233. 肩を並べて
8つにカットされていたアップルパイは、シズとユーリとエリカが1切れずつ、そして残りの5切れはディアスカーラがひとりでペロリと食べてしまった。
甘いものに目がない彼女にとって、上質な菓子はそれだけ魅力的なものだったんだろう。少し申し訳なさそうな表情をしながらも、いじらしくお代わりを求める姿を見せられれば、笑って許してあげるしかなかった。
なお、最終的にはアップルパイ以外にも―――ドーナツやチョコドーナツ、フロランティーヌに至るまで、菓子店で貰った包みに入っていた菓子は、そのほぼ全てをディアスカーラが食べ尽くした。
菓子を齧るたびに「美味しい美味しい」とひたすらに零しながら食べる、彼女の食欲は最後まで衰えることがなかったのだ。
上等な菓子は回復量に優れるぶん、食べた際の『満腹度』増加量も多い。なので普通の人族なら半分も食べない内に限界を迎えてもおかしくないんだけれど……。
元が巨体の竜なだけあって、人族とは許容量に大差があるんだろうか。小柄な体躯からは信じられないほど、いとも簡単にディアスカーラは平らげていた。
「す、すまんのう。儂ばかりが殆ど食ってしまって……」
「いいよいいよ。いっぱい食べる子は、それだけで可愛いし」
謝罪するディアスカーラの頭を、優しく撫でながらシズはそう答える。
それに、これらの上質な菓子をくれた森都アクラスにある菓子店の店長だって、女の子がこんなにも美味しそうに食べたことを知れば、きっと喜ぶだろう。
料理や菓子の作り手にとって、食べる人の笑顔ほど嬉しいものはないからね。
「いや、これほどの上等な菓子を無遠慮にも儂ひとりで平らげてしまった以上は、やはりそれなりの詫びと返礼をせねばなるまいよ。―――シズ」
「ん、どしたの?」
「シズのクランにまだ空きはあるか? 良ければ儂も入れて欲しいのじゃが」
「わ、ぜひ入って入って」
クラン『天使ちゃん親衛隊』は所属人数の割にクランレベルがかなり高いため、所属できる人数枠には大きな余裕がある。
なにしろ、まだ余裕で1000人以上が加入できるぐらいなのだ。
なのでディアスカーラも参加してくれるなら、それはもちろん嬉しいことでしかない。一瞬だけ(NPCってクランに参加できるのかな……?)と疑問に思ったけれど。当の本人であるディアスカーラが言うのだから、多分大丈夫なんだろう。
とりあえずシズはいつもの意思操作で、目の前にいるディアスカーラのことを、自身のクランに勧誘してみる。
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▲ディアスカーラ(星白)が『天使ちゃん親衛隊』に加入しました。
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すると、すぐに勧誘が承諾されたようで、ディアスカーラがクランに加入した旨のメッセージが表示された。
「これからはクランのほうでもよろしくね、カーラ」
「うむ、任せるがよい! では、早速行ってくるかのう」
「……? 行くって、どこへ?」
「ふふ、決まっておろう。この戦いを終わらせてやるのじゃ!」
そう告げたディアスカーラの姿が、『人化』を解いたことで再び巨大な竜へと変わる。
そして、シズの正面でばっさばっさと大きく数度翼をはためかせたかと思うと、一気に急加速しながら残る魔軍が布陣している方向へと向かい、翔けていった。
「ディアスカーラ殿は、なかなか律儀な方だな」
疾駆する後ろ姿を、ただぽかんと眺めていたシズは。
そう告げたエリカの言葉を聞いて、ようやく我に返ることができた。
「律儀って?」
「クランに参加してくれたことだよ。ここまで戦闘を頑張ってきた私達に敬意を評して、あくまでもクランメンバーの一員としてボスを倒しに行ってくれるらしい」
「ああ……そっか、そうだよね」
クランに参加すると同時に敵に向かっていった理由が、いまいちシズには理解できていなかったんだけれど。言われてみれば、エリカの言う通りだった。
わざわざシズのクランに参加してくれた意味。なるほど、それは確かにエリカの言葉通り、ディアスカーラの義理堅さを示すものに違いない。
「……じゃあ、私達も精一杯加勢しなきゃ、だね?」
「うむ、そうだな。同じクランの仲間なのだから当然だろう」
シズの言葉に、エリカがにやりと笑む。
もしかするとディアスカーラは、ひとりで魔軍のボスを倒そうと考えているのかもしれないけれど。クランを共にする以上、それは看過できないことだ。
クランの仲間同士なら、やっぱり一緒に肩を並べて戦わなきゃね。
〚―――みんなにちょっと聞いてほしいことがあるんだ〛
だからシズは、クランチャットを通して仲間の皆に語りかける。
〚さっき私のフレンドで恋人の緑竜―――ディアスカーラが、私達のクランに加入してくれたんだ。気のいいみんなのことだから心配なんてしてないけれど、竜でも人でも分け隔てなく、仲良くしてあげてね〛
〚ディアスカーラじゃ! 皆の者、よろしく頼むのう!〛
シズの紹介に呼応するように、ディアスカーラがそう挨拶する。
きっとシズと同じように、クランに参加できるのはプレイヤーだけだと思っていたんだろう。竜が参加した事実を知った皆は、一様に驚きの声を上げていた。
〚よろしくね!〛
〚こちらこそ、よろしく!〛
〚可愛い女の子が増えたぜ! ヒャッホゥ!〛
〚よろしくドラゴンガール!〛
〚ついに竜まで仲間になるとは、流石は天使ちゃんのクランだ……〛
〚よろしく!〛
〚君も今日から天使ちゃんの親衛隊員だ!〛
〚竜女子と仲良くなるチャンスがあります。そう、天使ちゃんのクランならね〛
もちろん驚きの後には、ひたすらに歓迎のチャットが続く。
クランの皆の、こういうノリの良さは本当に大好きだ。
〚おお……こんなに歓迎してもらえるのは嬉しいのう! 嬉しいのう!〛
その反応を聞いたディアスカーラが、とても嬉しそうな声色で答えていた。
もう離れてしまったから、姿は全く見えないけれど。きっと今、彼女の表情は凄く嬉しそうに蕩けていることだろう。
〚ところで、ディアスカーラは今からボスを倒しに行く気らしくてね。残念ながら私とユーリとエリカは役目があるから、それに同行できないんだけれど……。
―――ところでみんなは、まさか新入りの女の子が頑張ろうとしてるのに、それに手を貸さないような薄情な先輩じゃないよねえ?〛
敢えて、わざと演技っぽくシズがそう言ってみせると。
もちろんすぐに、クランのみんなからもノリの良い反応が返ってきた。
〚もち!〛
〚聞くまでもなかろうよ!〛
〚先輩が後輩に手を貸すのは、当然のことだと思います!〛
〚竜と一緒に戦えるとかボーナスゲームじゃん!〛
〚乗り込めー!〛
〚やはりボス狩りか……いつ出発する? 私も同行する〛
〚喜んでついていきますぞ!〛
〚なぎはらえー!〛
小都市レディバードの周囲、様々な場所に布陣しているクランの仲間たちが、打ち合わせたようにボスが居る場所目掛けて一斉に突撃していく。
その頼もしい光景を空中から眺めながら、シズは内心で勝利を確信していた。




