239. 宴への誘い
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錬金術師ギルドの建物内に入ると、受付に立っていたギルド職員は、いつも深夜や早朝の時間帯に務めている男性の人だった。
なんだか最近あまり会っていない気がしたので、ギルド職員のナディアに会えないかなと内心で期待していたんだけれど。彼女は主に日中が担当のようなので、残念ながらこの時間に来ても会えないようだ。
「あの、ひとつお訊ねしたいのですが―――『天使ちゃん親衛隊』というクランのマスターでいらっしゃる『シズ』殿に、相違ありませんでしょうか?」
とりあえず受付窓口で、いつも通り『工房』の個室を借り受けるための手続きを済ませようとしたんだけれど。
職員の男性から不意にそんな風に訊ねられ、シズは軽く驚かされた。
既に何度も顔を合わせているから、もちろん男性はシズの名前も、シズが『中級調合師』なことも知っているわけだけれど。
とはいえ流石にクランマスターをやっていることまでは話していないから、そのことへの言及が男性の口から出ただけでも驚きだ。
「……あ、はい。私で合っていると思いますが……?」
「ああ、良かった。ギルドで手紙を3通お預かりしておりますので、今お受け取り頂いてもよろしいでしょうか」
「手紙? しかも3通もですか?」
『プレアリス・オンライン』のゲーム内で誰かから手紙を受け取ること自体が、シズにとっては初めての経験なのに。それが一度に3通も。
一体どういうことなんだろう、と思わずシズは首を傾げてしまうが。とりあえず受け取らないという選択肢はないので、職員の男性には承諾の意を伝えた。
「こちらの3通になります」
そう告げる男性から手渡されたのは、豪華な装いの封筒だった。
3通全てが見た目からも質感からも判るほど、明らかに高級そうな紙で作られた封筒で。また封筒の表面に記されたシズの名前やクラン名も、思わず感嘆するほど達筆の文字ばかりだ。
すぐに封筒の裏面も確認してみると―――そちらには『ファトランド王国宰相のエンドリー・ハペルカ』、『フォートランド連合王国宰相のブランジル・グレイテンド』、『貿易国家イヴェニータ宰相のベスコーネ・ベティオ』と、各国で宰相という立場にある、いかにも偉そうな人物の署名が入っていた。
つまり、この3通の手紙はいずれも個人ではなく、『国家』から送られてきたものと考えるほうが良さそうだ。
(……まあ、そうだよね)
『プレアリス・オンライン』のゲーム内ではプレイヤーかNPCかを問わず、誰でも『メール』の機能を利用できる。なので、この世界では手紙の需要がない。
そもそも各国に郵便制度自体が存在しないため、こういう風に国家からの通達を目的とするものでもない限り、手紙を貰う機会など通常では考えられないのだ。
「ありがとうございます、工房で確認させて頂きますね」
「はい。手続きは完了しましたので、どうぞご利用下さい」
男性にお礼を告げて、シズは受付の脇にある階段を登る。
時間が時間なので当然かもしれないけれど、ギルド二階の工房は誰も利用者がおらず、どの個室もガラガラの状態だった。
なんとなく使用機会が多い奥の個室に入り、後ろ手に施錠する。
《さっそく内容を確認しましょうぜ!》
《はよ! はよ!》
《私、内容が気になります!》
《防衛戦に参加した国からだし、それ関連ではあるんだろうね》
《いや、わからんぞ。借金の督促状かもしれん》
《借金に首が回らず奴隷落ちする天使ちゃん……。アリだな!》
《わたくしが即購入に行きますわ!》
《クランの女子全員で購入してシェアとかどうでしょう!》
《アリですわね!》
《アリだー!》
《ウム!》
「人を勝手に借金漬けにしないで……」
視聴者から寄せられる勝手なコメントに、思わずシズは苦笑する。
