235. 2つ目の戦勝とそれから
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ファトランド王国の隣にある国、フォートランド連合王国の小都市レディバードでの防衛戦に勝利してから、およそ1時間後。
現在のシズは軍議への参加のため、都市の中心部へ移動している最中だった。
できれば明日にしてくれないかな―――と内心では思う。
視界の隅に表示させている時計は、つい先程0時を越えたばかり。
もう日付が変わるような時刻になっているのに、ここから更に会議に参加するというのは、なかなか精神的に堪えるものがある。
それでも、クランの代表として参加しないわけにはいかない。
おそらく戦勝のお祝いを主目的とする軍議なので、流石にバンシーの討伐に最も貢献したクランの代表が不在にするのは、好ましくないだろう。
とりあえず……待ちくたびれたユーリ達が先に眠ってしまわないように。なるべく早めに軍議を切り上げて、ゲームからログアウトしたいところだ。
レディバードの都市中心部にある広場に張られている司令部天幕の、その近くにまで歩み寄ると。待機していた20人ばかりの兵士の一団が、シズの姿を確かめるなり全員揃ってビシッと敬礼を向けてきた。
その仕草に思わずシズは動揺し、硬直してしまう。敬礼をされても、それに対してどういう反応で返すのが正しいのか、判らなかったからだ。
「『天使ちゃん親衛隊』のクランマスターの方ですね。この度の防衛戦では、大変お世話になりました。レディバードを守れたのは、全てあなた方のお陰です!」
その一団から1人が近づいてきて、笑顔でそうシズに感謝を伝えてきた。
多分、この兵士達を取り纏めている隊長さんだろうか。地位が高くなるにつれて明らかに鎧が豪華になっていく騎士の人達とは違って、普通の兵士の人達はあまり外見から役職の高さがよく判らないけれど。
なんにしても、感謝されるのは悪い気はしない。
すぐにシズの側からも、笑顔を浮かべて応対する。
「私達が魔軍へ攻勢に出ることができたのは、騎士と兵士の皆様が都市をしっかり防衛して下さればこそです。こちらこそ、大変助かりました」
「ありがとうございます。そう言って頂けましたら、私達の努力も報われます。
さて―――ビスコーテ辺境伯がお待ちです。どうぞ天幕の中へ」
促されるまま天幕の中へ入ると。フォートランド連合王国側の司令官を務めていたビスコーテ辺境伯が、わざわざ床几から立ち上がって出迎えてくれた。
「よくお越しくださいました、シズ殿。魔軍をものともせず殲滅していく貴クランの働きぶりは、城壁から眺めていて胸がすく思いがいたしました。
国に仕える者として、こう言ってしまうのは情けない限りですが……あなた方が救援に来てくださっていなければ、おそらくレディバードの防衛は叶わなかったことでしょう。辺境伯として貴クランの助力に、心より感謝申し上げます」
そう告げてから、シズに向かって深々と頭を下げるビスコーテ辺境伯。
防衛戦に参戦する前には、騎士にさえ侮られていたシズに対して。先方がこうもあからさまに『下にも置かぬ扱い』をしてくるのを見てしまうと……。正直シズとしては、逆に居心地の悪さを感じないでもない。
それでもかろうじて、シズは作り笑顔を浮かべて対応する。
「感謝には及びません。私達は傭兵のようなものですから、報酬のために力を尽くすのは当然のことです」
敢えて一部の単語を少しだけ強調したのは、事前にユーリとエリカの2人から、そうするよう助言を受けていたからだ。
レディバードの防衛戦に成功した場合、フォートランド連合王国はファトランド王国がソレット村防衛戦の対価として『天使ちゃん親衛隊』に用意する額の5倍の報酬を支払う―――と、事前にそう取り決めてある。
この約束について、後からビスコーテ辺境伯が色々言ってこないよう、牽制しておく必要があるわけだ。
これがシズ個人に支払われる報酬というのであれば、今のところお金には困っていないし、金額を減らされても別に構わないんだけれど。
今回の場合は『クランへ支払われる報酬』なので、報酬の額を減らされてしまうと、クランの皆で山分けする金額が減ってしまうことになる。
