39. 週末の朝の過ごしかた
[4]
翌日の土曜日、雫は朝の7時過ぎに目を覚ました。
学校が休みの日にはスマホのアラームは鳴らないよう設定してある。だから別に何時に起きようと、構わないと言えば構わないのだけれど。
普段は休日も、平日と同じように朝6時半には自然と目が覚めることが多い雫にとって、この時間まで起きないのは珍しいことだと言えた。
(……ちょっと夜更かしを、し過ぎたかなあ)
洗面台で顔を洗ったり、洗口液で口の中を濯いだりしながら、雫は心の中で昨日のことを少しだけ反省する。
昨晩は深夜の2時頃まで錬金術師ギルドの『工房』に籠り、延々と霊薬を調合していたからだ。
深夜にもかかわらず、雫の『配信』を視聴してくれている人達が沢山居たから。霊薬を調合しながら彼らと雑談を交わすのが楽しくて、何となく普段より遅くまで起きていてしまったのだ。
お陰で〔錬金術師〕のレベルが『6』まで成長したし、〈○生産品収納〉スキルの中に沢山の霊薬を備蓄することも出来たので、有意義ではあったけれど。
とはいえ生活ペースが乱れる夜更かしは、褒められたものでも無いだろう。もう少し自重しておきたいところだ。
(ん……。今朝は、お出汁の味が恋しい気分)
そう思った雫は、電気ケトルの中に水を注いでスイッチを入れ、更に冷凍庫から冷凍うどんを取り出して電子レンジに掛ける。
3分ちょっとの間レンジでチンするだけで美味しく食べられてしまうんだから、冷凍うどんって本当に凄いと思う。しかも安いし。
その便利さに慣れすぎたせいなのか、今では冷凍庫にうどんの備蓄が切れていると、それだけでちょっぴり不安を覚えたりもする。
うどんで有名な県に住んでいる人達も、こんな感じなんだろうか。
それとも冷凍うどんなんてお手軽なものは、本場の人達には認められなかったりするのかな?
そんな取り留めのないことを考えながらも。湯沸かしと電子レンジの待ち時間の間に、雫は手際良く刻みネギやオクラ、山芋を1食分だけ取り分けていく。
これらは全て冷凍食品として売られている物だ。オクラは輪切りされたものが、山芋も細かくカットされたものが沢山入った状態で売られているから、どんな料理に合わせる時でも包丁さえ要らず即座に使えるのが良い。
特に温かい料理と合わせる場合には自然解凍の必要さえなく、そのまま投入するだけでも案外美味しく食べられるから、時短が捗ってとっても便利だ。
うどんはぶっかけ風に、少量の濃いつゆで頂くのが好きだ。
鰹出汁のめんつゆをメーカーが推奨するより少なめのお湯で割り、濃い目の掛け汁を用意する。
器の中にレンジで温め終わった麺を投入し、その上から冷凍のカット野菜などを乗せていき、最後につゆを掛ければそれだけで朝ご飯の完成だ。
お湯は多めに沸かしてあるから、ついでにインスタントの味噌汁も用意すれば、一人暮らしの朝食としては充分だろう。
「いただきます」
少し行儀が悪いけれど、スマホで昨日から今日に掛けてのニュースをチェックしながら、のんびり朝食を摂る。
朝方にやっているテレビ番組は、どの局もエンタメ系の内容が多いけれど。残念ながら雫は、あまりそちらの話題に興味が無い。
時事を手早く押さえるだけなら、スマホで各種ニュースサイトをチェックするほうが早いのだ。
「あれ、アップデートがあったんだ……?」
ニュースのチェックを一通り終えたあと、『プレアリス・オンライン』の公式サイトを閲覧してみると。今日の未明頃にメンテナンスが行われ、小規模なアップデートがゲームに適用された旨の告知があった。
これは『プレアリス・オンライン』に限った話でも無いのだけれど―――オンラインゲームは大体、週に1度ぐらいの頻度で何かしらのアップデートを行ったり、イベントなどを開催することが多いらしい。
これもユーザー数を減らさないための、運営戦略なんだろう。
毎週ゲームに何かしらの変化があるというのは、なかなか忙しない話だけれど。運営側が『楽しませる努力』を精力的に行ってくれるのは、いちプレイヤーとして嬉しいものがあった。
『詳しいアップデート内容はコチラ』とリンクが貼られていたので、雫は早速それをクリックして、ページを表示させてみる。
- - - -
【2046年7月7日のアップデート内容】
・全ての大都市の中央広場に、七夕用の笹飾りが設置されました。
笹飾りが存在する間は、大都市の天候が『快晴』で固定されます。
笹飾りは翌7月8日の夜明けと同時に広場から撤去されます。
・全プレイヤーのインベントリに5種類の短冊が配布されました。
このアイテムは翌7月8日の夜明けと同時に自動消滅します。
・中央広場の笹飾りに今年初めての短冊を飾ると、その種類に対応した
能力値の成長率が永久に増加するなどのボーナスが得られます。
