232. 天空で上質な菓子を
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【レディバード防衛戦】
△勝利条件:制限時間まで耐えきる、または敵指揮官の撃破
▽敗北条件:レディバードの人口が『80%』未満になる
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▲侵攻/魔軍指揮官 - バンシー Lv.46
魔物数:6882体
士気 :
▲防衛/連合王国軍指揮官 - ヘルム・ビスコーテ Lv.25
兵士数:5030人
士気 :☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★★★
物資量:☆☆☆☆☆☆☆☆
▲天擁陣営
参加プレイヤー数:4114人
最大戦力クラン :『天使ちゃん親衛隊』/1968人
□小都市 - レディバード
生存人口:11305人
敗北条件:人口が『9088人』未満になる
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シズ達が夕食休憩から復帰して約1時間後、22時30分現在の『戦況情報』を確認してみたところ、状況はこのような感じになっていた。
魔軍の士気はとうとう『ゼロ』へと追い込まれ、その数も7000を切る数値にまで減らされている。それとは対照的に、連合王国軍の兵士は1人も減っていないため、数の優位が覆るのは時間の問題だろう。
魔物の数が減ったことで、魔軍の司令官を務めるバンシーのレベルも『46』にまで減少している。
現在のクランメンバーのレベルが大体40前後であることを考えると、そろそろボスに正面から挑んでも『普通に勝てる』可能性が充分に見込めるところだ。
クラン『天使ちゃん親衛隊』の仲間には、戦意旺盛な人達が多い。チャンスさえあればボスが布陣する場所へと食い込み、その討伐を狙う人達が出てきそうだ。
「時間的にも、そろそろ決着をつけたいところですね」
「ん、そうだね……」
ユーリの言葉に、シズは頷きながら答える。
そろそろプレイヤーの人達が、ゲームからログアウトし始める時間帯だからだ。
実際、もうプレイヤーの数は徐々に減り始めている。
1時間ぐらい前に『戦況情報』を確認した時点で、確か4400人ぐらいだった筈だから、もう300人ぐらいはログアウトしてしまっているのだ。
時計が23時、24時といった時間に差し掛かれば、ログアウトするプレイヤーはより多くなっていくことだろう。
まあ、『魔軍侵攻』イベント自体は明日も続くので、別に今夜のうちに決着をつける必要は、無いと言えば無いんだけれど―――。
とはいえ、ここまで魔軍を追い込んでいる状況なのに、決着が明日までお預けになるというのも……。なんだか納得いかないものがある。
やはり可能なら今夜のうちに敵司令官のバンシーを討伐して気持ちよく就寝するというのが、最も理想的な一日の締め括りだろう。
「シズお姉さま、下から……」
「お?」
そんなことを考えていたシズの思考を、ユーリの言葉が引き戻す。
見てみると、地上から1体の大きな緑竜がシズたちのほうへ飛んできていた。
もちろん、その姿はシズもよく知っているものだ。
「カーラ、どうしたの」
『戦いの終わりぐらいは、恋人の傍で見守ろうかと思ってのう』
そう告げてディアスカーラは、シズのすぐ隣で竜から人の姿になってみせた。
『人化』だ。竜でなくなると同時に、空から落下するんじゃないかと―――そう思い、一瞬シズは凄く焦ったんだけれど。カーラは人の姿となっても、平然とその場に浮いていることができるようだった。
どうやら竜の飛行能力は、人の姿でも利用できるらしい。
「もう戦闘には参加しなくていいの?」
「よいよい。シズの仲間たちと共に暴れるのは楽しかったが、本来の儂はそれほど好戦的な竜でもないしの。
ああ―――もしシズが儂に騎乗して攻撃に出たいなら、喜んで付き合うが?」
「私はそういうのはいいかなあ」
ディアの言葉を聞いて、思わずシズは苦笑する。
竜の背に載って戦う、というのに少しロマンを感じるものはあるけれど。とはいえクラン全体の回復役を担うシズに、それほどの暇は無いだろう。
「残念。シズと共に突撃するのも面白そうだったのじゃが」
「ここに居るのなら、私と一緒にお菓子でも食べる?」
「食べる!」
甘いものに目がないディアスカーラが、当然のように即答した。
シズとしてもひとりで延々とクッキーなどを齧り続けるより、付き合ってくれる相手が居るほうが有難いので、これは嬉しいことだ。
インベントリからいつものジャムサンドクッキーを取り出そうとして。ふとシズは、あることを思い出す。
「そういえば―――ちょうど、良いものを貰ってたっけ」
「いいもの?」
「うん。絶対カーラにも気に入って貰えると思う」
クッキーの代わりにインベントリから取り出したのは、ひとつの紙袋。
これは防衛戦のためにソレット村へと移動する前に、森都アクラスで立ち寄った菓子店の店主から『来月から販売する商品の試作品』として受け取ったもの。
中身はアップルパイ、ドーナツ、フロランティーヌという3種類の焼き菓子。更に言えばドーナツの半分はチョコレートでコーティングされている。
どれも普段購入しているクッキーやサブレに比べて、明らかに上質な菓子ばかりなので、きっとディアスカーラにも気に入って貰えることだろう。
とりあえず8つにカットされたアップルパイを一切れ取り出すと、それを目の当たりにしたディアスカーラの目がとろんと蕩けた。
どうやら一瞬で、この菓子の美味しさを嗅ぎ分けたらしい。
「おお……なんという美しさよ。これはもはや菓子である前に、芸術品のひとつと言っても良かろう。……ほ、本当に、食べて良いのか?」
「どうぞどうぞ。それなりにお代わりもあるよー」
「な、なんという僥倖……!」
アップルパイを受け取り、手づかみで少しずつ齧るディアスカーラ。
その度に彼女の表情に、満面の笑みが浮かぶのがなんとも可愛らしい。
(〈調理〉だけでなく〈製菓〉も覚えようかなあ……)
あまりに幸せそうなその顔を見ていて、ふとシズはそんなことを思った。
〈製菓〉のスキルは、スキルポイントさえ消費すればいつでも修得できる状態にある。ディアスカーラを喜ばせることができる菓子を作れるなら、修得する意味が充分にありそうな気がした。
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お読み下さりありがとうございました。




