222. 緑竜のブレス
ディアスカーラの背に乗りながら、そんな他愛もない会話を色々としていると。現実世界で言う『アイリッシュ海』をあっという間に横断し、シズ達一行は程なくフォートランド連合王国の領空へと侵入する。
陸地が繋がっていない限り、この世界では普通、『転移門』を利用した国家間の移動しか認められていないらしいから。空から直接他国へと侵入するというのは、あるいは不法入国と咎められかねない行為かもしれない。
とはいえ援軍の派遣に関しては、既にファトランド王国とフォートランド連合王国の間で話が通っているらしいから。今回に関しては問題無い筈だけれど。
「ディアスカーラ殿。速度と高度を徐々に落として貰えるだろうか」
『うむ、心得た』
オルヴ侯爵の要請を受けて、ディアスカーラが目の前にある小都市に向かって、ゆっくり高度を落としながら接近していく。
川沿いに見えているあの都市が目的地の『レディバード』であることは、すぐにシズ達も理解することが出来ていた。
都市の中に幾つか建てられている塔。それらの存在が、空から俯瞰するとまるで『てんとう虫』の背中にある紋様のように見えたからだ。
それに何より、空から見ればこの都市が魔軍から侵攻を受けていることもまた、一目瞭然に見て取ることができてしまうから。ここが救援を必要としている都市であることは、もはや疑いようも無いことだった。
「うわあ……。確かに、5万体ぐらいはいそうだね……」
思わずシズは、軽い戦慄を覚えながらそう言葉を零す。
国土の大半が『森』に覆われているファトランド王国とは違い、ここフォートランド連合王国の国土の大半は開けた土地だ。
だから―――小都市を丸ごと飲み込まんとするような、圧倒的な数の魔物たちがレディバードの都市を包囲している様子が、空からはとてもよく見えた。
レディバードの小都市が『5万体』の魔物から侵攻を受けているという事実は、既にオルヴ侯爵やアクール王子から説明を受けていた。とはいえ、どうにもシズには『5万体』という数が、具体的に想像できていなかったのだけれど。
こうして恐ろしい程の大軍を空から目の当たりにすれば、否応なしにその脅威を理解させられてしまう。
充分に高度が落ち、またレディバードの小都市へと接近したところで。オルヴ侯爵が『インベントリ』から大きな軍旗を取り出し、ディアスカーラの背の上で掲げてみせた。
同時にユーリが精霊魔法で展開している風の障壁を、少しだけ弱めてみせる。
風が障壁の中にまで入り込み、大きく幟がはためいたことで、軍旗の存在が地上からもよく見えたのだろう。すぐに地上からも、兵達がこちらに軍旗を掲げて応える様子が伺えた。
「よし、これなら魔物に間違われて攻撃されることは無いだろう。ディアスカーラ殿、どこか開けた場所にでも着陸して貰えるか」
『それは構わぬが……。開けた場所など、どこにあるのじゃ?』
やや困惑した声で、オルヴ伯爵の言葉にディアスカーラが答える。
竜の巨体を持つ彼女が地上へ降りれば、それなりの風圧や振動が発生する。だから周囲に被害が出ないよう、着陸にはある程度の開けたスペースが欲しい所なのだけれど―――。
レディバードの小都市内には建物が多く、また広場のような開けたスペースには連合王国軍の天幕が幾つも設置されているため、防壁の内側にはディアスカーラが下りられるだけの充分な空き地が残されていないように見えた。
とはいえレディバードを守る防壁の外側には、既に魔物の集団が張り付いているため、都市の外に降りるというのもそれはそれで難しそうだ。
特に北門の外側には、かなり大量の魔物が押し寄せている。
そのせいで北門を守る兵達はかなり苦戦し、また疲弊もしているようだ。
こう言ってしまっては何だけれど―――持ってあと1時間ぐらいじゃないかと、そう思えるぐらい旗色が悪そうに見えた。
『ふむ、北側が苦戦しておるようじゃな。丁度良いし、あそこに着陸するか』
「……え? あんなに魔物がいる場所に?」
『なあに、全て排除してしまえば何の問題も無かろう』
呵呵と愉快げに笑いながら、徐々に高度を落としていくディアスカーラ。
沢山の魔物がいようと、ディアスカーラの巨体を持ってすれば、全てを踏み潰して着地することは可能だろうけれど。とはいえ、その場合には―――着地した後に大量の魔物に包囲されることは想像に難くない。
戦闘に備えて、慌ててシズ達が『インベントリ』から武具などを取り出して態勢を整えていると。
そんな気持ちを知ってか知らずか。ディアスカーラは地上があと十数メートルの高さにまで迫ったところで滞空し、そして巨体の口を大きく開けて―――。
圧縮された灰色の吐息を、地上の魔物軍勢に向けて吐き出してみせた。
(……竜の吐息!)
