216. 勝ち確
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「わ、みんな強いねえ……」
戦場全域を眼下に見下ろしながら、思わずシズはそう感想を漏らす。
ユーリとエリカの指揮の下で、ソレット村へ接近してきた約2000体もの魔物集団に対し、迎撃に出たクランメンバーの仲間たちが衝突したのは、つい5分ほど前のことなのだけれど―――。
その僅か『5分』の戦闘だけで魔物達はみるみる溶けるようにその数を減らしていき、現時点でもう半数の1000体近くにまで目減りしているように見えた。
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▲侵攻/魔軍指揮官 - デュラハン Lv.84
魔物数:9071体
士気 :☆☆
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『戦況情報』のウィンドウを視界に表示させてみると、実際に魔物の個体数が、初期の10000から10%近く数を減らしていることが判る。
ついでに魔物の数だけでなく、士気も『星5つ』から『星2つ』にまで、大きく減らされているようだ。
まあ、これだけ一方的な状況になれば、そりゃ士気も失われるか。
この調子なら、このまま眺めていても何の問題もなく迎撃できそうだ。
おそらく、あと5分ほど待っていれば……現在クランメンバー達と衝突している魔物の部隊は、完全に消滅させられることだろう。
「当然の戦果ですね」
「そうだね。この程度の魔物では相手にならないだろう」
あまりにも一方的な状況に感嘆するシズとは対照的に、ユーリとエリカの2人は現在の状況を、当然のものだと考えているようだ。
クランの仲間たちのレベルは大体30から40程度。それに対する魔物のレベルは大半が30前後で、6体に1体が35程度。
双方のレベル差は小さく、大した実力差はない筈だ。
なので、こんなにも魔物が一方的に殲滅される状況になるとは、正直全く思っていなかったのだけれど……。
「レベルはあくまでも、目安でしかありませんから」
そのことをシズが問いかけると、ユーリがそう答えてくれた。
「レベルが同じなら、魔物はプレイヤーよりも高い能力値を持っているらしいが。とはいえ魔物と違ってプレイヤーは大量のスキルを修得しているし、武器や防具も良いものを揃えている。
その辺の差が実力という形で如実に顕れるから、近しいレベル同士でプレイヤーと魔物が争えば、前者のほうが優勢になるのは当然だろうね」
「そういうものなんだね……」
横から追加で説明してくれたエリカの言葉を聞いて、シズは得心する。
シズもスキルは大量に修得しているし、武器はイズミが手ずからに作ってくれた質の高い銃やクロスボウを愛用している。防具にはガチャで手に入れた『錬金術師の衣装』を着用しており、こちらも充分な性能の品だ。
スキルや装備品によって、自身の実力が本来以上に引き上げられていることを思えば。確かにエリカの言う通り、同レベルの魔物相手なら、戦ってもあまり苦労はしなさそうだ。
「それに、シズお姉さまが皆様をずっと回復していますからね。MPの温存を考える必要なく、どの方も最大の火力を出すことができていますから。これでは魔物側はひとたまりも無いでしょう」
「……な、なるほど」
高い火力を出すことができる攻撃スキルは、得てして消費MPも高めに設定されている。ひとつスキルを使うのに『100』近い量のMPを消費することも珍しくないから、普通ならなかなか気軽に最大火力なんて出せるものではないのだ。
だから常にMPの回復を受けられるこの状況は、皆の殲滅力を高めることにある程度の寄与をしていると言えるのだろう。
そう聞かされると―――改めて【共有化:回復】のクランスキルは、ちょっと効果が強過ぎるのではないかと思う。
シズひとりが焼き菓子を食べ続けるだけで、2000人近いクランメンバーを支援できてしまうというのは、あまりにも異常だ。
「……いえ。残念ですが、ここまでシズお姉さまのスキルが強力なのは、今回だけかもしれません」
「そうなの?」
「はい。シズお姉さまが修得しておられる〈食養術〉のスキルは、あくまでも飲食物の回復効果を『固定値』で底上げするものですから。
