33. 平日の天使ちゃん
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雫が『プレアリス・オンライン』を遊び始めてから5日が経った。
7月6日の今日は金曜日。夏休みはもう少し先だから、もちろん平日の今日は朝から高校に通っている。
特に部活には所属していないけれど、放課後は同じクラスの友達と一緒に本屋と小物雑貨の店へ立ち寄って。また友達と別れた後にもスーパーで買い物をしてから帰宅したから、家につい頃には18時を少し過ぎていた。
不足しがちな食料や日用品はしっかり買い足しておいたので、今週末はどこにも出掛けず、ゲームに没頭していても問題無いだろう。
洗濯機を回しながら自宅を手短に清掃して、ひとり分の夕飯を調理して食べる。
それから宿題に出ていた数学のプリントも済ませると、時刻はもう19時の少し手前まで来ていた。
他に今日やるべきタスクが残っていないことを確認してから、雫は没入型VRヘッドセットを装着し、ベッドに身体を横たえる。
ゲームというのは何も憂いのない状態でこそ、存分に楽しめるものだと思う。
だから宿題とか予習といった面倒事は、予め済ませておくに越したことはない。
雫が―――もとい『シズ』がゲームにログインすると、そこは森都アクラスの中央広場から程近い位置にある、錬金術師ギルドの建物前だった。
そう言えば昨晩は深夜の1時過ぎまで錬金術師ギルドの『工房』で生産を行っていたから。建物を出たその場でログアウトしたんだっけ。
『プレアリス・オンライン』では、都市や村落のような『多くの人が住む領域』の中であれば、どこでも安全にログアウトができる。
但し、できれば宿屋で部屋を借りて、そこでログアウトするほうが良いらしい。
もちろん部屋を借りる際にお金が少し掛かってしまうけれど。そうすることで、ログアウトしていた時間に応じてHPやMPが『最大値を超えて回復する』などのボーナスが得られるのだ。
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シズ
白耀族の聖翼種/能力倍率合計【150%】
〔操具師〕- Lv.5 【75%】
〔錬金術師〕- Lv.5 【75%】
HP: 27 / 27
MP: 52 / 52
[筋力] 7 (5)
[強靱] 10 (7)
[敏捷] 43 (29)
[知恵] 43 (29)
[魅力] 9 (6)
[加護] 42 (28)
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◆異能
《操具術》《特性吸収》《落下制御》《呪詛無効》《天使の輪》
《天翔る翼》
◇スキル - 121 pts.
〈☆効能伝播Ⅰ〉〈○服薬術Ⅰ〉〈○食養術Ⅱ〉
〈☆錬金素材感知Ⅰ〉〈○初級霊薬調合Ⅲ〉〈○植物採取Ⅰ〉
〈○素材収納Ⅰ〉〈○生産品収納Ⅰ〉【○伐採Ⅰ】
〈☆聖翼種の浮遊能力Ⅴ〉
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ちなみに現在のステータスはこんな感じ。
戦闘職と生産職のレベルは共に『5』まで上がっている。
これは魔物の討伐や霊薬の調合で得られる経験値に加えて、毎日欠かさず『デイリークエスト』を達成することで、報酬として結構な量の経験値が貰えていることが大きい。
また、クエスト報酬やレベルアップにより沢山のスキルポイントが貰えるので、スキル面もここ数日で大きく充実させることができていた。
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〈○素材収納Ⅰ〉
【素材】カテゴリのアイテムが『5』枠まで収納可能になる。
このスキルで収納しているアイテムは状態が保存される。
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【○伐採Ⅰ】
MP消費:20 / 冷却時間:3600秒
指定した樹木1つを伐採し、素材を獲得することが出来る。
灌木なら2~3本を纏めて伐採できることもある。
獲得素材の品質値が『3』増加する。
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〈○食養術Ⅱ〉
【食料】や【飲料】カテゴリのアイテムを摂取した際に
最終的に発揮される効果量を『10』増加する。
また摂取時の満腹度増加を『2』軽減する。
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〈○初級霊薬調合Ⅲ〉
錬金術を用いてスキルランクに応じた初級霊薬を生産できる。
初級霊薬を『6個』まで同時に生産できる。
霊薬の生産成功率が『3%』向上する。
生産した霊薬の品質値が『3』増加する。
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〈☆聖翼種の浮遊能力Ⅴ〉
最大で『30秒』まで空中をゆっくり浮遊できる。
一度着地すると『70秒』は再浮遊ができない。
この効果は手を繋いでいる相手にも適用される。(最大3名まで)
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新しく修得したスキルは〈○素材収納〉と【○伐採】の2つ。
前者は『素材』系のアイテムなら何でも『5枠』まで収納可能になるスキルで、以前に修得した〈○生産品収納〉のスキルのように、収納したアイテムの品質劣化を防ぐ効果が付いている。
採取したヒールベリーはその場で〈○素材収納〉へ収納し、ベリーポーションに加工した後は〈○生産品収納〉で収納する―――という感じに使い分ければ、今後は採取から完成まで隙なく品質を保つことができそうだ。
後者の【○伐採Ⅰ】は名前の通り『樹木を伐採する』スキルになる。
60分に1度だけしか利用できないという制限があり、またスキル行使時に結構な量のMPを消費してしまうけれど。1本の樹木を一瞬で伐採でき、木材を始めとした素材を丸ごと得られる便利なものだ。
森に生えている樹木の中には果実が生っているものもよくあるので、特にシズはそういう樹木を狙って『伐採』スキルを用いるようにしていた。
そうすれば木材に加えて、その樹木にいま生っている果実も全部纏めて入手することが出来るからだ。
