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26. お金が欲しいです

 


     *



「それじゃ、今夜はここでユーリちゃんとはお別れかな?」


 天擁(プレイア)神殿を出たあと、シズは隣のユーリにそう問いかける。

 デイリークエストの『自由生産』を今日の内に達成しておく必要があるからだ。

 ユーリとは生産職が異なるので、生産に利用するギルドは別々の場所になる。


「そうですね。本日中はもう難しそうですが……また明日にもシズお姉さまと、このゲームの中でお会い出来ましたら嬉しいです」

「ん、また明日だね」


 視界の隅に表示させている時計は、既に19時の少し手前を指している。

 生産作業にどれぐらい時間を費やすかは判らないけれど、不慣れなことを思えば、それなりに時間が掛かってもおかしくはない。


 もう本日の行動は、あと生産だけで終わると考えておいた方が良いだろう。

 まあ、シズは深夜の1時ぐらいまで起きていることもあるから、まだ活動時間は続くのだけれど。小学生のユーリは普段、22時前には『リリシア・サロン』からログアウトしているぐらいだから、そう遅くまでゲームは遊ばない筈だ。

 なので今夜はもう、ユーリと一緒に何かをするほどの時間は無いと思う。


「それではシズお姉さま、本日はお疲れさまでした。お姉さまと一日中一緒にいられて私、とても幸せでした」

「私もユーリちゃんと一緒に居られて、幸せだったよ」

「うふふ、では相思相愛ですね♡」


 シズの言葉に、ユーリが嬉しそうに顔を綻ばせる。

 殆ど無意識のうちに、そんな彼女の頭をシズは優しく撫ぜていた。

 ユーリが率直に好意をぶつけてくれることが、とても嬉しい。


 天擁(プレイア)神殿の前でユーリと別れて、『錬金術師ギルド』へと向かう。

 行きたい場所を念じればゲーム内の機能がナビをしてくれて、都市の街路をどう進めば目的地に着くのかが自然と理解できる。

 だから後は都市に住む人達とぶつからないよう、最低限の注意だけは払って歩きながら。シズは一方で視界の半分ほどを使い、現在取得可能なスキルの一覧を表示させ、確認することにした。


(えっと……。今回修得するのは〈○初級霊薬調合〉だよね)


 ギルド職員の人から指導を受けながら作った時とは異なり、霊薬の生産をシズひとりだけで行うためには、調合スキルの取得が不可欠となる。

 だからこのスキルだけは今のうちに修得しておこうと思ったのだ。




+----+

〈○初級霊薬調合Ⅰ〉


 錬金術を用いてスキルランクに応じた初級霊薬を生産できる。

 初級霊薬を『2個』まで同時に生産できる。

 霊薬の生産成功率が『1%』向上する。

 生産した霊薬の品質値が『1』増加する。


+----+




 というわけでスキルポイントを『100』消費し、シズは〈○初級霊薬調合Ⅰ〉のスキルを修得した。

 これで初級霊薬である『ベリーポーション』などを、自力だけでも問題無く生産できるようになったわけだ。


(あれ? スキルの記号が『○』ってことは―――この『霊薬調合』のスキルって錬金術師以外でも修得できるんだ?)


 ふと、スキルの一覧を眺めていたシズは、そのことに気付く。

 特定の職業でしか修得できないスキルなら『☆』のマークが付く筈だからだ。


 『○』のマークが付いているのは『得意スキル』なので、錬金術師が有利に修得できるスキルなのは間違いないのだけれど―――。

 逆に言えば、錬金術の手解きさえ誰かから受けられれば、他の生産職を選択した人にも修得自体は可能なスキルらしい。


 なんとなく『錬金術』は〔錬金術師〕にしか扱えないものだと思っていたので、これはちょっと意外だった。

 もちろん〔錬金術師〕以外が修得する場合はスキルポイントが『200』必要になるから、負担は軽くなさそうだけれど。


(もしかしたら他の生産も、そうなのかな?)


 錬金術のスキルが他職でも修得できるなら、逆もまた同じ可能性が高そうだ。

 まあ、当分は錬金術関連のスキルを修めるだけで手一杯だろうけれど。いつかスキルポイントに余裕ができたら、他の生産職のスキルも……例えば『調理』とかを覚えてみたい気もする。

