41. メール販売やります
とりあえず午前中の間は、特にやるべきことがない。
今の時点でユーリと合流しても良いんだけれど……。彼女が友達のチュートリアル進行を手伝っている間は、シズが居てもたぶん邪魔にしかならないだろう。
森都アクラスでは、土日にだけ都市中央の広場に露店市が立つらしいから、そこで買い物をして時間を潰すという手もあるけれど。
とはいえ、どうせ市を見て回るなら、ユーリと一緒の時のほうが楽しそうだ。
―――というわけで、結局はいつも通りに錬金術師ギルドの中へと入り、受付に立っていたナディアと会話を交わして『工房』を一室借り受けた。
《結局は今日も霊薬作るんじゃないですかー!》
《ご覧下さい、これがギルドに飼い慣らされた職人の姿です》
《休日も自然と職場へ足を運ぶんですね。わかります》
《自発的な労働だから、これは休日出勤でも残業でもない。いいね?》
「うるさいよっ!」
妖精がひっきりなしに読み上げていく揶揄コメントの数々に、シズは苦笑しながらそう答える。
いやまあ、自分でも(私って生産ばっかりしてるなあ)とは思うけどさ!
《作るばっかりで『インベントリ』に大量に霊薬を溜め込んでそう》
《俺らに売ってくれても良いのよ! 喜んで買います!》
《天使ちゃん謹製ポーションとか、絶対買うわ》
「え、もちろん要るなら普通に売るよ?」
毎日拾い集めている素材を消費しないといけないし、生産の経験値も稼げるから霊薬の調合をよくやっているだけで、別に沢山備蓄しておきたいわけじゃない。
錬金術師ギルドが買い取ってくれる金額と同等か、またはそれ以上の額で買ってくれるのなら、シズとしては大歓迎だ。
《ヒャッホウ! 言ってみるもんだぜ!》
《言い値であるだけ全部買わせて頂きますわ、お姉さま!》
《今日からマーケットが実装されたし、そっちで売るといいんじゃない?》
「おー、そういえばそんなアップデートが来てたね」
天擁神殿にアイテムを預託しておくことで、プレイヤー相手の『自動販売』ができるとか。
どういう感じのサービスかは実際使ってみないと判らないし、手数料が掛かるみたいなことも書いてあったから、気軽に利用できるかは判らないけれどね。
とりあえず後で天擁神殿を訪問して、いま手持ちにある霊薬の7~8割ぐらいは放出してしまっても良さそうに思える。
今のところは回復アイテムに飲食物―――というかお菓子しか使ってないから、霊薬はちょっと持て余しちゃってる部分もあるしね。
「じゃあ、後で利用してみるね。とりあえずはマーケットに預託するのを前提に、売り物の霊薬を作り足しておこうかな。
……ちなみにみんなは、どういう霊薬が欲しいとかあるの?」
《正直いまは、霊薬が買えるってだけで凄く有難い》
《需要に対して供給量が少なすぎるんよー》
《買いたくても全然買えないんす……》
「そ、そんなに不足してるんだ……? 私をフレンドに登録してくれてる人なら、メールで発注掛けてくれれば調合してから送るよ? 代金は後払いでいいし」
このゲームではフレンド宛ならいつでもどこでも『メール』を送ることが出来るわけだけれど。今回のアップデートでメールと一緒に、アイテムやお金を添付して送ることができるようになっている。
その場合には『発送手数料』が掛かってしまうみたいだけれど。この添付機能を利用すれば、離れた場所に居るフレンドと金品のやり取りが行える筈だ。
ただ残念ながら、いわゆる『代金引換』みたいな送り方は出来ないので、相手が正しく対価を送り返してくれるかどうかが保証されない、という難点はある。
つまり、アイテムやお金を先に送った側だけが、一方的にリスクを抱えることになるわけだけれど。
その点さえ許容できるなら、とても便利な取引方法だと思うのだ。
《マジで⁉ 注文したいです!》
《是非お願いします!》
《もう注文してもよろしいんですの⁉》
「あっ、ご、ごめんちょっと待ってね。メールにアイテムやお金を添付する時の、手数料とかを先に調べるから」
流石に具体的な金額までは把握していなかったので、シズは視聴者に向けてそう告げてから、意志操作でメール機能の詳細情報を視界に表示させる。
そうこうしている間にも、シズをフレンドに登録してくれる視聴者が沢山いるらしくて。視界の隅に表示させているログウィンドウが勢いよく流れ続けていた。
(う……。思っていたより発送料金が高いなあ)
メールの発送料金は、添付する荷物の点数によって決まるようだ。
