245. 2人のお嬢様(後)
パーティチャットでユーリ達に断りを入れた上で、一旦パーティから抜けさせて貰うことにした。
その上でシズはレティシアとミーシャの2人をパーティに勧誘する。
「天使さま? これは一体……」
「あっ。ごめん、まだ私の側からは名乗ってなかったね。
私の名前はシズ。流石に『天使さま』呼びだとちょっと恥ずかしいから、名前で呼んでくれると嬉しいかな」
「なるほど、承知いたしました。ではシズ様と呼ばせて頂きますね」
「別に『様』も要らないんだけれど……まあいっか。
えっと、ちょっと事情があってね。私のことを信用して貰えるなら、良かったら勧誘を承諾して貰えると嬉しいな」
「わ、判りました」
軽く首を傾げながらではあったものの。レティシアが勧誘を承諾してくれたことで、即座に新しいパーティが結成される。
また、少しだけ遅れてミーシャもパーティに加入してくれる。
視界にパーティメンバーの一覧を表示すると、ちゃんとレティシアとミーシャの2人が、シズをリーダーとするパーティに参加していることが判った。
―――うん。これで必要な条件は満たせた筈だ。
「ちょっと2人の手に触るけれど、許してね」
「えっ?」
右手でミーシャの手を、左手でレティシアの手を取り、それからシズは軽く地面を蹴って、ゆっくり空へと浮かび上がる。
「わ、わわわわわ……⁉」
「わあーっ! すごいすごい!」
シズにとっては慣れ親しんだ、いつもの『浮遊』なんだけれど。初体験の2人にとっては驚きの体験だったようで、彼女たちの声色には興奮が入り混じっていた。
あまり高く飛びすぎても怖いだろうから、周囲にある家々よりも少し高いぐらいの高度に抑えておく。
……とはいえ、それでも5mぐらいの高さはあるから、慣れていなければ十分に怖い高さだと言えるだろう。実際、繋がっているレティシアの右手からは、小さくない震えが伝わってきていた。
「怖い思いをさせてごめんね。流石にこの区画から、治安が良い場所まで徒歩で移動するのは、ちょっと時間が掛かりすぎるから……」
たぶん最短距離で移動するなら、15分から20分も歩けばどこかの目抜き通りへは辿り着けるんだろうけれど。
残念ながら……来る時に空から見た感じだと、この区画では建物を随分と乱雑に建てているみたいで、道が随分と入り組んでいるし。それにシズには、この辺りの土地勘が全く無いから、徒歩で移動すれば道に迷うことになるのは必定。
今みたいな深夜では人通りも全く無いから、誰かに道を訊ねることも叶わない。
だから一刻も早く彼女たちを安全な場所へ連れていきたいなら―――空を飛んで移動するしかないのだ。
「すごーい! 風がきもちいー! こんなのはじめてです!」
幸いと言うべきか、ゆっくりと浮遊する空の散歩を、ミーシャのほうは怖がりもせず楽しんでくれているようだ。
レティシアのほうも無垢に楽しむミーシャの声を聞いて恐怖が薄れたのか、いつしか手の震えが止まっており、表情にも少しずつ笑顔が浮かび始める。
彼女の心に余裕が出てきたことを察し、シズはほっと安堵の息を吐いた。
とはいえ、落ちるのはやっぱり嫌みたいで。繋いでいるシズの左手は、レティシアの右手によってぎゅっと強く握りしめられているけれど。
「私と一緒にパーティを組んでいる限り、もし手を離したりしても地面に落ちることは無いから、安心してくれて大丈夫だよ」
「そ、そうなのですか……?」
「うん。まあ、絶対離したりはしないけれどね」
よりしっかりと手を繋ぎ合えるように、シズはレティシアと指先を絡める。
いわゆる『恋人繋ぎ』というやつだ。
今日が初対面の女性相手にすることではないかもしれないけれど―――これなら絶対に、手が離れたりはしない。
《お姉さま、もちろん後で私達ともしてくださいね?》
「………」
掲示板などの書き込みとは違い、視聴者から届くコメントには名前が表記されていないから、誰から送られたものかは判らない筈なんだけれど。
それでも―――このコメントの書き込み主がユーリなことは、すぐに判った。
どうやら彼女は、今もシズの配信を視聴してくれているらしい。
「……こ、これは……ちょっと、恥ずかしいですね……」
恋人繋ぎをしたことで、レティシアの顔は真っ赤に染まっている。
もしかしたら、こちらの世界でも『指を絡めて手を繋ぐ』ことは、特別な意味を持つ行為なのかもしれない。
……だとするなら。貴族のお嬢様相手に勝手にしちゃうのは、マズかったかな。
「ごめんね。都合が悪ければ、普通の繋ぎ方に戻すけれど」
