215. キスと大食いがお仕事です
(それじゃ、私もできることをしないとだね)
ユーリとエリカの2人が『指揮官』と『副指揮官』という役割を、しっかり務めてくれているのだから。
2人には随分劣るかもしれないけれど―――。シズもまた自身に与えられた役割を全うする、そのための努力をすべきだろう。
「―――【同調拡散】」
まずシズは【同調拡散】のクランスキルを、目の前に居るユーリに行使する。
これは今日から明日に掛けての『魔軍侵攻』イベント中に、シズが運用するようユーリ達から求められた、3つのクランスキルの内の1つだ。
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【同調拡散Ⅹ】
使用回数:6 / 正時ごとに使用回数が全回復
使用制限:クランのマスター or サブマスター のみ
任意のクランメンバー1人を『同調』状態にする。
『同調』状態の者に回復や強化の効果が与えられた場合、
その効果を同じエリアの『クランメンバー全員』に適用する。
1度効果を発揮すると『同調』状態は解除される。
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効果を簡単に説明すると、このクランスキルを使用して『同調』状態にした仲間が何かしらの『回復または強化』の効果を受け取ると、その効果が『1度だけクランメンバー全員にも適用される』というものだ。
今シズはこのクランスキルを行使してユーリを『同調』状態にしたから、彼女がこれから霊薬を飲んだりすれば、その回復効果はユーリだけでなくクランメンバー全員にも及ぶわけだ。
それだけでも、充分に強力な効果だと言えるわけだけれど―――。
このクランスキルを最大限に活用しようと思うなら、単にユーリに霊薬を飲んで貰うよりも、もっと良い方法がある。
「ユーリ」
最初の主だった指示出しを終え、ユーリが一息ついた頃合いを見計らって。
シズがそう名前を呼ぶと、ユーリが笑顔でこちらを振り返ってくれた。
「はい、シズお姉さま」
「飲ませるね」
「あっ。……はい♡」
インベントリから取り出したプルーフェアの小瓶を開封し、その中身を口の中に含んでから。シズはユーリの身体を抱き寄せて唇を重ね、薬液を彼女の口腔内へとゆっくり流し込んでいく。
―――言うまでもなく、これは〈口移し〉スキルを発動させるための行為だ。
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〈☆口移しⅩ〉
【霊薬】を口移しで『恋人』に服用させると
最終的な効果量と持続時間が『400%』増加する。
この効果による回復は最大HP/MPを一度だけ超過する。
時間を掛けて口移しを行うと、霊薬の効果が更に高まる。
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目を閉じて、何の抵抗もせずに全て受け入れてくれるユーリのことが、愛おしくて堪らない。
たっぷり30秒以上の時間を掛けて〈口移し〉を終えてから。ゆっくりとシズは瞼を開けて―――ごく近い距離でユーリと視線が重なって。
どちらからともなく、少し恥ずかしげに微笑みあった。
〈口移し〉で飲ませた霊薬の効果は、少なくとも『5倍』にまで高められる。
また〈口移し〉に掛けた時間に応じて霊薬の効果はさらに増幅され、『30秒』以上の時間を掛けると『7倍』にまで達することが既に判っている。
更に〈口移し〉による回復はHPの最大値を超えて回復するので―――。
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△〈口移し〉を行い、ユーリに『プルーフェア』を飲ませました。
全クランメンバーのHPが最大値を越え『868』回復しました。
全クランメンバーの[筋力]が70分に渡って『70』増加します。
全クランメンバーの[強靭]が70分に渡って『70』増加します。
全クランメンバーの[敏捷]が70分に渡って『70』増加します。
▽ユーリの『同調』状態が解除されました。
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―――プルーフェアのように元々のHP回復量が多い霊薬に、能力値を底上げする錬金特性を注入しまくったものを〈口移し〉すると、凄まじいことになる。
この効果がユーリだけでなくクランメンバー全員に適用されるというのだから、戦況にも充分に影響する劇的な効果とさえ言えるだろう。
