23. さすおね!
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ユーリがMPの節約をやめたことにより、狩りのテンポは大きく加速する。
【火炎弾】や【氷結弾】といった攻撃系の精霊魔法を、ユーリが遠慮無く行使できるようになったからだ。
今までは2体以上の魔物が同時に襲ってきた時には、【足縛り】の魔法で片方の魔物の足を止めて、その間にもう片方の魔物をシズが殲滅していたわけだけれど。
MPの消耗を考えなくていいなら、最初から攻撃魔法をフル活用して片方の魔物を倒してしまう方が、ずっと手っ取り早いのだ。
―――というわけでユーリが消費するMPを補うため、シズは戦闘が終わる度に毎回3~5枚のバターサブレを食べている。
10枚目ぐらいを食べた時点で、流石にバターの味には飽きてしまったけれど。満腹感が伴わないせいか、食べ続けること自体はそれほど苦痛でも無かった。
とはいえ食傷気味なことは事実なので、可能なら味に何種類かのバリエーションが欲しいというのが、正直な気持ちではある。
「あっ―――。シズお姉さま」
「何体?」
「5体です。水蛇3にゴブリンが1、グーグーが1ですね」
「多いね。なら水蛇とグーグーは私が何とかするから、ゴブリンをユーリちゃんにお願いしてもいい?」
シズが着ている鎧は防御力が高いから、水蛇やグーグーの攻撃は痛くない。
但しゴブリンだけは―――素手なら問題無いのだけれど、個体によっては棍棒や錆びたナイフなどの武器を持っていることがあって。この場合には1度の攻撃で、シズに対しても2~6点程度のダメージを与えてくることがある。
[強靱]が低いシズはHPも低いので、案外馬鹿にならないダメージ量なのだ。
だからユーリにはゴブリンの対処を優先して貰う。
彼女が攻撃魔法を惜しみなく行使すれば、近寄らせることさえ許さずゴブリンを封殺できるからだ。
「承知致しました。……ご負担を掛けてごめんなさい、シズお姉さま」
「このぐらいなら余裕余裕」
最初のうちは、魔物から『1』点のダメージを受けるだけでも、つい「痛っ」と言ってしまっていたシズだけれど。流石に攻撃されるのにも慣れてきた。
今なら4体の敵に囲まれても、冷静さを保てる筈だ。
「来ました! ―――【足縛り】!」
魔物たちの姿を視認すると同時に、ユーリが機先を制して魔法を行使する。
ゲームに慣れているだけのことはあり、彼女の行動はとても早い。
機先を制された魔法で発生した、沢山の蔦に絡め取られてゴブリンが足を止めるけれど。そのゴブリンは何も武器を持っていなかったようだ。
これならシズにとっては、特に脅威ではない。
「―――はあっ!」
鎌首をもたげた水蛇を狙って、低い軌道で横薙ぎに振るった両手用の両刃斧が、幸運なことに近くに居たグーグーにも一緒に命中した。
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▲【薙ぎ払い】スキルを修得するコツを掴みました。
修得にはスキルポイント『200』が必要です。
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ログウィンドウに何か表示が出たけれど、今は余裕が無いので無視。
シズの攻撃対象にならなかった2体の水蛇が、シズの両脛に咬み付いてくる。
どうせダメージは『1』なので無視していい。両刃斧を振り回し、まず手負いのグーグーと水蛇から順にトドメを刺していった。
その頃にはユーリも攻撃魔法でゴブリンを討伐していたので、残る魔物は2体。
2対2の対等な状況に持ち込めば、もう後の対処には苦労もしない。
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▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:24/スキルポイント:1
獲得アイテム:水蛇の牙、水蛇の肝
《特性吸収》により錬金特性〔生命回復Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:24/スキルポイント:1
獲得アイテム:水蛇の皮、水蛇の肝
《特性吸収》により錬金特性〔生命回復Ⅰ〕を吸収しました。
★〔操具師〕のレベルが『3』にアップしました!
