238. うっかり言っちゃった
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正午の少し前に梅と江理佳が起きたので、それから皆で昼食を取り、その後には友梨との約束通り夜の20時頃まで全員でベッドに転がってダラダラと過ごした。
思えば、折角同じ別荘の中に滞在しているというのに。こんな風に日がな一日、皆とイチャイチャだけしながらまったりと時間を過ごしたことは、今まで無かったように思う。
―――なんとももったいない話だ、と今更ながら雫は少し後悔する。
セックスなんてしなくとも、友梨と梅と一心、九重や江理佳と同じベッドの中で共に居るだけで、心は幸せで満たされてしまう。
こんなにも簡単に手に入る幸せがあるなら、もっと積極的に希求しても良かった筈だ。少なくとも―――今後は友梨たちと近い距離で一緒に過ごす時間を、これまで以上の頻度で求めたいと、そう雫は思わずにいられなかった。
ちなみに昼食にはピザを、夕食には寿司を取った。
全ての食事を店屋物だけで賄っているので、今日は別荘内のキッチンへ、一度も足を踏み入れていない。
なお、両腕を含む雫の体には常に誰かが抱きついていて、自由に動かせない状態になっていたから。ピザや寿司は皆が手ずからに食べさせてくれた。
雫にドリンクを飲ませるのも、食べた後に口元を拭うのも、なぜか嬉々としながら全て彼女たちがやってくれたのだ。
自分よりも遥かに年下の女の子たちに世話をされるのは……なんだかとても奇妙な気分になる。
これはこれで幸せではあるんだけれど……。うっかり気を緩めると、その先には堕落一直線の未来が待っていそうな、そんな気がした。
―――というわけで雫が『プレアリス・オンライン』にログインしたのは、予定時刻の20時を30分ほど過ぎた頃。
ログインした地点は『魔軍侵攻』を受けていた貿易国家イヴェニータの小都市。
幸い、防衛戦の参加前に設置した『招集門』がまだ残っていたので、それを利用して雫はファトランド王国の首都、森都アクラスまで一気に帰還した。
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【招集門設置Ⅹ】
設置可能数:最大で『5箇所』まで
使用制限:クランのマスターとサブマスターのみ設置可能
招集門の利用はクランメンバーなら誰でも可能
任意の地点に『招集門』を設置し、クランメンバーが
天擁神殿や他の『招集門』から自由に転移できるようにする。
設置した『招集門』は『48時間』経過後に失われる。
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設置済の『招集門』は48時間が経つと自動的に消滅する。
もし皆とイチャイチャするのを優先して、ゲームにログインしたのが明日に遅れていたなら。きっと『招集門』は既に消滅しており、帰還手段を模索するところから頑張らなければならなかっただろう。
『招集門』を利用して、森都アクラスの天擁神殿まで一気に戻ってきたシズは、早速その場で『配信』を開始する。
ラギの希望に沿うためにも、配信はなるべく毎日行っておきたいからね。
《今日も配信お疲れ様です!》
《天使ちゃんがあらわれた!》
《こんばんは、お姉さま!》
《配信きちゃ!》
《今夜は重役出勤ですね!》
《おっつおっつ!》
《馬鹿な、配信開始位置が工房前でないだと……⁉》
《この2日間は大変お疲れさまでした!》
「みんなお疲れー。一昨日と昨日も、本当にお疲れ様でした」
開始してまもなく、配信妖精が忙しそうに読み上げ始めた視聴者からのコメントに対して、シズもすぐに挨拶を返した。
自分の声はちょっと抑え気味にする。周囲に居る都市の人達に声を聞かれると、誰も居ない場所でひとり喋っている変な人に見られかねないからね。
《お姉さま、今夜は珍しく配信の開始が遅めですのね》
《流石に防衛戦の疲れが出てしまいましたか?》
「ううん、そういうわけじゃないんだけれど。この2日間はユーリたちとあんまりコミュニケーションする時間がなかったからね。今日は午前からついさっきまで、皆とずっとイチャついてた」
《あら素敵》
《女の子同士でイチャイチャなんて!》
《百合イチャは最高ですわ!》
《ウム!》
《あれ、でも……お姉さま、ゲーム自体にログインしてませんでしたよね?》
『プレアリス・オンライン』では、フレンドに登録している相手なら関係段階を問わず、ゲームにログイン中かどうかをいつでも確認することができる。
シズがフレンドに登録している相手は非常に多いので、今日は全然ログインせずにいたことを、把握している人も居るようだ。
「あ、言ってたかったっけ? 私達のパーティは全員、夏休みの間ずっとユーリの家の別荘に滞在してるから。だからこの夏はゲーム内外を問わず、いつでも彼女たちとスキンシップし放題なんだ」
《な、なんだってー⁉》
《これは大ニュースですわ!》
《同棲百合! 同棲百合は最高です!》
《しかも年の差同棲百合ですぞ!》
《生のユーリちゃんとも、もうキスはしたんですか⁉》
《そりゃしてるでしょう! なんならキス以上も‼》
《女同士、別荘に同棲、夏休み一杯。何も起きない筈がなく……‼》
シズが答えた言葉に、にわかに視聴者の人たちが盛り上がる。
なんとなく、もう視聴者の人たちは知っていると思っていたけれど。そういえば確かに、同じ別荘に滞在していることは、まだ言ってなかったかもしれない。
……だったら言わないほうが良かったかな、と内心で少し反省する。
自分のことだけならともかく、ユーリやプラムやイズミ、コノエやエリカのプライベートにも関わる話だし。こういうのは安易にネット上で誰かに漏らすべき内容ではない気がした。
まあ、言ってしまったものは仕方がない。
後でちゃんとユーリたちに確認して、もし誰かひとりでも不快に思うようなら、シズのほうから真摯に謝ることにしよう。
《リアルのユーリちゃん達も超可愛いですか?》
《背の高さはゲーム内と同じなんですよね? じゃあ相手は小学生?》
《やっぱりお風呂はみんなで一緒に入ってるんですか⁉》
《同棲ハーレム生活の感想をひとこと!》
「はいはい。収集つかなくなってきたから、一旦この話題はここまでね。とりあえず今夜も霊薬を作りに工房に行くよー」
《あ、生産は今夜もやるんですね》
《流石はお姉さま! 仕事中毒の鑑ですわ!》
《社畜ッ! 圧倒的社畜……!》
《クスリを……クスリを作らないと、手が震えてくるんじゃあ……》
視聴者の人たちはノリが良いので、これから霊薬の調合をする話を持ち出すと、すぐに話を逸らされてくれた。
……まあ、たぶん調合をやっている最中に、ユーリたちとのことを色々と根掘り葉掘り訊かれることになりそうだから。結局は今だけ話を逸らしても、意味なんてないような気もするけれど……。




