27. 錬金術は爆発だ
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錬金術師ギルドの『工房』では基本的に、職人それぞれが個室を利用できるようになっている。
なぜか、と問われれば理由は簡単で。失敗すると爆発する危険があるからだ。
下手をすれば作業者は重傷を負い、時には死に至ることさえあるという。
無論その際は本人のみならず、周囲にもそれなりの被害が生じることだろう。
だから都市内では錬金術を行える場所が制限されていて。錬金術師ギルドの『工房』か、もしくは『自宅』のどちらかでしか認められていない。
ギルドの『工房』なら、ある程度の爆発に耐えられる個室が用意されているから問題ないし、そして後者の『自宅』の場合なら『建物が壊れても自己責任』だから構わないというわけだ。
ちなみに、それ以外の場所―――例えば、宿屋で借りた部屋の中などで錬金術を行ったりすると、問答無用で捕まって都市から追い出されるそうだ。
ところで―――ゲーム内の世界では、シズのようなプレイヤーが操作するキャラクターは『天擁』と呼ばれているんだけれど。
逆に、元々この世界に住んでいる人達のことは何と言うのかというと、こちらは『星白』と呼ばれている。
プレイヤーのキャラは『天擁』で、NPCのキャラは『星白』というわけだ。わかりやすいよね。
生産職は天擁だけでなく、星白の人たちも持っている。
だから当然、各生産職のギルドでは星白の人たちも、職人として多数参加しているのが普通なわけだけれど。
けれど例外的に―――錬金術師ギルドだけは星白の職人というのが、殆ど所属していないらしい。
その理由は簡単で。錬金術の生産には、爆発による『死の危険』が伴うからだ。
天擁は仮に死亡しても、3分後には『最後に訪れた都市』で自動的に生き返ることができるんだけれど。星白の人達は、そうではないらしい。
一応、死んだらそれで終わりというわけではなく、生き返ること自体は可能らしいんだけれど。天擁と違い、復活に『約3ヶ月』も掛かってしまうんだとか。
つまり星白の人達は死亡すると、デスペナルティによって『3ヶ月』分の時間を失ってしまうようなもの。
3ヶ月という時間は充分に長いから。このペナルティを忌避して星白の人たちが錬金術という危険な生産をやりたがらないのは、当然のことだと言えた。
「だからシズちゃんがギルドに霊薬を納品してくれると、助かるのよ~」
3階の工房まで案内する道すがらに、ギルド職員のお姉さんがそうした事情を説明してくれた。
星白の作り手が殆どいないから、霊薬の供給元として天擁を頼りたいらしい。
「高く買い取ってくれるなら、もちろんいいですよ」
「ごめんなさい、ギルドは買取価格の算出基準がある程度決まってるから、特別に高く買うようなことはできないのよ。ただ、逆に安く買い叩くようなこともしないことだけは約束できるわ」
「なるほど……」
「もちろん買取価格が常に決まっているから、いちいち面倒な価格交渉をしないで済むとも言えるわね」
「あ、それは結構嬉しいですね」
駆け引きには慣れていないから、交渉が不要というのは有難い。
それに、いつでも安定した価格で買い取ってくれるというのは、それはそれで充分なメリットだろう。霊薬を沢山作っても、安く買い叩かれたりしないで済むわけだしね。
とりあえずは霊薬を生産してギルドに販売することで、早めに金欠状態を脱出したいところだ。
「講習の時にも見たと思うけど、そこにある個室のそれぞれが『工房』になるわ。今は誰も使ってない筈だから好きな部屋を使ってね」
「判りました」
3階に並んでいる『工房』の個室は、大体2畳ぐらいの広さだろうか。ネットカフェの個室よりは広いけれど、カラオケ店の小さめの個室よりは狭い。
2人以上で入ると、ちょっと手狭になりそうだけれど……。基本的にはひとりで作業する場所だろうから、ちょうど良い広さだろうか。
ちなみに『工房』とは名ばかりで、個室内に専門の道具などは置かれていない。
室内には作業机と椅子がひとつずつと、他には机の脇に井戸水が汲まれている、大きな甕があるぐらいだ。
「霊薬の調合を行う時は、毎回必ず鍵を掛けてね。ちゃんと施錠しておかないと、爆発した時の余波がドアの外に漏れちゃうから」
「判りました。気をつけることにします」
そう説明してから、個室の中にまで一緒に入って来たギルド職員のお姉さんが、後ろ手にドアを施錠してみせた。
綺麗なお姉さんと個室内で2人きりだと思うと、ちょっとドキドキする。
爆発にも耐えられる部屋ともなれば、防音性も高そうだし。
《女同士、密室、もう夜更け……。何も起きない筈が無く……》
《これは事案ですよ》
《誰かおんなの人呼んでー!》
《↑更に被害者を増やしてどうする》
妖精が読み上げたコメントを聞いて、思わずブッと吹き出しそうになるけれど。必死にシズは、無表情のまま口を固く閉じることで堪えた。
妖精の声は基本的に配信者本人や、配信者と一緒にパーティーを組んでいる人にしか聞こえないようになっているからだ。
ギルド職員のお姉さんからも妖精の姿自体は見えている筈だけれど、コメントを読み上げる声は全く聞こえていないわけで。だから、ここでシズがコメントに反応して噴き出したりすると、お姉さんから『変な人』だと不審がられることになりかねないのだ。
「爆発が起きるかもしれない部屋に、一緒に入っちゃって大丈夫なんですか?」
「ああ―――それは大丈夫。シズちゃんが今から作るのって『ベリーポーション』なんでしょう?」
「はい。とりあえずそれを作ろうと思ってますが」
ユーリと一緒に沢山のヒールベリーを採取してきたので、まずはその消費を優先する必要があった。
「錬金術に失敗した時に起きる爆発は、その生産レシピの難易度に比例するの。ベリーポーションは最も調合難易度が低いレシピだから、このぐらいなら調合作業を行うシズちゃん自身はともかく、後ろで見てる私には大した被害は無いわね」
「あ、そうなんですね。それなら安心です」
職員のお姉さんを怪我させたらと思うと、心配で作業に集中できない気がしていたのだけれど。その危険が無いなら、シズとしても安心できる。
そういうことなら、手順と作業内容を間違えないことにだけ気をつけて、まずは最初の生産を行ってみるのが良さそうだ。
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