37. 前に立つよりも
《お疲れさま!》
《槍を振るうお姉さまも素敵でしたわ!》
《さすおね!》
《ユーリちゃんもナイス良妻サポート!》
思いのほか苦戦した、ゴブリン・スカウト2体との戦闘を終えた後に。
シズとユーリの2人が、ようやく緊張を解いて安堵の息を吐いていると。視聴していた人達が、コメントで勝利を祝福してくれた。
「皆様、ありがとうございます。妻として当然のつとめですわ♡」
「みんなありがとー。でも結婚した記憶は無いかなあ……」
「うふふ。では、今後のお楽しみですね♡」
「おぅ……」
くすりと妖艶な笑みを浮かべるユーリを見て、シズはちょっとだけ引く。
その表情は、小学生がしていい表情じゃ無いんじゃないかなあ……。
それにしても―――昨日までに戦ったレベル1や2の魔物に較べると、レベル4のゴブリン・スカウトは戦闘能力の高さがまるで違っていた。
攻撃のリズムが速いのもさることながら、やはり最も脅威なのはダメージ量だろう。これまでに戦ってきた魔物からは、攻撃されても『1』ダメージしか負うことがなかったのに。ゴブリン・スカウトは平気で『2』から『3』程度のダメージを与えてくるのだ。
防具店の店員さんが言っていた『レベル5までの魔物の攻撃なら完全に防げる』という保証は、一体何だったのだろうかともちょっと思うけれど。
やっぱり『武器を持った魔物』が相手は、それだけ脅威ということなんだろう。
+----+
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:120/スキルポイント:1
獲得アイテム:銅鉱石、鉄鉱石
《特性吸収》により錬金特性〔加護増強Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:120/スキルポイント:1
獲得アイテム:鉄鉱石×2
《特性吸収》により錬金特性〔加護増強Ⅰ〕を吸収しました。
+----+
ログウィンドウを確認してみたところ、強敵なだけあってゴブリン・スカウトの討伐で得られる戦闘経験値は、かなり多めのようだった。
またゴブリン・スカウトは北の森に出現するただのゴブリンと同じく、鉱石系の素材をドロップするみたいだ。
もしかするとこのゲームでは、ゴブリン系の魔物は必ず鉱石系の素材をドロップするようになっているんだろうか。
シズ達にとっては、今のところ特に使い途が無いのが残念だけれど。
鍛冶系の生産職を選択した人には需要がある素材だろうから、とりあえず集めておいて損は無さそうだ。
《やはり時代はユーシズ》
《ユーシズこそ正義》
《ああ、今夜もわからせられるのですね……。流石ですシズお姉さま》
「わからせられる、って何なの……」
妖精が読み上げるコメントに苦笑しながら、シズは『インベントリ』から取り出したクッキーを囓る。
すっかりバター味に食傷してしまったので、昨日からはジャムを乗せたクッキーに切り替えてある。
バターサブレより単価がちょっと高いのが難点だけれど。こちらも一口でさっと食べられる上に、ジャムの種類が何種類かあるから、味に飽きがこないのが嬉しいところだ。
飲食効果はジャムの種類によらず『HP+1、MP+1/満腹度+1』となっているんだけれど―――。
+----+
△『イチゴジャムクッキー』を食べました。
シズのHPが『11』、MPが『11』回復しました。
ユーリのHPが『11』、MPが『11』回復しました。
シズの満腹度は『0』のままです。
+----+
当然、シズが食べれば効果が大幅に向上するし、更にユーリも一緒に回復する。
戦闘が終わる度に、HPとMPを簡単に全快できるのはとても便利だ。
(もし、前衛を担当してくれる仲間がいれば……)
クッキーぐらいなら、戦闘中に齧ることも問題なくできそうに思う。
それを考えると、やはり回復役ができるシズは装備品の性能に頼って無理に前衛を務めるより、前衛は他の人に任せて『回復もできる後衛』として戦うほうが役に立てそうな気がした。
サブレやクッキーぐらいなら、どれだけ食べても満腹度は『0』のまま増えないみたいだし……。アイテムさえ大量に買い込んでおけば、ほぼ無限にパーティ全体を回復できるのって、正直かなりずるいんではないだろうか。
