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03. キャラクター・クリエイト(前)

 


     [3]



 ゲームパッケージの販売は既に行われているけれど、一応『プレアリス・オンライン』のサービス開始は7月1日からということになっている。

 当日を迎えるまでは原則としてゲームを遊ぶことは出来ないわけだけれど。実はひとつだけ、ゲーム開始前に済ませておくことができる作業があった。

 ゲーム内で自分が操作するプレイヤーキャラクターの作成だ。


 雫は普段ゲームを遊ばないので、よく知らないのだけれど―――ラギさんを始めとした『リリシア・サロン』の皆が言うには、MMO-RPGのキャラクター作成というのは、結構時間が掛かるものらしい。

 手早く済ませられる人でも20~30分程度は掛かるし、キャラクターの外見などに拘る人だと、1時間以上を費やすことも珍しく無いというのだから驚きだ。

 サービスが開始された後から作成に取り掛かっていると、何かと慌ただしくなりそうだから。これは事前に済ませておく方が賢明だろう。


 雫はあまりキャラクターの外見に拘るつもりはないけれど。

 ただ、そもそもこの手のゲーム自体に慣れていないので。きっとキャラクターの作成にも、長めの時間が掛かってしまいそうだからね。


 というわけでゲーム開始を2日後に控えた、6月29日の夜の夕食後。

 早速雫は、没入型(ダイブ・イン)VRヘッドセットを装着した上で、身体を自室のベッドに横たえて。それから『プレアリス・オンライン』のゲームを起動してみた。




   ------------------------

    P.R.E.Alice Online

     - Logged in...

   ------------------------




 ゲームを立ち上げると、すぐに身体が硬直して動かせなくなる感覚が伴った。

 これは没入型(ダイブ・イン)VRヘッドセットならではの特徴だ。

 この機器を利用している間は、ユーザーの意識によって操作できるのは仮想世界(メタバース)側の肉体になる。

 現実側の肉体を操作することができなくなるから、機器の起動時に一瞬だけ、現実側の身体がロックされるかのような奇妙な体感が伴うのだ。


 真っ暗な視界の中に、ログイン中であることを示す小さな画面だけが表示された状態が、十数秒ほど続いたあと。

 急速に視界が開けて―――雫は少しびっくりした。


 そこはまるで、神殿内の礼拝堂のような場所だった。

 年季が入った建物なのか、壁には所々にひび割れた所があって。

 天井を見上げてみると、そこにも亀裂が幾つも入っていて。隙間から眩いばかりの陽光が射し込んでいる。


 正面には3メートルぐらいの高さがある、人の姿をした像が安置されていた。

 ここが礼拝堂なことを考えると、たぶん何かの神様の姿を模した像だろうか。

 いや、背中に大きな双翼があることから察するに、神様というよりは『天使』の姿を象った像なのかもしれない。


「―――ごきげんよう、新たに導かれし『天擁(プレイア)』の魂よ」


 不意にそう声が掛けられて、思わず雫はどきりとする。

 気付けば天使像のすぐ手前に、白い衣装を身につけた女性がひとり立っていた。

 背丈は雫より少し低いから、大体150cmぐらいだろうか。

 頭部をすっぽりと覆い隠す白装束は、デザイン的に修道服のそれに近い。


「私は導きの神の使徒で、ユトラと申します。どうぞよろしくお願い致します」

「あっ、はい。雫です。こちらこそ、よろしくお願いします」


 ユトラと名乗った女性が深々と頭を下げてきたのにつられて、慌てて雫のほうも頭を下げ返す。

 その様子を見て、ユトラはくすりと微笑んだ。


「雫様ですね。礼儀に厚い方に来て頂けたようで、とても嬉しく存じます。

 私ユトラは、『天擁(プレイア)』の皆様のキャラクター作成のお手伝いをさせて頂きます。判らない点がありましたら、何でもお気軽にお訊ね下さいね」


 特に説明を受けたわけでもないのに、ユトラが告げた『プレイア』という単語が頭の中で自然に『天擁(プレイア)』という漢字表記に置き換えられた。

 最新の没入型VRヘッドセットでは、そんなこともできるのか―――と、思わず感心してしまう。


「えっと……。ユトラさんは『NPC(エヌピーシー)』なんですか?」

「はい、左様です。中の人(・・・)はおりません」


 雫が問いかけた言葉に、ユトラは即座にそう回答する。

 NPCというのは『ノンプレイヤー・キャラクター』の略語で、プレイヤーではない―――つまり操作者(なかのひと)が存在しないキャラクターであることを意味する。

 あまりに自然に会話ができているから、少し信じ難い部分があるけれど。彼女はゲームサーバーのAIが操作するキャラクターなんだろう。


「ですから、キャラクターの作成には私の都合を気にせず、幾らでも時間を掛けて下さって構いませんので、予めご承知おき下さい」

「それは助かります。私はゲーム初心者なので」

「そうなのですか? 今までにオンラインゲームを遊ばれたご経験は?」

「無料のレースゲームとかを少し触ったことはありますが。MMO-RPGをプレイするのは初めてです」

「なるほど、承知致しました」


 雫の言葉を受けて、得心したようにユトラは頷く。

 ゲームを始めるにあたって、雫はラギから事前に『キャラクター作成をサポートしてくれるNPCには、初心者であることを真っ先に告げたほうが良い』とアドバイスを貰っていた。

