240. 新レシピの調合(前)
「き、気を取り直して、今日も調合をやってこうね……」
調合用の座席に深く腰掛けながら、シズはそう言葉を吐く。
視聴者に向けてというより、自分自身に向けた言葉なのは言うまでもない。
とりあえず……明日のことは明日になってから考えることにしよう。
「さてと、まずは何から作ろうかな?」
《お城に行くなら、ついでに霊薬の納品をするといいんじゃない?》
《王女様に渡す分の逸品霊薬は足りてる?》
「ん、それは大丈夫。回復系の霊薬は『魔軍侵攻』イベントに備えて大量に準備していたんだけれど……みんなが強かったお陰で、あんまり使わなかったから」
今回の防衛戦に備えてシズは1000本以上のプルーフェアを、また緊急回復用として『逸品』のプルーフェアを200本以上は用意していた。
けれど、奮戦してくれたクランの仲間たちがとても頼もしく、あまりMP以外の回復を必要とする状況が発生しなかったため、用意したプルーフェアはそのままストレージの中で在庫になってしまっている。
せっかく王城まで行くのだから、視聴者の人たちが言う通り来月分の逸品プルーフェアを少し早めに納品しておくのは悪くなさそうだけれど。
それは余っている在庫があるので、新たに調合する必要はなさそうだ。
《じゃあレシピの開封をやったら?》
《防衛戦で結構な量のメモが手に入ってそうだしね》
「お、それは良いかもだね」
視聴者のコメントを受け、シズはその場で頷く。
今月初頭にあったアップデート以降、ゲーム内では魔物を倒すと低確率で『生産レシピメモ』をドロップするようになっている。
レシピメモは低確率ではあるものの、基本的にどんな魔物からもドロップするようになっている。なので当然『魔軍侵攻』イベントの最中には、沢山のクランメンバーがこのアイテムを獲得していた。
そして、とても有難いことに―――レシピメモの中でも特に〈錬金術師〉が必要とする『調合レシピメモ』に関しては。防衛戦中にドロップしたものを、そのままシズに譲渡してくれるクランメンバーが多かったのだ。
お陰で以前から持っていた分も含めると、シズのストレージには現在200個を超える『調合レシピメモ』が貯蔵されている。
これらのメモを開封していけば、様々な調合レシピを習得できる筈だ。
「よし、じゃあやってみよっか。新しいレシピにチャレンジだね」
《ヒャッハー!》
《レシピメモ全部開けてみた》
「いや、流石に全部一気には開けないよ。5枚ずつぐらいかな?」
新しく習得したレシピを調合すると、レシピ毎に100回目までは生産経験値に加えて、スキルポイントも得ることができる。
あまり一度に沢山のレシピを習得すると、どのレシピで100回分の生産が済んでおり、どのレシピではまだ済んでいないか―――というのが把握できなくなりそうだから。とりあえず5枚ずつぐらいで、少しずつ習得していきたい。
というわけでシズは、ストレージから5つの『調合レシピメモ』を取り出す。
それをひとつずつ開封していくと、それに従ってシズの頭の中に、自然と新しい調合レシピが浮かんできた。
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★『ポム酒』の生産レシピを修得しました。
★『深紅酒』の生産レシピを修得しました。
★『コルル芋酒』の生産レシピを修得しました。
★『ナオストン』の生産レシピを修得しました。
★『キストンド蛇酒』の生産レシピを修得しました。
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「お酒……」
すると新たに習得した5つのうち、なぜか実に4つものレシピが『お酒』を調合するものだった。
そもそも錬金術の調合で『お酒』が作れるとは思っても居なかったものだから。これはシズにとって、かなり想定外の出来事だと言えた。
《これは酒呑み天使ちゃんですよ》
《天使ちゃんに、まさかの酒豪属性が……》
《ほろ酔い天使ちゃんの配信はまだですか?》
「や、お酒なんて飲まないよ……。まだ飲めない年齢だし……」
ちなみにポム酒は『ポムの肝』という魔物素材を、深紅酒は『ベッカク』という赤い漿果を材料にして作るお酒らしい。
そしてコルル芋酒とキストンド蛇酒はその名前の通り、それぞれ『コルル芋』と『キストンド蛇の亡骸』が材料だそうだ。
本来ならお酒の醸造には、それなりに長い期間が必要なんだろうけれど。錬金術の調合で作る場合には材料さえあれば、霊薬を作るのと同じぐらいの時間しか要せず、すぐに完成させることができるようだ。
とはいえ―――残念ながらポムやキストンド蛇という名前の魔物や、ベッカクやコルル芋といった素材を、シズはまだ見たことがない。
材料がなければ作れないのだから、素材を知らないことにはどうしようもない。4つもレシピを習得しておいてなんだけれど、とりあえずお酒の調合は諦めるほかなさそうだ。
《ポムの肝なら、ちょうど在庫があるから送りますぜ!》
《ベッカクとコルル芋ならあるから、送るよ~》