もちろん『浮遊』して手作業で、樹木に生っている果実を1つ1つ摘み取ってもいいんだけれど。こちらのほうが圧倒的に手間が掛からないからね。
〈○食養術Ⅱ〉と〈○初級霊薬調合Ⅲ〉、〈☆聖翼種の浮遊能力Ⅴ〉の3つは、既に修得していたスキルのランクを伸ばしている。
特に〈☆聖翼種の浮遊能力〉スキルに関しては、一気にランクをⅠからⅤにまで伸ばしたんだけれど、これにはもちろん理由があって―――。
先日、天擁神殿の鐘楼から空へ飛んだ際に得られた『大空の先駆者』という希少実績の報酬、《天翔る翼》の異能の効果がこのようなものだったからだ。
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《天翔る翼》
浮遊・飛行系スキルの持続時間と速度が2倍になり、
修得やランクアップに要するスキルポイントが半分になる。
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ランクの成長時に消費するスキルポイントが半分になり、〈聖翼種の浮遊能力〉スキルをたったの『50』点で成長できるようになったので、ランクを4つ上げても『200』点しか消費せずに済んだ。
スキルランクをⅤまで伸ばした上に持続時間が2倍ということで、一度に60秒も浮いていられるようになったから。以前のように河川を飛び越えるぐらいなら、今後は凄く簡単にできそうだ。
ちなみに『リリシア・サロン』で『プレアリス・オンライン』の開発に携わっているラギから話を聞いてみたところ、『大空の先駆者』の希少実績は『最初に地上から100メートルの高さまで浮遊したプレイヤー』に与えられるものらしい。
シズの場合、高さ『98.6メートル』の鐘楼から空に飛んだことで、偶然にもその条件を満たしてしまったようだ。
希少実績の中には『ゲーム内で最初に条件を満たしたプレイヤー』にだけ与えられるものがあるそうで、シズが獲得した『大空の先駆者』はこれに該当する。
ラギが言うには、シズが獲得した《天翔る翼》の異能は、希少実績の報酬の割には「大して強力ではない」とのことらしいが。シズからすると、スキルポイントの消費が半分で済むというのは、とても大きな恩恵だった。
また《天翔る翼》の異能があると浮遊中の移動速度が2倍になるから、以前なら浮遊中にジョギングぐらいの速度しか出なかったのが、今では自転車並みの速度で飛べるようになっていた。
そうなると当然、移動に利用するだけでもとても便利で。狩り場への移動でも、街中の移動でも、空に浮いている機会がとても多くなっていた。
ただ、《天翔る翼》の異能を獲得してからというもの、何故か浮遊や降下の最中に翼が光り輝くようになって、とても目立つようになってしまった。
ちょっと眩しいレベルで光るものだから、特に夜間は凄まじく目立つ。
……たまに飛んでいるシズの姿を見て、手を合わせて祈るような姿勢を取る人が居るんだけれど。とても恥ずかしいので、お願いだからやめて欲しい。
(えっと―――とりあえずは、今日も生産からかな?)
都市の外へ魔物を狩りに行くのは、いつもユーリと合流してからだ。
だからユーリがログインするまでは、とりあえず手持ちの素材を霊薬に加工して時間を潰すことが多かった。
意識して操作することで、シズは今夜も『配信』を開始する。
するとシズの目の前にいつもの妖精が出現すると共に、視界内のログウィンドウにメッセージが表示された。
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▲配信時間や視聴者数に応じて得られる経験値が溜まったため、
配信妖精のレベルが『2』にアップしました。
今回の配信から、以下の機能が利用可能です。
- ゲーム内視聴者からの『メール受信』と『フレンド登録』
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どうやらゲーム内から配信を視聴しているプレイヤーが、シズを『フレンド』に登録したり、シズ宛の『メール』を出せるように設定できるらしい。
初期状態ではどちらの設定も『不可』になっていたから、すぐにシズは意志操作により設定を『許可』に変更した。
《こんばんは~》
《こんー》
《ごきげんよう、お姉さま!》
「はーい、こんばんはー」
配信を開始すると、すぐに妖精がコメントを読み上げ始める。
いつも配信を開始してから3分ぐらいは、挨拶の応酬が続くことが多い。
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◇配信妖精 Lv.2
この妖精が表示されているプレイヤーは『ゲームを配信中』です。
主にこの妖精視点からの映像が、視聴者には届けられます。
現在の視聴者数:317人
コメントの読み上げ:オン
ギフトと投げ銭:共に受け付ける
視聴者からのメール受信/フレンド登録:共に受け付ける
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視聴者の人数はすぐに300人を超えた。
昨日までと同じ感じで増えていくなら、配信を開始して1時間も経たない内に、多分1000人を超えるだろう。
正直、シズが魔物を狩ったり霊薬を作っているところを視聴して、一体何が楽しいのかは全く理解できないのだけれど……。
不思議と毎日のように、視聴者数は増えていく一方だった。
「じゃあ、今日も最初は生産からやってこー」
《おー!》
《頑張って下さい、お姉さま!》
《お勤めご苦労様です、お姉さま!》
「なんか『お姉さま』って呼ばれるのに、抵抗が無くなってきたなあ……」
配信を見てくれている人は、シズのことを『お姉さま』か『天使ちゃん』と呼ぶことが多い。
前者はいつもユーリが『シズお姉さま』と呼んでいるから、視聴者もそれに合わせているんだろう。すっかり慣れてきて、もうあまり抵抗も感じなかった。
一方で『天使ちゃん』と呼ばれるのには、正直まだ抵抗感を覚える。
もう高校生なのに―――『天使』扱いされるのは、何だか気恥ずかしいのだ。
……まあシズ自身も、自分の見た目は完全に『天使』のそれだなとは思うので、仕方がないと諦めるようにしているけれど。
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お読み下さりありがとうございました。




