産職には何を選んだの?」
「生産職は〔縫製職人〕に致しました。好みの服を自作したいですから」
「いま着てるみたいなヤツかな?」
「はい」
シズが問いかけた言葉に、プラムが即座に頷いてみせる。
プラムが身に付けているのは、黒色がかなり濃くてフリルも多めに付いている、ゴスロリっぽい印象を受ける衣装だ。
彼女の綺麗な金の髪には、この手の衣装がとてもよく似合う。
但し、あくまでも『ゴスロリっぽい』というだけで、本物ではない。
プラムが着ている衣服は『ドレス』と呼ぶには服の作りがあまりにも簡素だし、またそれほど質の良い布地で作られているようにも見えないからだ。
おそらくチュートリアルクエストの達成時に貰える『1000gita』のお金だけでは、このレベルの服しか買えなかったんだろう。
ゴスロリは大変に精緻で丁寧な仕事が求められる衣装だから、普通の衣服よりも桁違いの値段が付きそうだし。イズミと同じく、プラムが『自作』に活路を見出すのは自然なことだと言えた。
「私も応援するよ。きっとプラムには、よく似合うと思うから」
「はぅ……! あ、ありがとうございます、お姉さま♥」
「お金も結構貯まってきたし、もし街中でプラムに似合いそうな服を見かけたら、その時は是非プレゼントさせてね?」
「……も、もちろんですわ……♥」
一瞬で茹で蛸みたいに、判りやすいぐらい顔が赤くなるプラム。
こういう反応をはっきり示されると―――本当に彼女から自分が好かれていることを、流石にシズも自覚せずにはいられなかった。
《流石はお姉さまですわ! 手慣れていらっしゃいますのね!》
《皆様ご覧下さい、これが少女3人を手籠めにするプロの手管です》
《女の子に服を贈る。それが何を意味するかは……判るな?》
《服をプレゼントする。代わりに中身は頂く》
《これが等価交換の原則ってヤツさ!》
「うるさいよっ!」
相変わらず好き放題言ってくれる外野に、思わずシズは声を荒らげる。
そんなシズを見て、プラムとイズミの2人は楽しげに笑ってみせた。
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お読み下さりありがとうございました。