ファンタジーを舞台にした小説や漫画で、頂点に君臨する強さを持つ『竜』。
その竜を最強たらしめる攻撃技の『ドラゴンブレス』を、まさかこうして実際に目の当たりにできるなんて思ってもいなかったものだから。シズは内心で、密かに感動に近いものを覚えてしまう。
とはいえディアスカーラが行使したブレスは、竜の攻撃としては定番の『炎』を吐き出すものではないようだ。
炎の代わりに吐き出された『灰色の瘴気』のようなものが辺り一面に広がると。場に溢れる魔物の軍勢を全て飲み込んで、その姿が全く見えなくなって。
十数秒ほど経過した後に、ようやくブレスの瘴気が晴れると。
そこには―――。
「……う、うわぁ……」
「こ、これは凄まじいな……」
シズも、そしてオルヴ侯爵も、揃って感嘆の声を上げてしまう。
北門に押し寄せていた魔物の軍勢。およそ600~700体ぐらいはいたと思われる全ての魔物達の身体が、完全に『石』と化していたからだ。
「わ、凄いですね! もしかして緑竜は石化のブレスが吐けるのですか?」
『うむ! 成龍にさえなれば、緑竜なら誰でも吐けるぞ』
ユーリが問いかけた言葉に、ディアスカーラが嬉しそうな声でそう答える。
その会話を聞いたシズは、自身の影の中に潜んでいる扶養子竜『ディア』のことを頭の中に思い描いた。
(……ディアも成長すれば、これと同じことが……?)
シズが扶養している2体の竜のうち、ディアは紛れもなく『緑竜』の子供だ。
更に言うならディアは、たった今石化のブレスの威力をまざまざと見せつけた、ディアスカーラの子でさえある。
このままディアがすくすくと育ち、成竜となった暁には。産みの親であるディアスカーラと同等の能力を受け継いでいることは、充分に考えられた。
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◎希少実績『恋人無双』を獲得しました!
報酬として異能《高きミンネ》を獲得しました。
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―――そんなことをシズが考えていると。不意に視界の隅に常時表示させているログウィンドウに、通達のメッセージが表示された。
どうやらまた1つ、新たな実績が獲得されたらしい。
実績名から察するに……シズの『恋人』であるディアスカーラが、北門に詰め寄せていた魔物たちを圧倒したことで条件が満たされ、獲得されたものだろうか。
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《高きミンネ》
恋人が魔物の討伐によって経験値を得た場合、
あなたもその1%に相当する経験値を獲得する。
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実績の報酬として手に入った異能は《高きミンネ》というもの。
おそらくはドイツの『愛の歌』に関連付けられた名前だろう。
効果は『恋人が獲得した経験値の1%』が貰えるというもの。
本来なら『1%』のお裾分けなんて、大した効果ではないのだろうけれど。
その効果を見て―――思わずシズは唇の端を引き攣らせてしまう。
(……私の『恋人』って、1000人超えてるんだけど!?)
現在シズの『フレンド』に登録されている数は、全部で『2300人』ほど。
そして、その半数近い『1100人』ぐらいの相手とは、関係が『恋人』に設定されていたりするのだ。
これって―――地味にヤバい異能なのでは、と。
そうシズが危惧するのは、ある意味で当然のことだと言えた。
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