22. 無限バターサブレ編
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「ごめんなさい、シズお姉さま。そろそろ一度休憩を入れても構いませんか?」
「うん、もちろん。ここだと服が汚れそうだから、川縁で座ろっか」
「そうですね。そう致しましょう」
ヒールベリーは河川から50mぐらい離れた場所までなら平気で自生するようなので、感知スキルを頼りにちょこちょこ採取して回っていると、いつのまにか河川から少し距離が離れていたりする。
河川から少しでも離れれば上空は林冠に閉ざされるため、森の中は湿度が高い。だからこの場所で地面に腰掛けると、衣類に土や草などが付着してしまう。
それよりは座り心地が多少悪くても、川原で休憩するほうが良いだろう。
というわけで、シズ達は再び川のそばまで戻ることにした。
まあ、ゲームである『プレアリス・オンライン』で、服が汚れることまで再現されるのかどうかは知らないけれどね。
都合よく川縁に大きめの岩が数個並んで転がっていたので、川の水で手を洗ってから、その岩を椅子代わりにしてユーリと一緒に腰掛けた。
それから、森都アクラスで購入してきたマドレーヌを『インベントリ』から2つ取り出し、1つをユーリのほうへと手渡す。
「ありがとうございます、シズお姉さま」
「ううん。沢山魔法を使って貰っちゃったから、MPを回復しないとね」
複数の魔物が同時に襲いかかってきた時は、毎回ユーリが魔法で敵の1体を足止めしてくれている。
なのでユーリはこれまでに、結構な量のMPを消費している筈だ。
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レモンのマドレーヌ/品質[40]
【カテゴリ】:食料(調理品)
【品質劣化】:-3/日
【飲食効果】:HP+4、MP+12/満腹度+12
レモンの香りが食欲をそそる貝殻型のマドレーヌ。
それなりに日持ちするが、早めに食べたほうが回復効果は高い。
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ユーリから既に教わっている通り、『甘いもの』であるマドレーヌはMPの回復効率に優れる食べ物のようだ。
これを食べて貰えば、戦闘でユーリが消費したMPを、ある程度取り戻すことができるだろう。
「ああ……バターの良い香りがしますね。素朴な味わいですが、美味しいです」
「そうだね、結構美味しいかも」
ユーリの感想に、シズも頷きながら同意する。
生地の中にレモンピールが練り込んであるのだろう。微かに感じられるほろ苦さが良いアクセントになっていて、けれど生地自体はしっかりと甘い。
味の対比が面白いので、マドレーヌやパウンドケーキにありがちな単調な味わいに収まっていないところに、調理者の意趣が窺えて好感が持てた。
手のひらより少し小さいサイズのマドレーヌを、ぺろりと1つ平らげると。シズの身体が一瞬だけ淡い青色の光に包まれて、HPとMPが回復する。
同時に―――まだ食べ終わっていないユーリの身体もまた、一瞬だけ淡い青色の光に包まれた。
これは修得している〈☆効能伝播Ⅰ〉のスキルによって、シズが食べたアイテムの効果の『10%』が、パーティメンバーのユーリに分け与えられたからだ。
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△『レモンのマドレーヌ』を食べました。
シズのHPが『9』、MPが『17』回復しました。
ユーリのHPが『6』、MPが『7』回復しました。
シズの満腹度が『11』になりました。
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(……あれ?)