・ゲーム上の効果はありませんが、短冊には願い事を記入できます。
-
・フレンドへメールを送る際にアイテムを添付可能になりました。
但し、アイテムを添付すると送信時に手数料が掛かります。
・フレンドとの関係を3段階から選択可能になりました。
相互に選択している関係段階のうち、低い側が反映されます。
・関係が『親しい友達』以上の段階に設定されているフレンドの
ステータスやスキルなどが自由に閲覧できるようになりました。
・身体接触を伴うコミュニケーションがフレンドとの関係段階に応じて
『セクハラ行為』とはならず、許容されるようになりました。
・他人にフレンド登録を強要したり、関係段階を高く設定するように
強要することは、重大な規約違反行為として厳しく対処します。
ゲームアカウントの停止も有り得ますので、充分にご注意下さい。
-
・『マーケット』機能が追加されました。
天擁神殿に預託して他のプレイヤーにアイテムを自動販売できます。
サービスの利用には手数料が掛かりますのでご注意下さい。
・マーケットに預託するアイテムは販売条件が設定できます。
例えばフレンドに限定して販売したり、関係段階が高いフレンドには
安い価格でアイテムを提供することなどが可能です。
-
・世界中の魔物が『スキルブック』と『生産レシピメモ』を
低確率でドロップするようになりました。
・『スキルブック』を使用すると対応する一般スキルの
スキル修得が可能になります。
・自身が生産可能な分野の『生産レシピメモ』を使用すると
対応する生産レシピを会得し、利用できるようになります。
- - - -
「アップデート内容多くないかな⁉」
思わず雫は、ひとりきりの自宅の中でそう声に出してしまう。
気持ちが高ぶったせいで、結構な音量の声を発してしまったけれど。雫が暮らしているマンションは『全室防音』だから、この程度なら部屋の外へ声が漏れる心配が要らないのが嬉しいところだ。
それにしても―――これだけ大量に内容を羅列しておいて、一体どこが『小規模なアップデート』なんだろう。
正直シズとしては、ゲームの運営チームを問い詰めたい気持ちでいっぱいだ。
「……ま、とりあえずは七夕のことだけ覚えておけばいいのかな」
これは今日限定のイベントのようだから、忘れないようにしないといけない。
アップデート内容はゲーム内からも確認できる筈だから。あとの内容はゲームを遊びながら、おいおい把握していけば良いだろう。
「そうだ、お布団干さなきゃ」
笹飾りが存在する間は、ゲーム内の天候が『快晴』になるらしいけれど。
今日はゲーム内だけに限らず、現実のほうも気持ちの良い空模様だ。
布団を干すならこういう日の午前中からが望ましい。
雫は早速、寝室のベッドから布団を取り外し、ベランダに干して固定した。
干す際にはいちいち布団のカバーを取り外したりしない。これが正しいのかどうかは知らないけれど、少なくとも雫は母親からそうすべきだと教わっている。
枕のカバーは外して、衣類などと一緒に洗濯機へ投入。
あとは部屋中にさっとフローリングモップを掛けて、簡単な掃除を済ませた。
「―――はっ。そういえば、お布団無いんだった」
取り敢えず休日の朝にやるべきことは終わったから、早速『プレアリス・オンライン』にログインしようかなと考えて―――。
そこで布団を干したから横になれない事実に、今更ながら気付かされる。
流石に布団も無いのに、固いベッドに直接寝っ転がる気にはなれなかった。
仕方がないので、収納の中に仕舞っていたヨガマットを取り出し、ベッドの上に敷くことで対処する。
このヨガマットは今年の誕生日に、『リリシア・サロン』でよく会っているアキからプレゼントされたものだ。
通常のものより厚手のマットで、使い心地が良いとアキが絶賛していた品なんだけれど。残念ながら雫はヨガに手を出したことがないので、申し訳無いとは思いつつも今日まで収納されっぱなしだったものだ。
(おお。これは結構いいかも……!)
未開封のまま仕舞っていたから、新品同様の柔らかさがあって心地良い。枕さえあれば普通にこのマットの上で、気持ちよく眠れそうなぐらいだ。
今後は布団を干している最中には、このマットを頼みにするとしよう。
クッションを1つ用意してから、VRヘッドセットを装着する。
そしてクッションを枕代わりに身体を横たえて、機器の電源をオンにした。
-
お読み下さりありがとうございました。
本作では作中のキャラクターがゲームに充てられる時間が多いほど良い都合上、学校が『完全週休2日』だったり、(近年は短くなりがちな傾向のある)夏休みなどが長めだったりします。
予めご容赦頂けましたら幸いです。