 最初から初心者だと判っていれば、サポートNPC側が懇切丁寧に説明してくれる仕様になっているそうだ。


「今から雫様がゲーム内で操作する、プレイヤーキャラクターを作成して頂くわけですが。決めて頂くことが、大きく分けて6つあります。キャラクターの『名前』と『外見』、『種族』と『部族』、そして『戦闘職』と『生産職』です」

「ふむふむ……。その順番で決めていくんでしょうか?」

「いえ、順番はどれから決めるのでも構いません。むしろ最初に挙げた『名前』などは他に影響しませんので、後回しで構わないかもしれませんね。

 ところで、雫様は―――操作するキャラクターの『見た目』と、ゲーム内で自分が主に『何をして過ごすか』の、どちらを重視されますか?」

「えっ? それはもちろん、後者ですが」


 雫はキャラクターの見た目なんて、正直どうでも良いと思っている。

 それよりはゲームをどういう風に楽しめるかのほうが、ずっと重要だ。

 そのことを率直に伝えると、ユトラは「なるほど」と得心したように頷いた。


「では雫様の場合は、最初に『戦闘職』と『生産職』から決めて頂くのがよろしいと思います」

「えっと。『戦闘職』と『生産職』って何ですか?」

「まずそこからですよね。前者が『魔物と戦うための職業』で、後者が『物作りをするための職業』とお考え頂くのが良いと思います。

 『プレアリス・オンライン』では全てのプレイヤーが『戦闘職』と『生産職』を1つずつ、好きなものを選択することができます。雫様には何か『こういう戦い方がしたい』とか、あるいは『こういう物を作れる職人をやりたい』といった希望はありますでしょうか?」

「……それって、職業のリストを見ることはできますか?」

「可能です。表示させて頂きますね」


 ユトラがそう告げると同時に、雫の視界に大小1つずつのウィンドウが開いた。

 大きい方のウィンドウには『戦闘職』の一覧が記載されている。

 〔戦士〕や〔射手〕、〔伝承術師〕に〔精霊術師〕、それから〔盗賊〕―――。

 一覧には全部で50~60種類ぐらいの沢山の職業が記載されている。

 数が多すぎて、ゲーム慣れしていない雫は混乱するばかりだ。


 それに較べると小さい側のウィンドウに列記された『生産職』は、それほど数が多くないように見えた。

 職業の数は全部で15種類ぐらいだろうか。〔鍛冶職人〕や〔縫製職人〕など、字面(じづら)からどういう『物作り』をする職業なのかが、ゲーム初心者の雫にもなんとなく理解できる。


「〔錬金術師〕なんかもあるんですね……。やっぱり卑金属から貴金属を作るのを目指す『生産職』なんですか?」

「―――あ、いえ。『プレアリス・オンライン』に於ける〔錬金術師〕はそういうものではなく、霊薬(ポーション)の製作などを主に行う『生産職』になります」

「……霊薬(ポーション)?」

霊薬(ポーション)というのは、飲むことでHPやMPを回復したり、能力値を一時的に強化したりできる『飲み薬』のことです。

 即効性が高いのが特徴で、飲んだ瞬間に怪我をある程度治せる霊薬を作れたりしますから、魔物との戦闘では頼りになる道具(アイテム)です」

「なるほど……。消耗品ですよね?」

「はい。基本的にそうなります」


 消耗品であるなら、需要が尽きることはないだろう。

 ゲームに慣れていない雫は、たぶん他のプレイヤーに較べてレベルを上げたりするのが遅れがちになるだろうから。戦う技術だけでなく物作りの技術に関しても、他の人より見劣りする部分が出てきてしまうと思う。

 だから雫が武器や防具を作ったとしても。より優れた品を求める人達には、雫が作った生産品なんて見向きもされないかもしれない。

 それは―――想像するだけで、ちょっと悲しいことのように思えた。


 その点、普段から多くの人達に利用されるような消耗品なら、効果に見合った価格で販売する分には、雫の生産品でも買ってくれる人は多そうに思える。

 どうせ何かを作るなら、色んな人に手にとって貰える物のほうが好ましい。


「生産職を〔錬金術師〕に決めてしまおうと思うんですが」

「はい、良いご選択だと思います。β(ベータ)テストの時とは異なり、市場に流通する霊薬は少なくなるでしょうから。高い需要が見込めるでしょう」


 ベータがどうこう、みたいな話はよく判らないけれど。

 高い需要が見込めそうなら、そのほうが生産者としては有難くはあった。





 

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[良い点] 更新乙い [一言] 雫さんの雫(Pot)(激ウマギャグ
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