発送料金は、添付する荷物1点につき『500gita』。但し、同じアイテムなら10個までを『1点』の荷物として数えることができるらしい。
お金を添付する場合は、『1万gita』までなら『1点』という扱いだそうだ。
発送に500gita掛かるから、少量の販売だと商品価格にかなりの額を上乗せしなきゃいけなくなる。
ここは単品売りではなく、10本纏めての販売のみに絞るほうが良さそうだ。
現在シズはギルドに霊薬1本あたり『175gita』で買い取って貰っている。
買取価格は店頭価格の7掛けなので、錬金術師ギルドの販売店ではシズが作った霊薬を、1本当たり『250gita』で売っているわけだ。
175gitaに発送料を上乗せするとして―――。
「霊薬10本セットの販売で、2300gitaぐらいでどうかな?」
《全然良くないです。不当に安すぎ》
《これは不当廉売ですよ》
《もっと貢がせてくださいまし、お姉さま!》
《単価230はあまりに酷い》
「あ、代金の支払いに別途500gita掛かるから、実質2800gitaだよ?」
《いや、それでも不当に安いんだって》
《流石にそれはちょっと引くレベルの値段》
《別に俺ら買い叩きたいわけじゃないんすよ》
「お、おお……。何だかゴメンナサイ……」
まさか安いと言われて怒られるとは思わなかったので、ちょっとびっくりする。
……というか、これでも安いのか。
霊薬の発送手数料をこちらで負担しても、10個纏めて送れば1本あたりの発送コストは『50gita』だけだから。この値段でも錬金術師ギルドに売るより普通に利益が出るんだけど……。
「……もしかして、私が錬金術師ギルドに霊薬を売っている値段って、相場よりもかなり安かったりするの?」
《相場よりめっちゃ安いね》
《それは間違いない》
《ギルドの販売店は品薄でも商品価格を上げないからね、仕方ないのよ》
《もうちょっと需給バランスに見合った金額にすればいいのにねえ》
「な、なるほど……」
そういえば以前にナディアから、ギルドの販売店には商品価格の高騰を抑えるための防波堤としての役割がある、という話を聞いたことがある。
商人達は需要が高まった商品があれば、すぐに価格を上げてしまうから。ギルドでは価格を上げずに一定量の商品を放流することで、市場の価格高騰を抑える狙いがあるのだろう。
生産職のギルドはおそらく、国によって運営されている機関だろうから。国家の安定のための寄与を優先するのは、当然のことかも知れない。
職人としては、なるべく高く買って欲しい気持ちもあるけれど……。
とりあえず錬金術師ギルドには、今後も毎日15本ずつ納品しようと思う。
金額どうこうの問題では無く―――15本納品すれば、ギルド職員のナディアにハグをして貰えるからね。綺麗な女性からのハグはプライスレスなのだ。
「えっと、じゃあ幾らぐらいが適正なのかな?」
《シズちゃんの霊薬は錬金特性コミだから、1本あたり350gitaぐらい?》
《そうだね。回復量も良いし、そのぐらいが適正だと思う》
《異論なし》
「そ、そんなにするの? ベリーポーションだよ?」
ベリーポーションは時間経過により品質が劣化し、それに伴って回復量も落ちていくものなので、HPを回復する霊薬で最も価値が低いとされている。
それなのに1本あたり350gitaというのは、流石に暴利では無いだろうか。
《いや、350gitaでも充分良心的なんだよ?》
《ぶっちゃけ単価400でも、450でも普通に買うしな》
《足下見て800~1000ぐらいで売ってるプレイヤーもいるし》
《いるいる。4桁価格を初めて見た時「は?」って思った》
《錬金特性付きなんだから、350でも普通にお得》
「そっかあ……」
とはいえ、錬金術師ギルドに普段175gitaで売っているものを、2倍の価格で売るのには抵抗感も覚える。
だから、それよりはもう少し安くすることにして―――。
「じゃあ10本で『3000gita』で売ることにします。但し必ず10本セットの販売で、バラ売りには非対応。また注入する錬金特性については選べず、こちらで勝手に決めさせて貰うことにしようと思うんだけれど、良いかな?」
《うーん……。悪くないけど、せめて10本3200gitaで》
《3000はちょっと安すぎるんだよね》
「ん、じゃあ申し訳無いけれど、購入する人には『親しい友達』になって貰うって条件を、追加しちゃってもいいかな?
