44. 天使ちゃん独占宣言
「シズお姉さま。よろしければ私のお友達2人のことも、フレンドに登録してあげてくださいませ」
「えっと……。どうやれば良いのかな?」
ユーリの言葉に、シズは純粋な疑問としてそう問い返す。
現時点で既に300人弱ものフレンドがいるシズだけれど。その登録は常に相手から行われたので、自分の側からフレンドに登録する方法をまだ知らないのだ。
「いつも通り『意志操作』で、相手をフレンドに加えようと思えば大丈夫です」
「なるほど」
この『プレアリス・オンライン』では、大抵のシステム操作を『意志』によって簡単に行うことができる。
だからユーリが教えてくれた方法は、考えてみれば当たり前のことだった。
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▲プラムと相互に『フレンド』になりました。
▲イズミと相互に『フレンド』になりました。
▲『プラム』があなたとの関係に『恋人』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『恋人』関係になります。
▲『イズミ』があなたとの関係に『恋人』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『恋人』関係になります。
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「……えっ?」
フレンド登録自体は、すぐにできたんだけれど。
ログウィンドウに表示された、登録した2人から返されたリアクションを見て、思わずシズは戸惑ってしまう。
それほど交流した機会が多くないプラムから『恋人』の関係を求められる理由が判らないし、ましてや初対面のイズミからも『恋人』関係を望まれる理由なんて、想像も付かないのだけれど―――。
咄嗟にシズが、2人のほうを見つめると。
プラムはシズの視線に、ただ楽しげな笑顔で応えてみせて。
一方でイズミは照れくさそうにしながら、視線を僅かに逸らしてみせた。
彼女たちが示した態度のそれぞれに、2人の性格の違いが垣間見える気がして、なんだかちょっと面白い。
「あの。もし嫌でしたら、無理には」
「―――あっ。ううん、もちろん全然嫌なんかじゃないよ」
上目遣いにじっと見つめてきたイズミの表情を見て、慌ててシズはこちらからも2人との関係を『恋人』に設定する。
女の子とより深い関係になれるなんて、シズにとってはご褒美でしかないわけだから。どうして嫌なことなんてあるだろう。
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▲フレンドのイズミと『恋人』の関係になりました。
▲フレンドのプラムと『恋人』の関係になりました。
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「わわっ」
関係を選択して、正式に『恋人』になった瞬間に。
2人同時に左右から抱き付かれ、危うくシズはその場でよろけそうになった。
「………?」
くどいようだけれど―――シズはプラムとこれまでに大して交流を持った機会がなかった筈だし、イズミに至っては今日が初対面なわけで。
2人からこうして抱き付かれる理由が、シズには皆目見当も付かない。
いや、まあ。言うまでもなく女の子から抱き付かれるの自体は、シズにとって歓迎すべきことでしかないんだけれどね。
《幼気な少女2人を即座に落とすとは……》
《これはロリキラーとしての格が違いますよ》
《しかもユーリちゃんの目の前でだぞ》
《本妻の前で堂々と浮気……! 流石ですお姉さま!》
《いや、むしろユーリちゃんは主犯側なのでは?》
《なるほど、これも『わからせ』の一環なのか》
「みんなが何を言っているのか、まるで意味が判らないけれど。とりあえず何だか私の名誉が不当に貶められている気がする……⁉」
「……⁉ し、シズ姉様、どうされたんですか?」