そもそもシズは、お金には余裕があるほうだ。錬金術師ギルドや掃討者ギルド、メンバーショップで沢山の霊薬を販売しているため、合計すれば間違いなくかなりの売り上げになる。
しかも霊薬の素材はほぼ全て拾い集めているため、元手はゼロに近い。売り上げがそのまま収入となるので、インベントリの所持金は貯まる一方だ。
なのでシズは、借金とは全く縁がないと断言できた。
……まあ、女の子にシェアして貰える生活、というのはちょっと憧れるけれど。
(とりあえず中身を確認しよう)
まずはシズたちが拠点にしている国、ファトランド王国の宰相から届いた書簡を開封し、中に入っていた手紙を確認する。
文面はまず短い時候の挨拶から始まり、続いて過去に一度も会ったことがないにも拘わらず、不躾に手紙を送りつけることへの謝罪が綴られていた。
そして次に本題として、クランでの防衛戦への参加に対する感謝を。また、その大きな貢献に報いるだけの十分な報酬を用意することを、宰相として約束する旨が記されていた。
《十分な報酬!》
《お金は大事ですわ!》
この文面を見て、視聴者の皆が一気に沸き立った。
国からクランへ支払われた報酬はクランメンバー全員で均等に山分けにすると、過去にシズはそう明言している。
ファトランド王国から高額の報酬が支払われれば、その5倍相当額がフォートランド連合王国からも支払われることになるため、2000人を超えるクランの皆で山分けしてもそれなりの額になるだろう。
「―――戦勝の夜会?」
また宰相からの手紙には続けて、防衛戦にて魔軍を無事退けることができたことを祝う夜会が、森都アクラスの王城で開かれることが記されていた。
宴の開催は明日の夜。よく確認してみると、封筒内には便箋だけでなく、夜会の招待状らしきものも3枚入っていた。
この招待状を持っていれば、人数を問わず同行者を含めて会場に入れるらしい。
もしも予定が開いているようなら戦勝の立役者に是非来て欲しいと、そのように文面にはあった。
(あんまり興味ないかなあ……)
夜会に出る場合は当然、ユーリたちも同行してくれるだろうけれど。シズ自身はもちろん、ユーリたちも誰ひとりとしてドレスの類は持ち合わせていない。
いや、たぶん彼女たちは現実のほうでなら何着もドレスを持ってるんだと思うけれど。少なくともゲーム内では衣服自体、数えるほどしか持っていない筈だ。
なので至急ドレスを用立てる必要がある。
まあ買うこと自体は構わないし、なんなら支払いはユーリたちの分までシズが負担しても良いぐらいなんだけれど。
とはいえ、今から都市内の服飾店を巡り、慌てて調達しなければならないことを思うと……。正直、面倒という気持ちが先に立った。
ちなみに戦勝の宴が開かれるのはファトランド王国だけではないらしく、その次に読んだフォートランド連合王国の宰相からの手紙でも、最後に読んだ貿易国家イヴェニータからの手紙でも、同じような内容が綴られていた。
もちろん夜会への招待状もそれぞれの国から届いたわけだけれど。なぜか開催日がどの国も『明日の夜』で揃っているようなので、少なくとも他国の宴に参加することは絶対になさそうだ。
(ま、今回は全部不参加だね)
シズが内心で、そう片付けてしまおうとすると―――。
『シズお姉さま! ぜひ夜会にご一緒しましょうね!』
『こんなこともあろうかと、ドレスはわたくしが準備しておりますわ!』
『一緒に行きましょう、シズ姉様』
『エスコートを期待しても構わないかな?』
『と、当日はよろしくお願いします!』
不意に、ユーリとプラムとイズミ、エリカとコノエの5人全員から、ほぼ同時にパーティチャットが送られてきた。
「あっ、はい……」
言うまでもなくシズにとっては、自分よりもユーリたちの意志が最優先。
というわけで、この時点で明夜の予定が決まったのだった。