なんか関係の段階が高いと、発送料金が安くなるみたいなんだよね」
添付荷物1点につき『500gita』の発送料金は、フレンドとの関係が高いほど値引きされる特典があるらしく、『親しい友達』相手なら『300gita』まで安くなる。
これなら発送コストが200gita安く済むので、シズからすると3200gitaで売った時と同じだけの利益が得られるわけだ。
もちろん相手からも商品代金をメールに添付する際の発送料金が安くなるので、これはお互いにメリットがある話だ。
《えっ、マジで? 俺らと『親しい友達』になってくれるってこと?》
「もちろん。私とで嫌じゃなければ、だけど」
《えっえっえっ、幾ら払えばいいんですか?》
《流石にそのサービスを無料で受けるのは違うと思うんですよ!》
《毎月友達料として俺らから10000gitaずつぐらい搾取しよう?》
《マジかよ10000gitaとか安すぎだろう》
《10000gitaどころか1万円でも安いわ》
《これはお布施しかありませんわね!》
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▲ティナから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!
:ありがとうございます!ありがとうございます!
▲カタールから『¥10000』の投げ銭を受け取りました!
:今月の親しい友達料です!よろしくお願いします!
▲鶴子から『¥50000』の投げ銭を受け取りました!
:天使さまのおやつ代にでも
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「待って! 投げ銭はホントやめて⁉ ―――5万ッ⁉」
《5万ww》
《しれっと天使ちゃんガチ勢がいらっしゃるw》
《金額に本気で怯える天使ちゃん可愛い》
「みんな、1万とか5万とか、そんな大金を簡単に出しちゃダメだよ……」
《それでも投げ銭機能はオフに出来ないんですね、判ります》
《知らなかったのか? ユーリちゃんには逆らえない!》
《ユーリ様のお言葉はすべてに優先するッ……!》
《仕方ないね。天使ちゃんはユーリちゃんから、もうわからせ済なんだ》
「ぐふっ」
事実、シズが今も投げ銭を『受け付ける』に設定しているのは、ユーリからそうするよう強く求められたからだ。
正しく視聴者のコメント通りなので、シズには反論の余地が無かった。
《お姉さま、いっそ『恋人』の関係に設定してはいけませんか?》
《天使さまと恋人……! なんて魅惑的な言葉……!》
「あ、女性からならもちろん『恋人』でも大歓迎だよ? 恋人にすれば発送料金が更に安くなるから、10本あたり『2800gita』でいいよ」
『恋人』相手なら、発送料金は1点当たり『100gita』まで安くなる。
更に200gita浮くわけなので、当然値段を更に下げられるわけだ。
《やったあ! 是非!》
《天使ちゃんと恋人だぞ! 羨ましがれ男共!》
《男ですが、シズちゃんに女性の恋人が増えるのは、我々としても大歓迎です》
《↑完全に同意》
「とはいえ『恋人』関係になると、お互いの身体に自由に触れるようになっちゃうらしいから、申し訳ないけれど男性の方とは『親しい友達』までの関係ってことでお願いしたいかな……。
あ、もちろん女性の人も私と『恋人』関係になる場合は覚悟してね? いつどこで私からセクハラされるとも限らないから」
《百合の間に男が関与せぬは、当然の習わし……》
《ウム!》
《お姉さまからのセクハラ! 大歓迎ですわ!》
《触って貰えるし、こっちからも触れる。二重でお得じゃん》
《男ですが、シズちゃんと女性との絡みが増えるのは、我々としても大歓迎です》
《↑完全に同意》
《百合はただ眺めるこそ本懐なり!》
《ブレない奴らがいるな……》
+----+
▲『カイゼル』があなたとの関係に『親しい友達』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『親しい友達』関係になります。
▲『鶴子』があなたとの関係に『恋人』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『恋人』関係になります。
▲『ティナ』があなたとの関係に『恋人』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『恋人』関係になります。
▲『ガードナー』と相互にフレンドになりました。
▲『カタール』があなたとの関係に『親しい友達』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『親しい友達』関係になります。
▲『ピナー』があなたとの関係に『恋人』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『恋人』関係になります。
▲『ショーゴ』があなたとの関係に『親しい友達』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『親しい友達』関係になります。
▲『フレイム』があなたとの関係に『親しい友達』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『親しい友達』関係になります。
▲『ちくわ大明神』と相互にフレンドになりました。
▲『コゼット』があなたとの関係に『恋人』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『恋人』関係になります。
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新しくフレンドに登録してくれる人と、関係を『親しい友達』や『恋人』に選択してくれる人が凄く沢山いて。視界の隅に表示させているログウィンドウが、更に目まぐるしく流れていく。
……こんなに沢山の人から注文を受け取ったら、その対応だけでもかなり大変なのでは、という気が今更ながらしてきた。
「え、えっと……。とりあえず当面は、1度に注文する霊薬は10本まででお願いします。あと発送もちょっと遅くなるかも……」
《天使ちゃんが予防線を張り始めたww》
《たぶん今、ログウィンドウが凄いことになってるんやろなあ》
《↑間違いない》
「………」
もちろんその推察通りなので、シズには何も言い返す余地など無いのだった。
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お読み下さりありがとうございました。




