38. わたし敗けましたわ
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《いやあ、ゴブリンは強敵でしたね》
《酷いリンチを見た》
《天使ちゃんのあのね》
《数の暴力は致し方なし》
「ホントにね……。一度に5体はもう、どうにもならない……」
「あはは……。ちょっと運が無かったですね」
森都アクラスの南部近郊にある森林内で行っていたゴブリン系の魔物の狩猟は、途中までは思いのほか上手く行っていた。
2戦目で遭遇した新登場の魔物、レベル5のゴブリン・ファイターは両手用の武器を持っていて攻撃力が高く、またHPの量も多くて討伐するのに結構な時間を要したけれど。
代わりにゴブリン・スカウトほど機敏に動くわけではないから。槍で相手の行動を封じ込めながら戦えば、むしろスカウトより対処が楽で。さしてトラブルも無く討伐することができた。
3戦目はスカウトとファイターのゴブリンが1体ずつ。
これもユーリの魔法でファイターを足止めしている間に、HPが低いスカウトを速やかに討伐することで、危なげなく勝利を収める。
やっぱり数の優位というものはとても大事で。2対2の戦闘では、魔法で片方を足止めして2対1の状況へ変えてしまえば、一気に状況が楽になるのだ。
今のところ、ユーリの精霊魔法による魔物の足止めが失敗している所は、一度も見ていないのだから凄い。
やはり森という場所に於いて『森林種』のユーリは、この上なく頼もしい存在だと思えた。
―――問題が生じたのは4戦目。
この時にシズ達は初めて、自分達より数が多いゴブリン集団と遭遇した。
魔物の構成はレベル5のゴブリン・ファイターが3体。
1体のファイターを倒すだけでも、それなりには苦労するのだから。避けた方が良い相手なのは判っていたのだけれど―――。
シズ達は3体のゴブリン・ファイターを相手に、戦いを挑む選択をした。
数的不利の分が悪い戦闘を、今のうちに一度経験しておきたかったからだ。
結果的に言えば―――それは、間違った判断だったのかもしれない。
戦闘を開始して間もなく、戦闘音を聞きつけたのかゴブリン・スカウトが2体も追加で現れたせいで、途端に圧倒的な劣勢を強いられたからだ。
流石に5体の魔物から攻め寄せられれば、防ぐ手立てなんて無くて―――。
「ここまであっさり負けると、なんか逆に清々しいものがあるね」
「ふふ、そうかもしれませんね」
抵抗らしい抵抗もできずに、あっさり負けちゃったわけだけれど。
それだけに却って、心にわだかまるものも無いというのが正直なところだった。
もちろん―――いつかは数の不利をものともせず、安定して魔物に打ち勝てるようになりたいという気持ちはあるけれどね。
「デスペナルティは大したものでもありませんし、一瞬で街まで帰れると思えば、むしろ敗戦も悪くないかもしれませんね」
「それはちょっと、私もそう思う」
ユーリの言葉に、シズも苦笑しながら同意する。
現在シズ達が居るのは、森都アクラスの天擁神殿の中。建物の奥側に設けられた礼拝所に安置されている、神像の目の前だ。
どうやら魔物との戦闘で倒されて『死亡』の状態に陥ると、3分後にこの場所へ自動的に転移させられるらしい。
身動きできない状態で3分間待たされるのは、ちょっと退屈だったけれど。歩くよりもずっと早く、都市まで一気に帰ることができたのも事実だった。
このゲームでは死亡しても、お金やアイテムを失うことが無いから。そういう意味ではユーリの言う通り、デスペナルティなんて大したものではない。
都市まで帰るのが面倒な時などに、わざと魔物に殺されて帰還する―――というのは、割と普通にアリな行為かもしれなかった。
「もう今日は、戦闘のデイリークエストは達成が難しそうですね」
「そうだねえ……」
デイリークエストの内容は毎日ランダムに決定されるのだけれど。今日、シズとユーリが受注しているデイリークエストの内容は同じで、どちらも『レベル3以上の魔物を20体討伐する』というものだ。
今のところ、レベル3以上の魔物はゴブリン・スカウトとゴブリン・ファイター以外にはまだ遭遇していないから。達成しようと思うなら、また都市南部の森まで移動して、挑むしかないわけだけれど……。
死亡によりデスペナルティを受けた状態にあるシズ達は、[筋力]と[強靱]の能力値が一時的に本来の半分まで減少している。
これに伴い、シズの最大HPは『27』から『13』にまで半減しているため、とてもではないが戦闘が行えるような状態では無かった。
