224. 交渉の締結
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フォートランド連合王国との交渉は、なかなかに難航した。
何しろ全ての経緯を見ていた視聴者の皆が―――つまりはクランの仲間たちが、彼の国へ協力することに強い拒否反応を示したからだ。
シズは一応『天使ちゃん親衛隊』のクランマスターではあるけれど、別にクランの仲間たちに何かを強いる権利を持つわけではない。
色々とお世話になっているから、シズはオルヴ侯爵の頼みとしてフォートランド連合王国のことを助けてあげたいと思っているけれど。
その思いに仲間の皆が賛同してくれるかどうかは、全くの別問題だった。
―――結論から言えば、クランの皆の不満はとても現金な方法で片が付いた。
今回のレディバード防衛戦を担当する、フォートランド連合王国軍指揮官のビスコーテ辺境伯を相手に、オルヴ侯爵が『天使ちゃん親衛隊』への充分な報酬を要求してくれたのだ。
レディバードを包囲する魔物は、ソレット村の『5倍』で5万体もいる。
ならばレディバードの防衛に成功した暁には、ファトランド王国がソレット村防衛戦の対価として『天使ちゃん親衛隊』に支払う『5倍』の報酬を、フォートランド連合王国も支払うべきだ―――と。そんな風にオルヴ侯爵が突きつけた要求を、ビスコーテ辺境伯が呑んでくれたのだ。
もちろん辺境伯が、特に値下げの交渉もせず額面通りに呑んでくれた背景には、騎士がしでかした不始末によるところが大きいのだろう。
結局のところ、この交渉はシズが『協力しない』と言えば、その時点で全て無しになってしまうものだ。なので、相手としては下手に出るしか無いのだった。
ファトランド王国のアクール第二王子からは、クランへ充分な報酬を支払うことを確約して貰っているから。その『5倍』ともなれば相当な額が期待できる。
『天使ちゃん親衛隊』には2000人を超える仲間がいるから、後で等分することを考えると、貰える報酬額は多ければ多いほど良い。
―――という事情を説明し、ようやく皆からも納得して貰うことができた。
「こちらとしては嬉しいですけれど……良かったんですか? あまり沢山の報酬を求めると、2国間の関係が悪化しそうな気がしますが……」
「失言があれば、付け込まれるのは国家交渉の常というものだ。まして同盟を結んでいる相手ならば尚更、敬意を忘れた対価は高く付いて当然だとも。
それにだな―――君を侮辱されたことに腹を立てているのが、ディアスカーラ殿だけだと思わないで欲しいものだね」
シズが訊ねた言葉に、オルヴ侯爵がそう答えてニヤリと笑ってみせた。
老練な侯爵だけあって、表情には一切出ていなかったのだけれど。どうやら内心では―――オルヴ侯爵もまたディアスカーラと同じように、シズのために怒ってくれていたらしい。
自分のために怒ってくれる人が居るというのは、本当に嬉しいことなんだなと。その言葉を聞いたシズは、改めてしみじみと思った。
《同盟国なんだから、手を貸してやらなきゃいけないよな!》
《おう! 俺たちで力になってやろうぜ!》
《お前らwww》
《お前ら現金すぎ。そんなに金が欲しいか! 欲しいな!》
《欲しいよ! 装備品を買うのも霊薬を買うのもお金が要るのよ!》
《防衛戦の報酬で良さげな鉱石を買って、装備を交換したいんだよね》
《こいつの金を貰ったら、子供に土産を買って帰らなきゃな》
《俺この戦争が終わったら、故郷の幼なじみと結婚するんだ……》
《了解、パインサラダ期待してるぜ!》
《死亡フラグのバーゲンセールやめろww》
《そういうこと言ってると本当に負けちゃうだろ!》
《やめて! 成功報酬だから、負けたら金にならねーのですわ!》
《そういえばそうだった。諸君、真面目にやろう》
《ウム!》
レディバードの防衛にも成功した場合、実質的に報酬が『6倍』に増額されるとあって、皆のやる気は一気に回復したみたいだ。
とはいえ、あくまでも防衛戦への意欲が回復しただけで、フォートランド連合王国に対する彼らの心象が改善したわけではないけれど……。
……まあ、そこまでは別に、知ったことではないよね。うん。
「それでは、お嬢さん。本日はよろしくお願い致します」
「あっ、はい。こちらこそよろしくお願いします」
深々と頭を下げてきた男性に、慌ててシズのほうからも頭を下げ返す。
先程の騎士とは違って、この場の指揮官である男性―――ビスコーテ辺境伯は、とても温厚で人が良さそうな男性だった。
醸し出す雰囲気に優しさが滲み出ているような、そんな人物だ。
……まあ、逆に言えば。そういう優しい人がトップに立っている軍だからこそ、騎士にちょっと増長しちゃう人が出るのかもしれないけれど。
ビスコーテ辺境伯は部下の兵士達に手早く指示を出し、一部の兵士用天幕を撤去し、シズ達が使えるように小都市内に空きスペースを確保してくれた。
なので早速シズはクランスキルを利用し、その空間に『招集門』を設置する。
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【招集門設置Ⅹ】
設置可能数:最大で『5箇所』まで
使用制限:クランのマスター or サブマスター のみ設置可能
招集門の利用はクランメンバーなら誰でもできる
任意の地点に『招集門』を設置し、クランメンバーが
天擁神殿や他の『招集門』から自由に転移できるようにする。
設置した『招集門』は『48時間』経過後に失われる。
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設置すれば、クランメンバーは『招集門』の間を一瞬で転移できる。
なので防衛に成功したソレット村にまだ滞在しているクランメンバーの人達も、簡単にレディバードまで移動してくることが可能となるのだ。
とはいえ大都市に設置されている『転移門』とは違って、『招集門』はサイズが小さめで、一度に1パーティずつぐらいしか移動できない。
2000人を超えるクランメンバーの全員が転移するためには、今少しの時間が必要になるだろう。……たぶん1時間ぐらいかな?