「あっ―――。ご、ごめん、えっと」
配信妖精が読み上げる視聴者からのコメントは、『配信』を行っているシズ本人や、シズとパーティを組んでいる相手にしか聞こえない。
だから唐突に声を荒らげたシズに、イズミが驚くのは当然だった。
いま現在も『配信』を行っていることや、シズにだけ視聴者から寄せられたコメントが声になって聞こえていることなどを説明すると。
イズミとプラムは、2人ともあっさり理解を示してくれた。
「そのことでしたら、重々に承知してます」
「ええ、イズミさんの言う通りですわ。そもそも、わたくし達もつい昨日までは、お姉さまの『配信』を見ていた側でしたから」
「……え? そうなの?」
「はい。ゲームの開始は今日からですが、『配信』は以前から見ていました」
「わたくしもイズミさんも、初日からお姉さまの配信を視聴しておりますのよ」
シズの言葉に、イズミとプラムの2人が即答してみせる。
思い返せば―――『配信』の視聴者には、色々と情けない姿も見せてしまっている気がするから。初日から全部見られていると思うと、少し居たたまれない気持ちにもなった。
《速報:イズミちゃんとプラムちゃん、まさかの俺らだった》
《↑まず可愛い少女に生まれ変わってどうぞ》
《同性から見ても天使ちゃん超可愛いから、視聴する気持ちはとてもよくわかる》
《初日からって事は、もちろん初期の蛮族スタイルも見てたんやろなあ》
《ゴブリンを両手斧でボコボコにする蛮族天使ちゃんやぞ》
《↑思い出すと胸がドキドキしてきた……。これは恋? それとも……》
《↑自分がボコボコにされる姿を想像して、動悸がしてるだけだぞ》
……外野がなんだかうるさいけれど。
どうせ配信妖精が読み上げるコメントはイズミやプラム、それと今はユーリにも聞こえていないわけだし。一切気にしないことにしよう、うん。
「―――ああ、もしかして。私は初日からユーリちゃんと組んでいたから、2人はユーリちゃんの様子が知りたくて、私の『配信』を見てくれてたのかな?」
「いえ、シズ姉様。それは違います」
「……そうなの?」
「はい。私はシズ姉様が初めて『配信』を開始されたその日の時点で、既にユーリから『私の初恋を手伝って欲しい』と協力を要請されていましたので。
ですから、純粋に少しでもシズ姉様のことを知りたくて、視聴していました」
「え、えっと。……それは、どういうこと?」
イズミが回答した言葉の意味が理解できず、シズは首を傾げてしまう。
すると、イズミはシズに向けて小さく笑ってみせた。
「シズ姉様は、同時に複数の女性を好きになる人、なのですよね?」
「えっ? あー……うん、そうだけど……」
「ユーリが言ってたんです。―――シズ姉様は自分と同じ同性愛者だけど、同時に決して私ひとりだけを好きになってはくれない人でもあるから。私より女性として魅力的な人達、特に大人の女性に目を向けられるのは困るんだ、って」
「……え、えっと。つまり?」
「ユーリはシズ姉様を、大人より子供を好きになる性癖にしたいみたいで。そのために私とプラムの2人も一緒に『恋人』になって、シズ姉様が年下の女の子以外に目を向けられないよう、包囲してしまおうってことらしいです」
「何それ怖い」
イズミの物言いはとても率直で、言葉に裏表がない。
今日が初対面でも、それがよく判るだけに。―――そんなイズミの口から淡々と告げられた衝撃の事実に、シズは軽く血の気が引いたような心地になった。
「うふふふふ♡」
「ひっ」
ふと視線を向けると、そこには妖艶に微笑むユーリが居て。
大きく気圧されたことで、シズは思わず後ずさろうとした―――のだけれど。
両側からイズミとプラムの2人に抱き付かれているせいで、実際にはその場から一歩も動くことができなかった。
《やべえ。ユーリちゃんが思ってた以上にやべえ》
《幼い女の子達による、天使ちゃん包囲網。……アリだな!》
《うふふ、お姉さまにはこれからロリコンになって頂きますわ♡》
《もう助からないゾ♡》
《もう逃げられないゾ♡》
外野が何か言っている気がするけれど、シズの耳には全く聞こえない。
