244. 2人のお嬢様(前)
「‼」と「⁉」が勝手に変な記号に置き換わる件、google日本語入力のアップデートが原因で生じたものでした。
対処法が判りましたので、以降はまた1文字の記号表記に戻します。
(そのほうが縦書きで読まれている方には良いと思いますので)
(さて、と……)
とりあえず悪い暴漢共のことは、クランの皆に任せておけば大丈夫だろう。
なら、こちらはこちらで少し話を聞かないといけない。
「こんばんは。大丈夫だった?」
重マスケットをインベントリの中に収納してから、シズは背後にいる少女たちに向けて、改めてそう話しかけてみるが。
2人の少女はどこか、ぽかんとしたような表情をしており、何の応答も返ってはこなかった。どうやらまだ状況を理解できていないらしい。
「……あっ……。え、えっと……」
「うん。急がないでいいから、ゆっくり心を落ち着けてね」
先程、暴漢達に向けて話していた時には、自然と冷たい声色になっていたから。今度は優しい声になるよう努めながら、シズは2人に微笑みかける。
すると、地面にへたり込んでいた幼い少女の側が、すっくと立ち上がってシズにキラキラとした笑顔を向けてきた。
「お、おねーさんは、天使さまなんですか⁉」
「―――うん⁉」
少女から問いかけられた第一声が、あまりに予想外で。思わずシズは、笑顔のままその場で硬直してしまう。
普段から、配信の視聴者に『天使ちゃん』と呼ばれたり、あるいはダンディなおじさまから『天使のお嬢さん』と呼ばれたりはしているけれど。まさか本当の意味で『天使』かどうかを問われるとは、思ってもいなかった。
《そうだよ!》
《もちろん天使ちゃんです!》
《流石だな、彼女はよく判ってる》
《我々の推しであり、信仰対象です!》
《彼女こそユーリちゃんを初めとして数多の女の子を籠絡し続けている、超時空な百合少女、天使ちゃんです!》
「え、えっと……。ごめんね、私は別に、天使ってわけじゃないんだ」
なぜか全肯定している視聴者からのコメントを意図的に無視しつつ、シズは少女と目線が合う高さまで屈んでから、そう答える。
シズが向けた視線に応えるように、少女の側からも無垢な瞳でじっと見つめ返されて。シズは少し、どきりとしてしまった。
(……今の私は、このぐらいの年齢の子に弱いんだよなあ)
そんな自分自身の心の動きに、シズは内心で小さく溜息を吐く。
まだ『プレアリス・オンライン』のゲームに手を出していなかった頃は、どちらかといえばシズの好みは、自分と同年齢か少し上ぐらいの女性だったのに。
今では―――すっかり、このぐらい幼めの年齢の子にも、ときめくようになってしまっている。
以前にユーリから「シズお姉さまを年下趣味に変えていこうかと♡」と、そんな風に宣言されたことがあるけれど。
実際、彼女の目論見通りの嗜好に変えられてしまっていることを、今更ながらに思い知らされた気がした。
「もう、ミーシャったら……。すみません、変なことを訊いてしまって」
「気にしないで。こういう見た目だから、そう思っちゃうのも仕方ないよ」
ミーシャという名前らしい幼い方の少女に代わって、シズが来るまでサーベルを持って勇敢に戦っていた方の少女が、少し申し訳無さそうな表情でそう詫びる。
天使かと問われれば、否定するしか無いけれど。とはいえ、小さい女の子に天使のように思って貰えたなら、それ自体はシズにとって嬉しいことでしかない。
「羽が綺麗……。おねーさん、触ってもいいですか?」
「ん、どうぞどうぞ」
「ありがとーございます!」
ミーシャが満面の笑みを浮かべながら、楽しそうにシズの双翼を撫で回す。
どうやらこの少女は、精神面にも見た目通りの幼さがあるようだ。
……まあ、これに関しては。年齢の割に随分と大人びているユーリ達のほうが、どちらかといえば異端なんだろう。
「重ね重ね、妹がすみません……」
「あ、妹さんなんだね」
「はい、ミーシャは7つ下の妹になります。えっと―――申し遅れましたが、私は姉のレティシアと言います。この度は危ないところを助けてくださり、本当にありがとうございました」
そう告げて、レティシアが深々と頭を下げる。
よく見てみれば、レティシアもミーシャも、いかにも『お嬢様』らしい華やかな服を身につけていた。
やや貧しい市民が多く住むこの区画には、明らかに不釣り合いな格好だ。