《じゃあ俺からはキストンド蛇を! カナダ辺りにはよく居る魔物なんだ》
「えっ。有難いけれど……いいの?」
《いいのいいの! 使ってくれる方が嬉しいし!》
《蛇の亡骸なんて、どうせゴミみたいな価格でしか売れないし……》
《↑よくわかる……。魔物の肝も似たようなものだなあ》
次々と配信者への『ギフト』機能を利用して送られてくる素材たち。
助かるのは間違いないので、シズは素材をくれた人達に謝礼として完成品のお酒を返すことを約束した上で、有難く使わせてもらうことにした。
《どう? 作れそう?》
《調合レシピの難易度的にはどんなもん?》
「えっと……。うん、どれも問題なく作れるみたい」
というわけで早速4ライン体制で、4種のレシピを同時に調合してみる。
最初に出来上がったのは、ポムの肝を材料にした『ポム酒』。完成品は自販機でよく売られている缶ジュースと同じぐらいのサイズの、黒い瓶に入った状態でその場に出現した。
《たぶん酒瓶のサイズは330mlかな?》
《クラフトビールの瓶とかで、よく見るサイズだね》
残念ながら『クラフトビール』というのが何なのか、シズには判らないけれど。とりあえず、無事に調合ができたみたいでホッとする。
作ってしまった以上は、やっぱり味を確認しておきたいところ。
もちろんゲームの中、つまり仮想世界の中でならお酒を飲むのに年齢なんて関係ないから、飲んでも問題はないんだけれど……。
「………」
けれどもシズは顔を顰めながら、ちょっと躊躇してしまう。
理由は言うまでもなく、今日の日中に飲んだ『お酒風味のノンアルコール飲料』の味が忘れられないからだ。
こう言ってはなんだけれど……あの飲料は苦いばかりで、お世辞にも美味しいものとは思えなかった。
もし今シズの目の前にあるお酒も、似たような味わいなら。正直、あまり口にしたくはない。
《飲まないの?》
《ほろ酔い天使ちゃんになろう!》
《魔物素材の酒だから、躊躇しちゃうのかな?》
《ひとくち味見ぐらいはしてみませんと!》
「……まあ、そうだよねぇ」
はあっ、と溜息をひとつ吐き出してから、シズは覚悟を決める。
それから酒瓶の口を開けて―――瓶から直接、ひとくち分を含んだ。
「あっ。結構イイ感じかも」
《美味しい?》
《魔物のお味はいかがですか?》
《濃厚な肝の味します?》
「魔物の味とか肝の味とか言わないで……せっかく美味しいのに、気分的にマズくなりそうだから。なんか割と、にんじんベースの野菜ジュースみたいな味かな? ほどほどに甘くて軽い口当たり、幾らでもグイグイ飲めそうな感じ」
もう一度、今度は先程より少し多めに飲んでみると、やっぱり野菜らしい味わいが明瞭に感じられる気がした。
正直を言って『お酒』という感じはしない。完全に野菜ジュースのそれとしか思えない味なので、そもそもアルコール分が含まれているのかも不明だ。
いや、流石に『お酒』なんだから、ちゃんと含まれているのかな?
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ポム酒/品質[92]
【カテゴリ】:飲料(錬金酒)
【品質向上】:+4/年
【飲食効果】:MP+92/酩酊+3%
ポムの肝を材料に用いて調合した錬金酒。
魔物のポムが好んで食べる『メラキャロット』の味わいが
そのまま溶け込んだような、軽い口当たりの飲みやすい酒。
アルコール度数は3%。飲みやすいからといって
ガブガブ飲むと危険なので、それなりに注意が必要。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。
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ちなみに完成品のアイテム詳細はこんな感じ。
何気にMPの回復量が多い。霊薬と違って、こちらはジュース1缶ぶんぐらいの量を飲む必要があるけれど、それでも『MP+92』はなかなかのものだ。
アルコール分は『3%』らしい。……もちろんお酒を飲まないシズには、これが高い数値なのか低い数値なのかさえ、全く判らなかった。
それと非常に気になる点が2つ。
1つは、いつもなら時間経過に応じた【品質劣化】の度合いが書かれている筈の欄が【品質向上】に変わっているということ。
どうやらお酒は時間が経っても品質が落ちるどころか、逆に向上するようになっているらしい。
まあ、1年で『+4』とかなので、増加量自体は微々たるものだけれど。そもそも時間経過で品質が劣化しないというだけでも、保管の面では嬉しいものだ。
もう1つは、いつもなら『満腹度』の増加量が書かれている場所に、『酩酊』の増加割合が書かれているということ。
このゲームでは基本的に食べ物だけでなく、飲み物を口にしても『満腹度』が増加してしまうわけだけれど。お酒の場合にはこれがなく、代わりに酔いが回るようになっているようだ。
……やっぱり、酔いすぎると集中力を欠いたり、身体がふらついたりするようになるのかな?。
お酒はほどほどにしないと、痛い目を見ることになりそうだ。




