36. ゴブリン・スカウト
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「おお……。南門は混んでるねえ」
「これは、商人の皆様は大変そうですね……」
森都アクラスの南門へ着くと、そこでは10台以上の馬車が列をなしていた。
北門だといつも3~5台ぐらいの馬車しか順番待ちをしていることが無いから、こちらは随分と通行量が多い門なんだなと思わされる。
「私達は待たないで済みますから助かりますね」
「そうだね」
ユーリの言葉に、シズも深く同意する。
徒歩で門を通行する場合は、馬車の列に並ぶ必要はない。シズとユーリの2人は門の脇に立つ衛兵にギルドカードを提示し、勝手口を速やかに通過した。
南門を出た先は、概ね北門を出てすぐの辺りと似たような光景だった。
門から1kmぐらいの範囲には草原が広がっていて、そこでは見える範囲だけで100体以上のピティが草を食みながらのんびりと過ごしている。
ひとつだけ異なるのは、南門を出た先の草原には、馬車を走らせるための道路が存在しているという点だ。
道路とは言っても、別に舗装されているわけではない。
草原の中に、草が禿げて地肌が露出した『道』があるような感じだ。
馬車が残した沢山の轍跡に加え、旅客の足によって地面が踏み固められたことにより、自然と出来上がったものだろう。
普段から交易路としてよく利用されていればこそのものだ。
「とりあえず、道なりに進む?」
「はい、そう致しましょう」
シズの提案に、ユーリが迷うことなく同意してくれた。
ユーリの手を取ってからその場で浮き上がり、一緒に南側へと浮遊する。
《天翔る翼》の異能があれば、自転車ぐらいの速度で『浮遊』することができるので、徒歩よりもずっと速いペースで移動できる。
なのでシズ達は地面から1メートルぐらいの高さを浮遊し、道の上をぐんぐんと進んでいく。
現在のスキルランクだと一度に飛んでいられるのは60秒まで。
なので60秒間浮遊したなら、着地後は再び飛べるようになるまでの70秒間は徒歩で、という具合に交互に移動を繰り返す。
とはいえ、その軽快な移動ペースも長くは続かない。
1kmほど移動した時点から、道は森の中へと入っていくわけだけれど。そうなると周囲に沢山の素材を『感知』できてしまうものだから、採取のために足を止めることが多くなるからだ。
〔錬金術師〕のシズにとっても〔薬師〕のユーリにとっても、植物素材は非常に重要なもの。
新しい敵と早く戦ってみたい気持ちもあるけれど、せっかく『感知』した素材を疎かにすることはできない。
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ステギ/品質[52]
【カテゴリ】:素材(根菜)、食べ物
【錬金特性】:〔魔力回復Ⅰ〕
【品質劣化】:-1/日
【飲食効果】:MP+6/満腹度+25
密度が低く、風通しの良い森林で採れる根菜。
味が濃厚で甘味も強く、市場では高級食材として取引される。
調理師が加工することで砂糖を精製できる。
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都市南部の森に入ってすぐの辺りでは、現在のところステギとカムンハーブという2種類の素材が採取できている。
ステギは根菜の名前で、ダイコンとカブの中間みたいな見た目のもの。もちろん本体は地面の中に埋まっており、地上には草の部分しか露出していない。
〈☆錬金素材感知〉のスキルで位置が判るから、問題無く採取できているけれど。スキルの補助が無ければ、たぶん他の草に紛れて探すことは困難だろう。
ステギは〔魔力回復Ⅰ〕の錬金特性を持っているので、これを利用すれば生産した霊薬に『MP回復』の効果を追加できそうだ。
魔術や魔法を駆使する人はもちろん、それ以外の戦闘職の人でもMPを消費する機会は多い筈だから、利用価値が高い素材になるだろう。
もう片方の素材のカムンハーブは、都市北部の森でもそれなりに見かけた薬草だけれど。こちらの都市南部の森でのほうが、より豊富な量が採れるようだ。
また品質に関しても北部の森で採れるものより、南部の森で採れるもののほうが明らかに優れているみたいで。このことをユーリはとても喜んでいた。
「ステギのほうはシズお姉さまが全てお持ち下さい」
「ん、了解。じゃあ後でカムンハーブを多めに持っていってね」
「それはとても助かります」
根菜のステギは薬効を持たないので、ユーリには使いみちが無い素材だ。
なのでステギは全てシズが貰うことになった。もちろんユーリには、代わりに採取したカムンハーブの7割ほどを譲る。
「―――シズお姉さま」
「魔物?」
「はい。西方より2体、種類は不明です」
「オッケー」
どうやらユーリの〈魔物感知〉スキルに、引っかかる個体が来たようだ。
種類が判別できないのは、まだ遭遇した経験が無い魔物であることを意味する。
未知の強さを持つ魔物なのだから、慎重に戦うべきだろう。
シズは『インベントリ』の中から両手槍を取りだし、ユーリが告げた西方に穂先を向けて警戒する。
森の中では樹木が障害物になるから、遠心力で威力を稼ぐような武器はちょっと使いづらい。そこで昨日からは両刃斧に代わって、両手用の突槍を試験的に用いていた。
長物の槍は当然、森の中では振り回したり出来ないわけだけれど。刺突に絞って運用すれば、周囲に樹木がある中でも案外使いやすいのだ。
「1体足止めしてくれると嬉しいな」
「承知致しました」
どうしても刺突武器だと複数の魔物を同時に相手取るのは難しいので、ユーリにシズは魔法によるサポートを求めた。
弓と精霊魔法を駆使して戦うユーリは純然たる後衛なので、前衛はシズひとりで引き受けなければならない。
「左側を止めます! ―――【足縛り】!」
姿勢を低くして草陰から迫ってくる、明らかに人型の魔物。
表示されたHPバーの上には『ゴブリン・スカウト』という魔物名が表示されている。どうやら今日の狩猟対象の魔物が、向こうからやってきてくれたらしい。
並走してこちらへ駆け寄ってくるゴブリン2体のうち、シズから見て左側にいる1体が不意に途中で足を止め、動かなくなる。
茂みの中にいるせいで足下が隠れていて見えないけれど。おそらくユーリが行使した精霊魔法により、両脚を蔦に絡め取られているんだろう。
「やあっ!」
動きを封じられた相棒を残し、1体だけ突出してきた右側のゴブリン・スカウトの胸元目掛けて、シズは思い切り両手槍を突き出す。
ゴブリン・スカウトは2体とも、刃渡りがあまり長くない片刃の曲刀を携行しているけれど。もちろんそんな武器より、シズが構える両手槍のほうが圧倒的に優れたリーチを有している。
相手よりも先んじて繰り出した攻撃が、違うことなくゴブリンに突き刺さって。
―――その一瞬あとに、ゴブリンの身体が大きく後方に吹っ飛んだ。
(えっ?)