クランマスターとしてそれを容認するわけにはいかないので、フォートランド連合王国には、事前に取り決めている通りの額を支払って貰う必要があるのだ。
「シズ殿、心配には及ばない。ビスコーテ辺境伯は信頼できる御仁なので、無事に防衛が果たされた後にもなって、吝嗇なことなど言わぬ筈だ」
「……う、うむ。もちろんだとも」
シズの意図を素早く察したオルヴ侯爵の言葉に対して、ビスコーテ辺境伯が一瞬だけ遅れて首肯する。
頬に一筋の汗が流れている様子から察するに、牽制さえされなければ金額交渉のひとつぐらいはするつもりだったんだろうか。
「と、ところでだ。魔軍をまだ撃退していない国家では、まだ明日も防衛戦が続く予定の筈だが、シズ殿のクランはもう参戦の予定は決まっているのかな?」
「明日ですか? いえ、今のところ予定はありませんね」
ビスコーテ辺境伯の言葉に、シズは頭を振る。
魔軍侵攻イベントは明日の午後22時まで続くことになっている。なので魔軍の司令官を討伐できない国では、防衛戦は明日の夜遅くまで続く。
「それは有難い。実は当国には、同盟を締結している『貿易国家イヴェニータ』という国があるのですが。そちらでは防衛に大変苦戦しており、このままですと明日の午後にも陥落が避けられない状況に追い込まれているそうで……」
「ああ……」
そこまで言われれば、もう皆まで言われなくとも判る。
これは即ち、シズ達がフォートランド連合王国の救援に来た経緯と、同じことの繰り返しだろう。
「もちろん報酬さえ期待して良いのでしたら、お断りする理由はありません」
……まあ明日の予定が決まっていない以上、続けて紹介された国の防衛戦にまた参加するのも吝かではない。
なのでシズはすぐに、そのように返答を口にした。
「おお……! 有難いことです。もちろん報酬は期待してよろしいかと」
「ところで申し訳有りませんが、私は『貿易国家イヴェニータ』という国がどこにあるのかも存じませんでして。その辺のことを教えて頂けますでしょうか」
「ええ、もちろんです。こちらにお越し頂けますか」
ビスコーテ辺境伯に促されて、天幕の隅に置かれている机のほうへ移動すると。そこには現実世界で言う『ヨーロッパ西部』の一帯が描かれた詳細な地図が広げられていた。
その地図の1箇所―――イベリア半島の西端にある国を示しながら、ビスコーテ辺境伯が「イヴェニータはこの国です」と教えてくれた。
(なるほど、ポルトガルに相当する国なんだね)
どうやらゲーム内の世界でも、イギリスとポルトガルは『英葡永久同盟』を結んでいるらしい。
なるほど、海洋方面に強そうなポルトガルなら国名に『貿易国家』という名称が付随していることにも、納得できるものがあった。
「侵攻を受けている集落はどこにあるんでしょう?」
「この国の南端に位置する小都市です」
ビスコーテ辺境伯はすぐにそう回答して、ポルトガル南端のアルガルヴェ地方にある一角、現実で言う『サン・ヴィセンテ岬』がある辺りを指差す。
位置として判りやすいのは有難いところだけれど。リヴァプールからサグレスの辺りまで空路で移動するというのは……流石にディアスカーラも嫌がりそうな気がする。
今回ばかりは、普通に『転移門』を利用して国家間を移動することを、前提にしておくほうが良いかもしれない。
(明日は早起きして、現地まで移動かな……)
もともとシズは深夜3~4時頃まで起きていることもザラにあるわけだけれど、別荘ではいつもユーリ達と一緒に寝ているので夜更かしができない。
なので現地への移動は早起きして行う他なかった。
まあ、シズひとりが先に移動を済ませれば、ユーリ達は後から『転移』ですぐに合流できるのだから。これでも移動の面倒はだいぶ省けるほうだ。
「判りました。では明日の午前中には現地へ到着しておきますので、予め先方への連絡だけ済ませておいて頂けますか」
「おお、ありがとうございます! 連絡の方は確実にしておきますので」
ビスコーテ辺境伯の側から差し出された手を、シズも握ることで応える。
さて、この後はまだ起きているクランの皆にだけでも、明日向かう3つ目の戦場についての話をしておかないと―――。




