25. 聖水
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デイリークエストは達成したその場で報酬が受け取れるけれど、一方で天擁神殿クエストのほうは達成後に神殿を訪れて報告を行う必要がある。
なので森都アクラスの都市へ戻ったあと、シズとユーリの2人はまず天擁神殿の施設を訪ねた。
「魔物の討伐、大変ご苦労様でした。あなた方の行いは、導きの神アルデール様も見ておられることでしょう。これからも精進を怠ることなく励まれますよう」
クエストを受注した掲示板の近くにある窓口でクエスト達成の報告を行うと、神官の男性はそう言って労をねぎらってくれた。
更に神官の男性はどこからともなく8本の小瓶を取り出し、シズとユーリにそれぞれ4本ずつを手渡してきた。
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◇天擁神殿クエスト『ピティの討伐』を達成しました!
報酬:戦闘経験値50、スキルポイント20、聖水×2
◇天擁神殿クエスト『水蛇の討伐』を達成しました!
報酬:戦闘経験値100、スキルポイント20、聖水×2
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ログウィンドウに2つのクエストを達成したことが表記されている。
おそらくはこの小瓶が、報酬として記載されている『聖水』なんだろう。
「えっと、こちらは何でしょうか?」
「初めて報酬をお受け取りになるわけですから、説明が必要でしたね。大変失礼を致しました。これは『聖水』と申しまして、神殿に勤める聖職者だけが作ることができる、特殊な水です。性質で言えば……万能薬に近いものでしょうか」
ユーリが問いかけた言葉を受けて、神官の人がそう説明してくれた。
万能薬という凄い単語が出て来たことに、シズとユーリは大いに驚かされる。
「ば、万能薬ですか……」
思わずごくりと固唾を呑み、受け取った小瓶を眺めたシズを見て。
神官の人は少し慌てた様子で、首を左右に振ってみせた。
「ああ……。期待させてしまったようでしたら申し訳ありませんが、それほど大したものではないのです。
この『聖水』を飲用するか身体に振り掛けますと、その者が被っている状態異常の種類を問わず、症状を改善することができますが―――その改善効果については、非常に弱いものなのです」
詳しく話を聞いてみたところ、聖水は『どんな状態異常にも効果がある』という点で、まさしく『万能薬』に近いものだと言えるらしいのだけれど。
その改善効果は非常に弱くて、些細な状態異常の治療にも聖水が2~8本程度、重篤な症状から回復させようと思うなら、それこそ100~数百本近くもの大量の聖水が必要になることもあるそうだ。
「気休めとしては便利ですが、劇的な治療はまず望めません」
「そうなんですね……」
『インベントリ』には『同種のアイテムは100個まで1枠の中に入れられる』という仕様がある。
だから神殿クエストの報酬として毎回貰える聖水を貯めておき、100個単位で持ち歩くのは悪くないらしいけれど。
とはいえ聖水による治療はコスパが非常に悪いので、あくまで他に治療の手段が無い場合にのみ緊急手段的に用いる、保険の意味合いが強いようだ。
「報酬としてお渡しした聖水は、どのように扱って頂いても構いません。市場では1本当たり『50gita』程度の値が付きますから、売られるのも良いでしょう」
最後にそう教えてくれた後に、神官の人は仕事に戻っていった。
『50gita』というのはお世辞にも高い金額では無いけれど。大して治療効果が無いアイテムに所持枠が割かれるのも、地味に負担となるかもしれない。
それなら売ってしまうのも、無しではないような気がした。
「……あら、シズお姉さま。この聖水って、錬金の材料になるみたいですよ?」
「え、そうなの?」
「はい。アイテムの詳細をご覧になってみて下さい」
ユーリからそう言われ、慌ててシズは言われた通りにしてみる。
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聖水/品質[50]
【カテゴリ】:素材(溶媒)、霊薬
【錬金特性】:〔副/接触効果〕
【霊薬効果】:状態異常の重度を3緩和する
神聖魔法によって作られた、聖化した水。
飲用するか身体に振り掛けると、状態異常を僅かに弱められる。
錬金術師が生産材料として水の代わりに用いると、
身体に振り掛けるだけで効果を発揮する霊薬を作ることができる。
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「身体に振り掛けるだけで……。なかなか便利そうだね」
「そうですね。霊薬を『飲む』行為は、何かと忙しい戦闘中には難しいこともあるでしょうし。回復が手軽に行えるのは良いと思います」
ユーリの言う通り、魔物と近い距離で対峙する前衛の人などは、悠長に霊薬を飲んでいる暇が無いことも多いだろう。
そんな慌ただしい状況下でも、身体に振り掛けるだけで効果を発揮する霊薬ならば、少しは使いやすいかもしれない。
それに『飲む』行為は自分でしかできないけれど。身体に振り掛けるだけなら、周囲の仲間が『霊薬を使ってあげる』ということもできそうだ。
「お金が貰えないのは残念ですが、こういう報酬も良いかもしれませんね」
「そうだね。錬金術で使い途があるなら、集めて色々試してみたいかも」
「では私の分の聖水もどうぞ、シズお姉さまがお持ちになって下さいませ」
そう言って、ユーリはいま聖職者の人から受け取ったばかりの小瓶を4本全て、シズのほうへと差し出して来た。
「それは……嬉しいけど、いいの?」
「はい。状態異常の治療薬でしたら、自力で作る方が楽しそうですから」
生産職に〔薬師〕を選択した、ユーリらしい回答ではある。
そういうことなら―――有難く頂戴してしまうことにしよう。
「じゃあ、もし何か良い霊薬が作れたら、代わりにそれを貰ってね?」
「はい。シズお姉さまが下さいますものは、何でも大切に致します♡」
そう答えて、ユーリが嬉しそうに顔を綻ばせた。
自分の分だけならともかく、ユーリの分も預かる以上、無駄遣いはできない。
まずはヒールベリーなどの他の素材を用いて生産の熟練を積み、少し慣れてきた頃にでも『聖水』を活用した霊薬の生産に挑戦してみよう。
《シズちゃんに聖水をぶっかけられたい……》
《拙者はユーリちゃんに聖水をぶっかけられたいでござる》
《いや、やはり紳士としては飲む方が》
《なんか甘い味がしそう》
《『天使ちゃんの聖水』、これは売れる!》
《おいおい物売るってレベルじゃねーぞ》
《これは大変な祭りが始まりますよ》
「……何が始まるの……?」
相変わらず、妖精が読み上げるコメントは意味がよく判らない。
水を掛けられたいって言ってる人が多いのはたぶん、今の季節がちょうど夏で、暑い日が毎日のように続いているからかな?
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お読み下さりありがとうございました。