「い、いえ! 大丈夫です! なんにも都合なんて悪くありませんので!」
「そう? それなら良かった」
大丈夫との言葉を受けて、シズは安堵の息を吐く。
緊張が解けたことで自然と笑顔になると。ごく近い距離で目があったレティシアは、どこか慌てた様子でぷいっと顔を逸らしてみせた。
彼女の頬には、先程までよりもなお鮮明に朱が差している。
恥ずかしいと言っていたのに、近い距離で見つめられたのが耐え難かったんだろうか。デリカシーに欠けた振る舞いだったかなと、シズは内心で軽く反省する。
「天使のお姉ちゃん、わたしもー!」
「ん、了解」
せがまれるまま、ミーシャと繋いでいる側の手でも指を絡める。
可愛らしい女の子2人と恋人繋ぎをしながら、夜闇の中をゆっくりと飛ぶのは、もちろんシズにとって幸せな時間に他ならない。
《み、見え、見え……ない! 無理!》
《やっぱり見えねぇ! 角度的にも明かり的にも厳しい!》
《くっ……! 天使ちゃん、もうちょっとLEDを強めに!》
《カメラ妖精さん! もっと撮影角度考えて!》
《暗くてスカートの中が見えないっす……!》
《貴族のお嬢様方のパンツが覗けないバグが……》
《運営! バグ修正はちゃんとやってくださいよぉ‼》
「………………」
相変わらず何やってるんだ、うちの視聴者の人達は……。
まあ、シズやユーリ達と違って、レティシアとミーシャの2人はスカートの中にペチパンを履いてたりしないだろうから。そこを覗きたいと思う心理も、ある程度は判らなくもないけれど……。
現在の時刻は深夜。この区画だとシズの天使の輪と月明かりぐらいしか光源がないので、スカートの中なんて見えるはずもない。
「妖精さん。暫くの間、私達よりちょっと高めの位置から撮影して貰えるかな」
とはいえ、このあと目抜き通りの近くまで行けば街灯も増える筈だから。彼女たちのスカートの中が、視聴者から見えてしまう事態も充分に有り得る。
なのでシズは先手を打って、配信妖精にそうお願いしておくことにした。
カメラ役を務める配信妖精は、配信者の要望をある程度聞いてくれる。事前にそう指示しておけば、レティシア達のスカートの中が映ることはない筈だ。
《ああああああ……!》
《無情! なんたる無情ッ……!》
《あああ! 天使ちゃん、どうかご慈悲を……!》
《もうちょっと視聴者に味方してくださいよぉ!》
「私は常に女の子の味方だけど?」
《そうでした!》
《判りきっていたことじゃねえか……》
《そりゃそうだ。天使ちゃんなら視聴者より可愛い女の子を取る》
《当たり前だよなぁ?》
配信者なら普通は、視聴者を優先すべきなのかもしれないけれど。シズの場合は最初から自分の性癖を明示しているため、ブレることがない。
まあ、うちの視聴者は意外と女性が多いみたいだけれどね。
クラン『天使ちゃん親衛隊』に加入してくれているメンバーも、大体半数ぐらいは女性みたいだし。
「……シズ様? 何のお話でしょう……?」
「あ、ごめんね。気にしないで」
視聴者と会話していたシズを見て、レティシアが訝しげにそう問いかけてくる。
『配信者なので視聴者と会話していました』なんてことを、この世界の人に説明しても、理解して貰えなさそうな気がするから。シズはただ、微笑みながら謝罪をすることで、回答を濁した。
「ところで、2人はやっぱり貴族なんだよね?」
「あ、はい。アルクーネ伯爵家の娘です」
「アルクーネ伯爵家……」
今までに一度も聞いたことがない家名だけれど。
そもそもシズはこの国の貴族について、大して知っているわけでもないから。それ自体は当然といえば当然かもしれない。
とはいえ、伯爵と言えば『公・侯・伯・子・男』の五爵の中でも三番目の位置。貴族の中でも充分に高い地位なことぐらいは、シズにも判る。
そんな家門の娘さん2人が、治安の悪い区画に連れ去られ、暴行されようとしていたというんだから。―――これって、かなりの大事件じゃないだろうか。
(真っ先におじさまに連絡しておいて良かった……)
そう思い、シズはひっそりと安堵の息を吐いた。
レティシア達が貴族なことは判りきっていたから。2人と一緒に空へと飛び立つ前に、『ダンディなおじさま』ことオルヴ侯爵へは予め連絡を入れておいたのだ。
フレンドに登録している相手になら、いつでもメールを送れるからね。
貴族の問題は、貴族の伝手を頼って解決して貰うのが一番。
……貴族どころか平民でもない、ただの異邦人に過ぎない『天擁』のシズには、ちょっと荷が重すぎる案件だし。