今後クランの皆様のレベルがより高くなり、MPの最大値が増えると共に、より強力で消費MPの多いスキルを多用するようになりますと、いかにシズお姉さまが飲食に専念したところで、回復が追いつかなくなるでしょうね」
「ああ……。なるほどねえ」
シズが修得している〈食養術〉のスキルは、飲食物による回復量を『50』だけ固定値で増加させる。
これを利用して、現在は元々の回復量が『1』しか無いクッキーなどを食べ続けることで、クランの皆のMPを『51』ずつ回復させているわけだ。
今回のイベントでは、クランの皆の消費MPが多くても『100』ぐらいで済んでいるからこそ、シズの回復だけで充分に間に合っている。
けれど、今後クランの皆の消費MPがこの2倍に、あるいは3倍にと、どんどん増えていけば……。シズの回復だけで追いつかなくなるのも、それほど遠い話では無いわけだ。
「―――あ、決着が付きそうかな?」
「魔物の先鋒はこれで全滅だね」
シズの言葉に、エリカが頷きながらそう答える。
初手でソレット村へと攻め込もうとして来た、2000体近い数の魔物の集団。東西南北全ての方向から来たそれらの全てが、ことごとくクランの仲間たちにより殲滅させられている状況が、空から俯瞰するシズ達からは簡単に見て取れた。
クランメンバー側には全く被害が出ていないようなので、一方的な鏖殺も同然の状況だと言えるだろう。
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▲侵攻/魔軍指揮官 - デュラハン Lv.78
魔物数:8092体
士気 :☆
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『戦況情報』のウィンドウを見ると、実際に魔物が2000体近く数を減らしていることが、はっきりと数値で確認できる。
魔軍の士気も、とうとう『星1つ』まで下がっているようだ。また、指揮官を務めるデュラハンのレベルも『90』から『78』にまで下がっている。
1000体の魔物を倒すごとに、レベルが『6』ぐらい下がる感じだろうか。
〚ソレット村の北・東・南に居る皆様は、そのまま魔物の待機軍勢側に攻め込み、殲滅していって下さい。魔物の数が減れば、それだけ敵指揮官の魔物を弱体化させることができ、早期決着に繋がる筈です〛
〚西部隊の皆は、あまり攻め込みすぎないように気を付けながら、魔物の待機軍勢に向けて遠距離距離を中心に仕掛けて欲しい。もちろん攻撃されたことに反応して攻め込んでくる部隊があれば、それは殲滅して貰って構わない。
但し、あまり西側に進みすぎないように気を付けてくれ。敵の指揮官を務めるボスモンスターやその取り巻きの精鋭部隊は、ソレット村の西側に居ることが判っている。彼らを刺激し過ぎないよう気を付けながら、魔物の数を減らして欲しい〛
すぐにユーリとエリカの2人が、地上の仲間たちに指示を飛ばす。
こうして見ると……こちら側だけが一方的に、戦場の全体図を俯瞰できているという事実もまた、かなりズルいことのような気がした。
そのことをシズが口にすると、ユーリがくすりと笑ってみせる。
「実際、今回一番チートなのは、間違いなくシズお姉さまの『飛行能力』ですね」
「全くその通りだね。戦場の全体をリアルタイムで把握できれば、誰がやったって相手を上回る部隊指揮ぐらいはできるだろうさ」
「そ、そう……?」
指揮のことなんて何も判らないシズとしては、反応に困るのだけれど。
とはいえ―――実際に指揮役を務めている2人が声を揃えてそう言うのだから。シズが提供している『飛行能力』は、彼女たちの役に立っているのだろう。
一応、空を飛行し続ける為には、1分当たり『30』のMPを消費し続ける必要があるのだけれど。クッキーを食べる度に『51』ずつMPが回復しているシズにとって、その程度の消費などあって無いようなものだ。
なのでシズ達は延々と、こうして空からの視点を確保することができている。
「ふふ。私達には天使様がついているのですから、勝ち確というものです」
ユーリが嬉しそうに微笑みながら、そう言葉を零す。
彼女が告げた『かちかく』という言葉の意味が、シズには判らなかったけれど。
とはいえユーリが嬉しそうにしている以上、それはきっと良いことなのだろう。
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