何故か魔物が2メートルほど弾き飛ばされ、突き立てた槍から魔物の身体が離れていったことに、シズは強い違和感を覚える。
攻撃対象に穂先が刺さったままだと、シズとしても槍が使えなくなって困るし。もちろん相手の魔物も行動が大きく制限されるだろうから。
……もしかすると攻撃対象を弾き飛ばすことで、槍の穂先が自然と魔物の身体から抜けるような、そういう仕様になっているのかもしれない。
これはこれで判っていれば好都合な仕様なので、リーチの長さとノックバックを活かし、シズは接近を許さずゴブリンのHPを堅実に削っていく。
とはいえ―――悠長に戦えば、それはそれで別の問題が発生する。
ユーリが行使する【足縛り】の魔法は持続時間はあまり長くないので、動きを止めていた側のゴブリンが自由を取り戻してしまったのだ。
「………‼」
ユーリの武器は『腕輪』なので近接戦に向かないのは明らか。なのでゴブリンの相手は2体とも、シズが率先して受け持つ。
とはいえ、2体を同時に相手にするというのは、想像以上に難しかった。
〔操具師〕の特性のお陰で重量こそ負担にはならないものの、金属鎧を身につけていると身体の動きが制限され、あまり素速くは動けない。
対する2体のゴブリン・スカウトは、斥候と言うだけあって非常に軽快に動く。シズがバックステップで距離を開いても、簡単に詰め寄って来るのだ。
魔物が1体だけの時とは全然違い、全く余裕が無くなってくる。
「……シズお姉さま!」
「へーき!」
右側のゴブリンが繰り出した斬撃が、シズの左腕に傷を負わせた。
シズの喉元を的確に狙ってきたゴブリン・スカウトが持つ曲刀の攻撃を、咄嗟に左腕で受け止めたからだ。
削られたHPの量は『3』。金属鎧のお陰で高めの防御力を持っているシズに、平気で2以上のダメージを負わせてきたことにちょっとびっくりする。
どうやらゴブリン・スカウトは曲刀を持っているだけあって、通常の魔物よりも高めの攻撃力を持っているようだ。
(回復する余裕なんて全ッ然無いなあ……!)
しかもゴブリン・スカウトは斥候だけあって、攻撃のテンポが早い。
まして2体を同時に相手にするのはとても大変で、シズはちょこちょこと自身のHPが削られていくのを感じた。
HPを回復する霊薬なら沢山生産して、〈○生産品収納〉スキルや『インベントリ』の中に収納してある。
だから戦闘中に魔物にダメージを負わされることがあっても、すぐに霊薬を飲んで回復すればいいとシズは思っていたんだけれど―――。
何と言うか……思っていた以上に、戦闘中には霊薬を飲む余裕が無かった。
少なくとも前衛を努めながら霊薬を飲むというのは、明らかに不可能だ。
(回復役って、大事なんだなあ……)
こういう時に、後ろから魔法や魔術でHPを回復してくれる味方がいれば、憂い無く戦闘に打ち込むことができるんだろう。
それを思うと―――スキルで『他人の回復』が行えるシズは、あまり前衛に立つべきでは無いのかもしれない。
ユーリと同じくシズも後衛に回り、誰か別の人にパーティの前衛を務めて貰う方が、どんな魔物を相手にした場合でも安定して戦うことが出来そうだ。
そんな考えを頭の中で巡らせながらも、ゴブリン2体の相手を堅実にこなす。
考え事と戦闘を両立させるマルチタスクは、シズの得意とするところだ。
ほどなくユーリの攻撃魔法が決め手となり、最初にある程度のダメージを負わせていた側のゴブリンが、白い光になって消滅する。
相手が1体だけに減れば、後はもう対処に苦労することは無かった。
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お読み下さりありがとうございました。
お陰様でVRゲームジャンルの日間8位に入っていて、びっくりしました。
ありがとうございます。