おそらく彼女たち姉妹は、平民ではないんだろう。
また、レティシアが着ている白い衣服の袖のあたりが、血で汚れてしまっていることにシズは気づく。
返り血……というわけでも無さそうなので、彼女自身が出血している可能性が高そうだ。
「右手を怪我してる? ちょっと見せて貰うね」
「ふぁっ……⁉」
服装よりもなお白いレティシアの右手を取ると、彼女の手の甲に切り傷があり、そこから血が出ているのが判った。
改めて―――彼女の身体に傷をつけた男達に、シズは殺意にも近い感情を抱く。
幸いというべきか、それほど深い傷ではないらしく、じんわりと出血する程度で済んでいるようだけれど。とりあえず早急に手当はしておくべきだろう。
「もし滲みたりしたら、ごめん」
そう断った上で、シズはインベントリから取り出した逸品プルーフェアの霊薬瓶を開封し、中身の液体を彼女の手の甲に振りかける。
精霊水を溶媒に用いて作成したこのプルーフェアは、身体に振りかけるだけでも効果を発揮する。逸品霊薬が持つ高い効能が発揮されたことで、レティシアの手の甲にあった傷は、一瞬で完璧に治療された。
「わ……‼ こ、こちらは、とても高いお薬なのでは……?」
「自分で作った霊薬なので原価はゼロ。だから気にしなくて大丈夫」
女性の手に傷痕が残るようなことは、あってはならない。
そう思って、勝手に逸品の霊薬を使ってしまったので、霊薬の代金を払うと言われては困ったことになる。
なのでシズは『原価がゼロ』なことを強調しながら告げる。実際、クラーバ島で採集したプルーフェアを材料に作ったものなので、嘘じゃないしね。
「そうですか……。何から何まですみません」
「ここへは歩いてきたのかな? この辺りは治安があまり良くないし、今みたいな深夜に出歩いたら危ないよ?」
「いえ、こちらへは馬車で参りました。……気がついたら連れてこられていた、と申し上げるほうが正確かもしれませんが」
「………? なにか事情がありそうだね。聞かせて貰っても?」
「はい。助けてくださいましたあなた様には是非、聞いて頂きたいです」
今更ながらに恐怖感が追いついてきたのか、どこか訥々とした口調でレティシアはこれまでの事情を語ってくれた。
彼女たち2人は、国が防衛戦に勝利したことで急遽開催が決まった明日の夜会に参加する用意のため、都市南方の目抜き通り沿いにある服飾店を訪問し、以前から注文していた夜会用のドレスを受け取りにいっていたらしい。
と言っても、もちろん徒歩で店を訪ねたわけではない。当然馬車に乗っての移動だったし、最初はカールという名前の、護衛を兼ねた御者の男性が1人同行していたそうだ。
「貴族の家があるのって、王城区画の中だよね?」
「あ、はい。私の家もそちらにございます」
以前に初めて王城を訪ねた際にも見ているけれど。この国では貴族の邸宅は基本的に、王城と同じ区画の中にある。
「目抜き通り沿いにある服飾店に行って帰るだけなら、こんな治安の悪い区画まで来る必要は無いと思うんだけれど……」
「……どうやら気づけばカールに、この区画まで連れてこられていたようでして。大変お恥ずかしい話なのですが……私達は新しいドレスのことで心が浮かれていたせいで、そのことに全く気づかなくて……」
「ああ、なるほど……」
以前『ダンディなおじさま』ことオルヴ侯爵に誘われて、シズも一度だけ馬車に乗った経験があるけれど。この世界で使われている屋根付きの箱馬車は、備え付けられている窓のサイズがかなり小さい。
なので新しいドレスのせいで心が浮ついていたなら、馬車の外の様子が殆ど見えていなくとも無理はない。
それこそ、自宅から店まで行き来する上では全く無縁の筈の、治安が悪い区画へ馬車が入っていったとしても、気付かないことだって有り得るだろう。
「じゃあ、もしかして御者の人が……?」
「……はい。カールは馬車から蹴り出して私達をこの区画へ置き去りにしたあと、馬車に乗ってどこかへ去ってしまいました。その後すぐに暴漢達がやってきましたので……ほぼ間違いなく共謀していたのでしょうね」
「うわあ……」
護衛を兼ねている筈の人が、裏切っていれば世話はない。
治安が悪く土地勘もない区画に置き去りにされ、かつ即座にガラの悪い男達から囲まれる羽目になったレティシアたちは、さぞ不安だったことだろう。