任意の能力値の『成長力』を1ポイント増加できます。
レベルアップボーナスとして〔スキルポイント:100〕を獲得。
新たに〈☆分服術〉のスキルが修得可能になりました。
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「お、やったね」
「頑張った甲斐がありましたね、シズお姉さま」
残った水蛇2体の処理が終わった時点で、シズとユーリの身体が同時にまばゆく光って輝き、ファンファーレ調の効果音が大きく鳴り響く。
いつものレベルアップ時の演出だ。ファンファーレが結構大きく鳴り響くものだから、毎回ちょっとびっくりさせられてしまう。
《おめ!》
《おめでとうございます、お姉さま!》
《さすおね!》
《さすおね!》
「みんなもありがとー。……ねえ、さすおねって何?」
妖精が読み上げるコメントは、意味がよく判らないことがたまにある。
多分オンラインゲームでよく使われる、常套句か何かなんだろうけれど。
「スキルを覚えたいから、また川原で休憩しよっか」
「そう致しましょう。今回は私も、修得するスキルに少し悩みそうです」
というわけで川縁へと移動して、座れそうなサイズの岩を探してから、そこに腰掛けて休憩を取ることにした。
蜂蜜のラスクを『インベントリ』から2つ取り出し、片方をユーリへ手渡す。
先程の戦闘ではかなり魔法を使って貰ったので、スキル振りを考えながら食べて貰い、MPを回復しておくのが良いだろう。
「ありがとうございます、シズお姉さま」
「……私もちょっと、バター味以外のものが食べたくてね……」
「あはっ」
シズの言葉を受けて、ユーリが笑顔を零す。
サブレとラスクはどちらもサクサクとした食感が楽しい焼き菓子だけれど、その方向性はだいぶ異なるから、食べていてシズには嬉しく感じられる。
また蜂蜜ならではの甘味も、バターで食傷気味の舌を癒してくれる気がした。
ラスクを囓りながら、レベルアップに伴う作業を行う。
とりあえず成長力に関しては、今回も[敏捷]に投入した。
これで[敏捷]の成長力は『26』に増えて、[知恵]と同じ数値になる。
但し[加護]の成長力は『28』と更に高いから、今後は[敏捷]と[知恵]の成長力がそれに追い付くように、2つを交互に伸ばしていく予定だ。
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【薙ぎ払い】
MP消費:5 / 冷却時間:30秒
近接武器を大きく振り回して、近くの魔物を纏めて攻撃する。
同時に攻撃した魔物1体ごとに与ダメージが『10%』増加する。
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〈☆分服術〉
【霊薬】・【薬品】・【食料】・【飲料】のアイテムを
口にする際に『3%』の確率で消費しなくなる。
このスキルは[加護]に応じて確率が更に増加する。
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戦闘中とレベルアップ時に、それぞれ新たに修得可能になった2つのスキルは、こんな感じのものらしい。
【薙ぎ払い】は……あれば便利そうだけれど、別にいいかなという感じ。
『専門スキル』でも『得意スキル』でも無いから、修得の際にスキルポイントが倍の『200』点も必要なことが、やっぱり厳しい。
〈☆分服術〉は、シズがよく使うことになるアイテムが、確率次第で使用時に消費しなくなるスキルらしい。
どういう原理で再使用が可能になるのか、全く理解できないけれど。これは結構便利なスキルじゃないだろうか。
それにシズは[加護]が最も高い能力値なので、スキルの説明に記載されているより高い確率で、アイテムが再使用できそうなことも嬉しい。
とはいえまだ当分は高価なアイテムなどを利用する機会もないだろうから、あまり重要度は高くないかな。
わざわざ『口にする際に』と書かれてあることから察するに、経口摂取するもの以外―――例えば『塗り薬』などには効果が無さそうだし。これはまだ後回しでもよさそうな気がした。
……となると、何のスキルを修得すべきだろう。
スキルポイントは新しいスキルの修得にだけでなく、既に修得しているスキルのランクアップにも使えるから。現状で最も有意義な使い途は〈○食養術Ⅰ〉のスキルを〈○食養術Ⅱ〉にランクアップすることかな。
ランクアップすると【食料】や【飲料】などの回復量増加が『5』から『10』に増えるみたいなので、バターサブレを1つ食べる度にユーリのMPを『11』も回復できるようになる。
当面はユーリのMP回復に困ることは全く無くなるだろう。
(うーん……)
ちなみに、この更に次に取りたいものはもう決まっている。
〈○初級霊薬調合〉のスキルだ。今後はもうギルド職員の人から直接指導をして貰えないので、ひとりで霊薬を調合する時にはこのスキルが必須なのだ。
それに『錬金術師ギルド』を訪問した際に、ギルド職員から指導を受けて行った霊薬の生産体験では、デイリークエストの『自由生産』が達成できていない。
やはり自前のスキルで生産を行わなければ、クエスト達成としては認められないということなんだろう。
とはいえ今回貯まっている分のスキルポイントはまだ、〈○初級霊薬調合〉の修得用に回す必要はない。
魔物の討伐や、神殿で受けた討伐クエストの達成で得るスキルポイントが、この後にも手に入る予定だからだ。
今ある分は興味があるスキルのために使ってしまって構わないだろう。
《何か面白いスキルを取ろうぜ!》
《天使ちゃんの! ちょっといいとこ、見てみたい!》
「私の呼び方が、すっかり『天使ちゃん』になってる……」
妖精が読み上げたコメントを聞いて、思わずシズは苦笑する。
まあ、背中に小さな羽根が生えていて、頭上に天使の輪があるわけだから。そう呼ばれても仕方ない見た目なことは判っているんだけどさ。
(……うん、面白いスキルを取る、ってのはありかもね)
堅実なスキルを選ぶのもいいけれど、多少は遊びに走るのも面白そうだ。
そう考えたシズは、個人的に使ってみたいスキルを選択することにした。
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