再びゴブリン達と戦うなら、能力値の低下が回復するのを待ってからになるだろうけれど。デスペナルティの回復には2時間掛かるので、平日の今日だとそれも難しい。
小学生のユーリはあまり夜更かしが許されていないこともあり、今日のところはクエストの達成自体を諦める方が無難そうだ。
「ではせめて、生産のデイリークエストぐらいは、達成を狙おうと思います」
「うん、それが良いと思う」
ユーリの言葉に、シズも同意する。
デイリークエストは毎日〔戦闘〕と〔生産〕の2種類が発行される。
報酬として貰えるスキルポイントが多いので、平日でもせめて片方ぐらいは達成しておきたい。
ちなみにシズは、今日の分のデイリークエスト〔生産〕を既に達成している。
今日のクエスト内容は『HP回復量が20以上の霊薬を20本調合する』という内容だったんだけれど。現在のシズは一度に6本までの霊薬を作れることもあり、帰宅後にちょっと生産するだけですぐ達成できたからだ。
天擁神殿の前でユーリと別れた後、シズは再び錬金術師ギルドへ移動する。
もうデイリークエストは済んでいるから、別に何をして過ごしても良かったんだけれど……。結局、空いた時間を有効活用するという意味では、生産が一番お手軽だったからだ。
ギルドの霊薬不足もそれなりに深刻みたいだし。予め余裕を持って結構な本数を作っておけば、ギルド職員のナディアからの追加発注にも応えやすい。
彼女からハグして貰う為にも、準備はしっかり済ませておきたいものだ。
《今回は何を作るん?》
「うーん、まずはHP回復量を重視した霊薬を作ってみようかな」
『工房』の個室に入り、椅子に腰掛けた後に。妖精が読み上げたコメントにそう答えながら、シズは今夜の調合方針を決める。
水球を作った後にいつも通りヒールベリーを3個投入して、ベリーポーションの調合を開始した。
今回注入する錬金特性は、水蛇から吸収した〔生命回復Ⅰ〕。
もともとHPの回復効果を持つベリーポーションに、更にHP回復効果がある錬金特性を上乗せすることで、回復量をより高めることが狙いだ。
+----+
ベリーポーション/品質[77]
【カテゴリ】:霊薬
【注入特性】:〔生命回復Ⅰ〕
【品質劣化】:-2/日
【霊薬効果】:HP+58
ヒールベリーを主材料に調合した霊薬。
果実の時ほどでは無いものの、品質が劣化しやすいので注意が必要。
服用後は『120秒』間、霊薬が服用できない状態になる。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。(+10%)
+----+
―――というわけで、あっさり完成した霊薬がこちら。
どうやら〔生命回復Ⅰ〕の錬金特性は、霊薬に『HP20回復』の効果を上乗せするみたいで、回復量が『36』から『58』に増えていた。
ほぼ1.5倍と考えると、結構大きな差だと言えそうだ。
とはいえ―――これは自分で使うには、完全に持て余すものだろう。
何しろデスペナルティを受けていない状態でも、シズのHPは普段『27』しか無いわけだから。最大HPの倍以上回復するような霊薬があっても、有効活用できる機会なんて有りはしない。
《HP+58は凄いな……。前衛職の私でも、一気に半分以上回復するぞ》
《わかる。剣士の俺も似たような感じだね》
「へー。ってことは前衛職の人だと、最大HPが大体80~100ぐらいのことが多いのかな?」
《レベル5程度なら、大体そんなもんじゃないかな》
「なるほどねー」
最大HPの半分強を回復できる霊薬というのは、ちょうど使い勝手が良さそうなものに思える。前衛職のプレイヤーには充分な需要が見込めそうだ。
錬金術師ギルドへの売却を考えていたけれど……。他のプレイヤーと取引するほうが、大きな利益に繋がるのかもしれない。
《明日パーティを組む、ユーリちゃんのお友達にあげたら?》
「―――あ、そうだね。それが良いかも」
妖精が読み上げたコメントを聞いて、なるほどとシズは得心する。
ここ数日は錬金術師ギルドに毎日霊薬を納品していることもあり、それなりにお金の余裕はあるから。あまり利益に執着する必要はない。
折角、前衛職の人にとって丁度使い勝手が良さそうな霊薬が出来たんだから。これから一緒にパーティを組む機会が多い人に、譲渡してしまう方が良さそうだ。
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お読み下さりありがとうございました。