ログウィンドウに表示されている内容を見て、シズは訝しく思う。
ユーリのHPやMPが回復している量が、どう考えてもシズの『10%』よりも多かったからだ。
シズのMP回復量が『17』なら、ユーリの回復量は端数を切り上げても『2』にしかならない筈なんだけれど……。
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〈☆効能伝播Ⅰ〉
【霊薬】・【薬品】・【食料】・【飲料】のアイテムの効果を
付近のパーティメンバーにも『10%』だけ分け与える。
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〈○食養術Ⅰ〉
【食料】や【飲料】カテゴリのアイテムを摂取した際に
最終的に発揮される効果量を『5』増加する。
また摂取時の満腹度増加を『1』軽減する。
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疑問に思いながら、修得しているスキルの詳細を改めて確認して。
そうして―――なるほど、とシズは得心する。
〈☆効能伝播Ⅰ〉のスキルは、イノが使用したアイテムの効果の『10%』を、付近のパーティメンバーにも分け与える効果を持つ。
マドレーヌの本来の回復量は『HP+4』と『MP+12』。この10%が分け与えられたことで、まずユーリに『HP+1』と『MP+2』の効果が発生する。
その後に〈○食養術Ⅰ〉スキルの効果で『最終的な回復量』が加算される。
なのでユーリの最終的な回復量が、『HP+6』と『MP+7』に底上げされるわけだ。
先に回復量の『10%』を計算した後に、固定値で『5』が加算される。
これは―――シズにとってかなり有利なことだと言えた。
試しにシズは『インベントリ』からバターサブレを取りだしてみる。
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バターサブレ/品質[40]
【カテゴリ】:食料(調理品)
【品質劣化】:-1/日
【飲食効果】:MP+1/満腹度+1
香ばしくも、さっくりとした触感が楽しいビスケット。
濃厚なバターの味わいに高い満足感が得られる。
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バターサブレは小箱に詰められた状態で売られていた菓子で、1箱の中に20枚も入っているためか、1枚あたりの回復量は非常に少なくなっている。
試しにこれを1枚だけ食べてみると―――。
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△『バターサブレ』を食べました。
シズのMPが『6』回復しました。
シズの満腹度は『11』のままです。
ユーリのMPが『6』回復しました。
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なんと、ユーリのMPが『6』も回復した。
バターサブレをユーリ自身が食べても、当然ながらMPは『1』しか回復しないわけだから。
この場合は、シズが食べる方がユーリのMPを6倍も回復できる―――という、なんだか奇妙な逆転現象が発生するわけだ。
しかもシズが修得している〈○食養術Ⅰ〉のスキルには、飲食アイテムの効果を『5』増やすと同時に、満腹度の増加量を『1』だけ軽減する効果もある。
バターサブレは元々満腹度が『1』しか増えない食べ物なので、シズの場合だと1-1で『0』となり、どんなに食べても満足度は増えない。
満腹度が『100』を超えてしまうと、それ以上の飲食ができなくなる。だから回復アイテムの摂取には、普通なら限界があるわけだけれど……。
シズの場合はバターサブレを大量に持ち歩けば、ユーリのMPを幾らでも回復できてしまうわけだ。
「凄い……。私のMPが、もう全快しました……」
自身の状態を確認したユーリが、静かな驚きと共に言葉を零す。
一緒に1つずつ食べたマドレーヌで、ユーリのMPが合計『19』回復。
更にシズがバターサブレを3つ食べたことで、ユーリのMPが『18』回復し、ほぼ使い切っていた彼女のMPが一気に全回復したようだ。
「ここまでの道中では結構魔法を控えめにしてきたのですが……。シズお姉さまがいて下さる時は、あまりMPを節約する必要が無さそうですね」
「そうかもね。私が移動中にちょくちょく食べれば、すぐ回復できそうだし」
バターサブレは安かったこともあって2箱購入しているから、まだ『インベントリ』にあと37枚も入っている。
これだけでもユーリのMPを200点以上回復することができるだろうし。もちろんサブレ以外の焼き菓子も食べれば、より多く回復させることも可能だ。
今回の狩りの間ぐらいは、魔法は使い放題かもしれない。
……どちらかと言えば、私が途中でバター味に飽きないかが少し怖くはある。
同じ味のサブレばかりを食べ続けるのは、ちょっとしんどそうだなあ―――と。シズは内心で密かに溜息を吐くのだった。
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