というわけで、皆が移動してくるのをのんびり休憩しながら待っていよう、と。そんな風に思っていたのだけれど。
……もちろん、ゆっくりなんてできる筈もなくて。すぐに連合王国軍の天幕にて軍議が開かれたせいで、ユーリとエリカの2人と共にシズはそちらへ参加しなければならなくなった。
「クラン『フレイミング・バースト』のマスターをしております、イチノセです。よろしくお願いします」
「あ……え、えっと。『天使ちゃん親衛隊』のマスターのシズです。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
軍議の場で、初めて他のクランのマスターの人と相対する。
一見すると『女性』のようにも見える、中性的な容姿の男性だ。声までちょっと女性っぽく高いところがあるので、誤認する人は普通に多いかもしれない。
とはいえ、同性にしか興味を持てないシズには、はっきりと彼が自分にとっての対象外―――つまり『男性』なことが判ってしまうのだけれど。
『フレイミング・バースト』は現在レディバードの都市で防衛戦を手伝っている天擁の人達の中では、最大規模のクランだそうだ。
と言っても、その所属人数は『186人』と、決して多くないみたいだけれど。
「正直、僕たちのクランには手が余るので……。『天使ちゃん親衛隊』さんみたいな大規模のクランが応援に駆けつけて下さるのは、とても助かります」
「大規模かどうかは判らないですけれど―――ご迷惑でなければ、良かったです。今日は一緒に頑張りましょう」
「ええ、一緒に頑張りましょう!」
肩の荷が下りたといった表情で、イチノセがどこか嬉しそうに微笑む。
同じクランマスターの知り合いができるのは、シズとしても有難い。早速シズの側からお願いする形で、イチノセを『フレンド』に登録させて貰った。
今のうちに『フレンド』に登録さえしておけば、戦いの最中に連絡を取り合えるようになるから、これは大事なことだ。
とはいえ指揮系統が異なる以上、別々のクラン同士が緊密に連携を取ることは、簡単ではないだろうから。予め、互いのクランが果たす役割は分けておきたい。
なのでイチノセと話し合った結果、『フレイミング・バースト』のクランは主にレディバードの防壁付近にまで接近してきた魔物の対処に奔走してくれることになり、一方で『天使ちゃん親衛隊』のクランは防壁の外部へと繰り出し、主に魔軍の殲滅を中心に担うことになった。
クラン同士での話し合いを済ませた後は、ビスコーテ辺境伯から戦闘の状況について説明を受ける。
現在のところは完全に魔軍側に押されているため、せめてレディバード都市内の市民に直接的な被害が出ないよう、弓などの遠距離武器を携行する魔物を優先した殲滅を行うに留めており、他の魔物には何の対処もできていないそうだ。
つまり、今こうして軍議を行っている間にも防壁の耐久度はガシガシと削られ、兵士の人達にも怪我人や死者が出ている真っ最中なのだという。
「特に北方と東方からの攻勢が激しく、現状ではかなり対処に苦慮しております」
「つまり私達は、レディバードの北から東に掛けて布陣している魔軍を、優先的に殲滅して回れば良いんですね?」
「そうして頂けると非常に助かります。お願いできますか?」
「はい、任せて下さい」
辺境伯の言葉に、シズは力強く頷く。
もとより充分な報酬を約束して貰っている以上、シズの側に否やはない。
クランの頼もしい仲間達の力を借りれば、いかに困難な状況に追い込まれていようとも、打破することが絶対に可能とシズは信じて疑わなかった。
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