231. 足元に罠を置く
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フォートランド連合王国の小都市、レディバードの周囲には平坦で見晴らしの良い地形ばかりが続いている。
なので空に浮上して、戦場全体を俯瞰しているシズの視点からは、味方だけでなく魔物側の布陣もよく見えていた。
「―――【罠設置】」
敵が密集している場所に向けて、シズはひとつの魔術を行使する。
【罠設置】は文字通り『罠』を仕掛ける魔術だ。これまでにシズが【罠回収】の魔術で回収しており、『トラップリスト』に名前が記載されている罠なら、好きな位置に再設置することができる。
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【☆罠設置】 ⊿操具魔術
依存能力値:[知恵]
消費MP :100
冷却時間 :20秒
『トラップリスト』に回収されている罠を消費して
視界内の任意の地点に罠を設置する。
罠の形状や発動条件は術者の意思である程度変更できる。
自身が設置した罠は、距離や未発動・発動済に拘わらず
【罠回収】の魔術でいつでも回収し、再利用できる。
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設置するのは『落とし穴』の罠。
これは援軍として本格参戦する前に、元々レディバードの小都市周辺に仕掛けられていたもの。
一度使用され、存在が周囲に露見したことで機能を失った罠でも、【罠回収】の魔術を用いれば状態を復元しての再利用が可能だ。
敵が密集する場所の足元に直接、落とし穴ができたらどうなるか?
そうだね、一網打尽だね―――とでも言わんばかりに、面白いように陥穽の中へ落ちていく魔物たち。
穴のサイズは半径4メートルと、そんなに大きくないけれど。魔物が密集している場所に設置すれば、一度に10体前後を落とすことができる。
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落とし穴(平地用)
【カテゴリ】:陥穽の罠
【発動条件】:効果範囲内に一定の重量が掛かる
【効果範囲】:最大で半径4m(地上/平地限定)
一定の高さから落下させ、尖った木材で串刺しにする罠。
【罠設置】の魔術で設置すると自動的に周囲の地表に
溶け込む色合いになり、簡単には露見しなくなる。
この罠は平地用のものなので、『迷宮地』のような
構造物の中に再設置することはできない。
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落とし穴の底には尖った木材が幾つも並んでいるけれど。見た目の凶悪さに反して、その殺傷力は決して高くない。
いや、たぶんレベルが10ぐらいまでの魔物なら、充分に倒せるぐらいの威力はあるんだろうけれど。戦場に居る魔物はレベルが30近くあるので、流石に罠だけではHPを1~3割削るのが精一杯といったところだ。
ただしダメージ自体は大したことなくとも、落とし穴には10mぐらいの深さがあるから、そう簡単に這い上がってこれるものでもない。
これが人間なら、上にいる人達がロープでも垂らしてあげればすぐに救助できるところなんだけれど。魔物はそういう助け合いの行為をしないからね。
なので『魔物を拘束する』という意味では、落とし穴は充分に役立つものだ。
「―――【強酸雨】!」
シズが落とし穴を5つ設置し、50体近くもの魔物を拘束した時点で。すぐ隣りにいるユーリがひとつの精霊魔法を唱えた。
普段の戦闘では殆ど使う機会がない、ちょっと珍しい攻撃魔法になる。
【強酸雨】は文字通り『強い酸の雨を降らせる』効果がある魔法だ。
範囲内にいる敵は、降り注ぐ酸により徐々にHPを削られていくことになる。そういうダメージゾーンを作り出す魔法、と考えると判りやすいかもしれない。
範囲の広さが売りの魔法で、その効果は半径15メートルの円状エリアに及ぶ。また持続時間もそれなりに長く、酸の雨は5分間ぐらい降り続ける。
広いとは言っても所詮は半径15メートルの範囲攻撃なので、雨から逃れるのは簡単だ。実際、普段の戦闘でこの魔法を使っても、魔物はすぐに効果範囲の外まで逃げてしまうことが多いが。
それでも―――落とし穴に捕らわれた魔物は、そうはいかない。
シズが設置した5つの落とし穴全てを効果範囲内に収めて、降り注ぐ酸の雨。
穴の中の魔物は雨から逃れる術もなく、じりじりとHPを削られていき―――。
「うふふ♡ シズお姉様との共同作業ですね♡」
その成果を眼下に見たユーリが、妖艶に笑ってみせる。
落とし穴で捕獲した、およそ50体もの魔物。その全ての個体が、降りしきる酸の雨によるダメージにより、尽く倒されていた。
倒し切るまでに多少の時間が掛かるとはいえ、50体という数を一網打尽にできる手段があるのは、戦略上小さくない意味を持つ。
今更ではあるけれど。空から俯瞰するシズ達にも、こうして直接行使できる攻撃手段ができたのは、嬉しいことだと言えた。
「でも、まあ……。蛇足かな?」
「そうですねえ……」
シズが漏らしたつぶやきに、ユーリも肩を落としつつ同意する。
魔物を一度に50体も倒せるというのは、決して小さい数ではないけれど。既に戦場の趨勢が決しており、魔物の数は減る一方になりつつある現状を考えると、そこにわざわざシズ達が参加する意味は薄い。
やはり、この戦場でシズ達に求められているのは、本来の役割―――クランの皆のMPの補給役だったり、部隊の指揮役だったりすることだろう。
……というわけで、シズは今まで通り延々と菓子を食べ、ユーリは戦場の指揮に集中することにする。
あんまり色々やろうとすると、やっぱりどれかが疎かになったりするからね。必要に迫られない限り、攻撃役への参加はもうしなくても良いだろう。
とりあえず今は【罠設置】の魔法が、攻撃にも問題なく利用できると判っただけで充分かな。
「ユーリ」
「はぁい、シズお姉さま♡」
いつも通り霊薬の中身を口に含み、身体を抱き寄せたユーリと唇を重ね、彼女の口腔内に少しずつ薬液を流し込んでいく。
うん、やっぱり〈口移し〉を頑張る方がシズの性には合っている気がした。
お読み下さりありがとうございました。