 現実世界では、自分以外の誰かに手料理を振る舞う機会なんて殆ど無いけれど。こちらでなら自作の料理や菓子を、ユーリに振る舞ったりできそうだしね。


「こんばんはー」


 無事に『錬金術師ギルド』へ到着したシズは、1階にある販売店のカウンターに立っていたギルド職員のお姉さんに、率先してそう声を掛ける。

 このカウンターは販売店に置かれている商品の清算カウンターであると同時に、錬金術師ギルドの業務全般を受け付ける窓口を兼ねている。

 今朝もシズはこのカウンターで手続きをして、いま目の前にいるギルド職員のお姉さんから講習を受けたばかりだった。


「あら。あなたは……確か、シズちゃんだったわね?」

「覚えて下さってるんですね。午前中はお世話になりました」


 錬金術についてまだ何も知らなかったシズに対して、嫌な顔ひとつせず懇切丁寧な指導を行ってくれたお姉さんには、自然と頭が下がる。

 もちろんシズは単純に『同性愛者』としての視点からも、既にお姉さんに対して充分な好意を抱いていた。


「うふふ、シズちゃんみたいな可愛い子なら、忘れるわけが無いのよねえ。

 ―――それで、今回は『錬金術師ギルド』にどんな御用かしら?」

「工房を使わせて頂きたいんですが、構いませんか?」


 錬金術師ギルドの建物は、1階と2階が『錬金術』で作られた商品の販売店で、3階と4階が工房になっている。

 工房はこのギルドの職人として登録していれば、無料で利用が可能だ。

 ちなみに錬金術師ギルドは年中無休かつ24時間営業の施設なので、工房も日と時間を選ばずいつでも利用することができる。


「あら、もしかしてもう霊薬調合に必要な素材を採取してきたのかしら?」

「はい。都市の外でヒールベリーを採取してきました」


 そう答えたシズが、『インベントリ』の中から数個のヒールベリーを取りだしてみせると。職員のお姉さんは納得したように頷いてみせた。


「うんうん、職人として意欲旺盛なようでとても良い事ね。

 ……ちなみに錬金に用いる素材は、ギルド(ここ)で買取もしているわよ?」

「か、勘弁して下さい。流石に売るより自分で使いたいです」

「ふふ、まあそうよねえ」


 シズの回答を受けて、職員のお姉さんがくすりと微笑む。

 もしかして今、軽くからかわれたんだろうか。

 ―――まあ、綺麗なお姉さんにからかわれる分には、悪い気もしないけれど。


「もちろんギルドでは完成した霊薬の買取も行っているから、シズちゃんが無事に霊薬を作れたら、是非ここで売ってくれると嬉しいわ。ギルドで霊薬が安定供給されていないと、掃討者(そうとうしゃ)の人達が困るからね」

「……えっと、その『掃討者』って何ですか?」


 お姉さんが口にした単語の意味が判らず、シズはそう問い返す。

 確か―――森都アクラスの北門で、門衛をしていた男性も、そんな感じの単語を口にしていたような気がするが。


「『掃討者』というのは、簡単に言えば『魔物の狩猟を生業としている人』を指す言葉ね。掃討者は『掃討者ギルド』という組織に加入して、そこで受注したクエストに応じて魔物を狩ることが多いのよ」

「そういう組織があるんですね……。興味深いです」

「魔物との戦いが主なわけだから、掃討者の人達には怪我が絶えなくてね。錬金術師ギルドまで霊薬(ポーション)を求めに来る人も多いのよ。

 油断するとすぐ売り切れになっちゃうから、できれば商品の補充にシズちゃんも協力してくれると嬉しいわ」

「そういうことでしたら、喜んで」


 生産職のレベルは、生産を行った際に得られる『生産経験値』で成長する。

 生産に利用する素材を売ってしまうと、その素材を活用して経験値を得る機会も失ってしまうことになるから、あまり乗り気にはなれないわけだけれど。

 完成した霊薬をこのギルドに売却する分には、生産の経験値はちゃんと手に入るわけだから、シズとしても大歓迎だ。


「もし興味があったら、シズちゃんも『掃討者ギルド』に加入してみると良いかもしれないわね。都市の外で素材を自力調達できるシズちゃんになら、魔物の討伐もある程度は問題無く行えるでしょう?」

「あ、はい。レベルが低い魔物で良ければ、今日も結構討伐してますね」

「一般市民が狩猟できるのは、せいぜいピティぐらいなのよ。だから、それ以外の魔物を少しでも狩れる実力があるなら、掃討者ギルドには加入できるわ。

 それに―――掃討者ギルドで『討伐クエスト』を受けてから魔物を倒せば、結構いい金額の報賞金が貰えるわよ?」

「わ、ホントですか! 明日すぐ加入することにします!」


 このゲームの魔物は、倒しても直接お金が得られるわけではない。

 だから―――実は今、シズの所持金はかなり底を突いた状態にある。

 午前中に都市内で、全財産をはたいて様々な焼き菓子を買い漁った時点のまま、そこから1gitaも所持金が増えていないからだ。


 なので、魔物を討伐するだけでお金が貰える、というのはとても魅力的だ。

 魔物を狩れば狩るほど、甘味を購入する為の資金が手に入る―――その誘惑に、どうして抗うことなんてできるだろう。





 

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お読み下さりありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 掃討者、所謂ハンター。 但し、対象が魔物だけとは限らない(笑)
[良い点] 更新乙い
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