そんな余裕なんて、今のシズには皆無だった。
「―――シズお姉さま」
「は、はい」
「私とイズミちゃんと、プラムちゃんのこと。どうぞ末永く愛して下さいませ♡」
「……い、いやいや。その……ユーリちゃんのことは、もう好きだけれど……」
「はい♡」
「イズミちゃんとプラムちゃんは、私が好きになっちゃマズいでしょ? 2人とも別に、私のことは好きでも何でも無いだろうし」
16歳のシズが9歳のユーリを好きになるというだけでも、本当は結構問題があることなんだと思う。
でも、これはユーリの側から好きになってくれたんだから―――と思えば、まだシズは自分を許すことができるのだ。
でも、イズミとプラムの2人は違う。
彼女達はユーリに要請されて、シズに近づいてきただけだ。
……そんな2人のことを、シズの側から好きになって。
本気で好きになってしまえば―――手を出してしまいそうなのが、怖いのだ。
何しろ既に『恋人』関係が成立している相手に対しては、ゲーム内だけに限ればどんなことをしようとも許されてしまうのだから。
「うふふ。シズお姉さまはひとつ、勘違いをしておられますね」
「勘違い……?」
「はい。そうですね―――私からご説明するより、本人の口からが良いでしょう。
プラムちゃんは、シズお姉さまのことをどう思っていらっしゃいますか?」
「もちろんお慕いしておりますわ? そもそも、私は『リリシア・サロン』で数回お話ししただけでも、お姉さまをいいなとは思っておりましたから」
「……え。そうなの?」
「はい♥」
シズが問いかけた言葉に、満面の笑みでそう答えてみせるプラム。
彼女の気持ちが何故そうなっているのか、シズにはよく判らないけれど。
何となく―――その言葉に嘘はないと信じられた。
「で、でも、イズミちゃんは違うでしょ?」
イズミは今日が初対面の相手なんだから。
流石に彼女から慕われるような理由なんて、ある筈もない。
―――と、そう思ったんだけれど。
「いえ。私はシズ姉様のことを、世界で一番愛していますが?」
「……なんで?」
「最初は一目惚れですね。ぶっちゃけ顔が好みでした」
「え、顔……?」
「はい。ですが今は容姿を抜きにしても、心からシズ姉様を愛しています」
端的にそう告げて、薄く笑ってみせるイズミ。
彼女があまりに真っ直ぐに見つめてくるものだから―――今度はシズのほうが、何だか照れくさくなって、少し視線を逸らしてしまった。
「いやいや、私の『配信』見てたんでしょ? 情けない姿ばっかり見せてるのに、私のことを外見抜きで好きになる理由なんてある?」
「………………? 理由しか無いと思いますが?」
「なぜに⁉」
「なぜも何も……。シズ姉様のことを見ていて、好きにならない筈が無いのに。
いまシズ姉様の『配信』を見てる人達も、そう思いますよね?」
《思う思う》
《超思う》
《当然だよなぁ》
《そらもうガチ恋っすよ》
《こんな愛らしい子を、好きにならないわけないんだよなあ》
《天使ちゃんのためなら死ねる》
《同性愛者じゃなければ、告ってたかもしらん》
《だが、天使ちゃんは女の子しか好きにならないから、いいのだ……》
《ウム!》
《異議無し!》
《愛してるから推す、それだけなんだよなあ》
かあっと、思わずシズの顔が熱くなる。
まさか『配信』を見てくれてる人達から、こんなにも好意的な反応ばかりが寄せられているなんて、思ってもいなかったからだ。
「うふふ♡ ですがシズお姉さまのことは、誰にも渡しませんよ♡」
「そうですわ、もうわたくし達のものですから♥」
「3人だけで独占しますから。同性の方も殿方も、全員諦めて下さいね」
とうとうユーリまで抱き付いてきて、彼女達が揃って視聴者にそう宣言する。
なんでこんなことになっているのか―――。最後までシズ本人ひとりだけ、現状の理解が追い付いていなかった。
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お読み下さりありがとうございました。