「ユーリちゃん」
「はい、何でしょうシズお姉さま?」
「ちょっと相談なんだけれど―――」
自身が前衛よりも、後衛のほうが活躍できそうなこと。
その為にも、他に前衛を務めてくれる仲間が居てくれると嬉しいこと。
―――その2点について、シズが相談を持ちかけると。
ユーリはすぐに「仰る通りだと思います」と言って、深く同意してくれた。
「実は私も、全く同じことを考えていました」
「そうなんだ?」
「はい。ですので―――シズお姉さまに話も通さず、勝手に申し訳ありませんが。私のお友達の女の子を2人、一昨日の時点でこのゲームに勧誘しておりまして」
「友人って、ネット上の? それとも現実の?」
「後者ですね。同じクラスのお友達です」
「へ、へえ……」
『プレアリス・オンライン』はプレイするために、第4世代の没入型VRヘッドセットを必須とするゲームだ。
第4世代の機器一式の購入に、およそ40万円掛かることを考えると……ユーリと同じクラス、つまり『小学生』が気軽に手を出せるようなゲームでは無い筈なんだけれど……。
―――もしかするとユーリのクラスメイトは誰もが、このレベルの金額の買い物が気軽にできてしまうような、お金持ちなのだろうか。
シズの脳裏に『上流階級向けのお嬢様学校』という単語がちらついた。
「勧誘したお友達の内の1人は、性格的にきっと前衛の戦闘職を選ぶと思います。もう1人はちょっと判りませんが……。
今週末から一緒に遊ぶ予定ですので、よろしければお姉さまもご一緒にぜひ」
「ん、それはもちろん構わないよ」
「ありがとうございます!」
シズにしてもユーリにしても、所詮レベルはまだ『5』でしかない。
新しくゲームを始める人達と一緒にパーティを組んでも、レベル差が気になることは無さそうだ。
それに女性の人数が増えるのは、シズにとって嬉しいことでしかない。
可愛い女の子が真剣に戦ってる姿とか見ると、ちょっと胸がときめくよね。
《JSが増えるよ!》
《やったねシズちゃん!》
「や、別に私は、小学生だからユーリちゃんを好きなわけじゃ無いし」
「うふふ、そう言って頂けるのはとても嬉しいのですが。いっそのことシズお姉さまには、小学生を好きになって頂くのも良いと思うのですよね」
「へっ?」
ユーリの言葉に、思わずシズの目が点になった。
「今回お誘いした友人は、2人共とても魅力的な方なんです。きっと一緒にいればシズお姉さまは、すぐに2人のことが好きになると確信しています」
「……そう思うのに、同性愛者の私に友達を会わせるの?」
「はい。そう思っているからこそ、シズお姉さまに引き合わせたいのです」
「………?」
『おためし』とはいえ、一応正式に『お付き合い』を始めたのに。
どうして友達を巻き込もうとするのか理解できず、シズは首を傾げてしまう。
「是非ともシズお姉さまには、私のお友達2人のことも好きになって頂き、ご自身より年齢が下の女性を―――具体的には6~7歳ほど年下の女性を好きになるような、そんな嗜好の持ち主になって頂きたいのです」
「………………えっ?」
「『サロン』の皆様もそうですが、シズお姉さまの周囲には大人の魅力を備えている女性が沢山いらっしゃいますから、気が気ではないのですよね……。
ですからせめてゲームの中でぐらいは、周囲を私と同じ年齢の女の子ばかりで固めまして、ちょっとずつシズお姉さまを年下趣味に変えていこうかと♡」
「ひっ」
ちょっと目の色がおかしいユーリに、シズはその場で一歩後ずさる。
ゴブリン・スカウトと対峙していた最中よりも遙かに大きなプレッシャーを、なんで戦闘が終わった今頃になって感じているんだろう……。
《意訳:シズお姉さまにはロリコンになって頂きます!》
《おお、もう……》
《大人の魅力を身に付けるより、相手を年下趣味にすることを選ぶとは》
《さ、流石です、ユーリ様》
《もう助からないゾ♡》
「わ、私は、至ってノーマルだからね……?」
「うふふ。大丈夫ですわ、シズお姉さま♡ これから同性愛に加えてもうひとつ、新しい扉を開くだけですから♡」
「ひえぇ……」
7歳もシズのほうが年上なのに。
何でなのか、ユーリには勝てる気が全然しないんだけど……?
-
お読み下さりありがとうございました。