「うふふ、これは役得ですね……♡」
「歓喜中のところ悪いが、次は私に代わってくれたまえよ」
「ええ、ちゃんと代わり番こに致しましょうね」
エリカが軽く唇を尖らせながら告げた言葉に、ユーリが笑いながらそう答える。
【同調拡散】のクランスキルは『6回』まで使用でき、この使用回数は正時を迎える度に全回復する。
10分に1回のペースで利用できるため、ソレット村上空で3人一緒に行動している限り、幾らでもユーリとエリカに〈口移し〉をする機会はあるだろう。
《ユリニウムが俺たちを癒やす! 俺たちに力を与えてくれる!》
《突撃じゃあ! 俺たちには百合天使ちゃんがついておるぞ!》
《百合の間に割って入る魔物共に人誅を!》
《根切りにしませい!》
何故かHPと能力値だけでなく、クランの皆の士気まで凄まじく上がったような気がするけれど。
まあ、士気が高い分には良いことだし……深くは考えないでおこうね。うん。
「【共有化】」
続けてシズは【共有化】のクランスキルも行使する。
これは先程ユーリが行使していた【共有化:感知】とは、別種のスキルだ。
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【共有化:回復Ⅹ】
使用回数:6 / 正時ごとに使用回数が全回復
使用制限:クランのマスター or サブマスター のみ
『10分』の間、スキル使用者が『パーティ全員』に与える
回復効果を同じエリアの『クランメンバー全員』に適用する。
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効果は10分間スキルの使用者が―――つまりシズが『パーティ全員』を対象として与えた回復効果が、クランメンバー全員に行き渡るというもの。
ユーリが行使していた【共有化:感知】と同じく、シズひとりが使用する分には10分ごとに更新することで『常用』も同然の形で利用できる。
〔操具師〕のシズは飲食物を摂取して〈食養術〉のスキルを発動させることで、パーティ全員のHPやMPを回復するのを最も得意とする。
この効果が毎回クランメンバー全員に行き届くようになるため、言うまでもなくこちらも非常に強力なクランスキルだ。
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〈○食養術Ⅹ〉
【食料】や【飲料】カテゴリのアイテムを摂取した際に
最終的に発揮される効果量を『50』増加する。
また摂取時の満腹度増加を『10』軽減する。
品質値が『100』以上の物を飲食すると効果が倍増する。
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もちろん〈食養術〉のスキルは、昨日の時点でスキルランクを限界まで伸ばし、味方への回復効率を最大限に高めてある。
まあHPに関しては、流石にシズの回復だけでは足りないだろうけれど。少なくともMPに関しては、シズだけでかなりの回復力を発揮できる筈だ。
先程エリカがクランチャットで皆に『MPを温存する必要はない』と宣言したのも、シズの支援を受ける前提があればこそのものだと言えるだろう。
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△『イチゴジャムクッキー』を食べました。
シズのHPが『51』、MPが『51』回復しました。
クランメンバーのHPが『51』、MPが『51』回復しました。
シズの満腹度は『0』のままです。
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というわけでシズは早速、手持ちのクッキーをちょっとずつ齧り始める。
本来ならHPとMPを『1』ずつしか回復しないクッキーが、〈食養術〉スキルの効果を受けた結果、回復量が『51』にまで高められている。
その回復効果がクランメンバー全員に届くというのは、とても大きい。
クッキーなどの焼き菓子は、普段から『インベントリ』や『ストレージ』の中にかなりの量を確保してあるし、今回は事前に追加の買込まで行っているから貯蔵量は充分にある。
とはいえ―――満腹度が増えないのを良いことに勢いよく食べ過ぎれば、備蓄が幾らあっても足りるものではない。
ここは1分間に2~3枚ぐらいのペースで、程々に食べ続けるのが良いだろう。
(10分ごとにキスをして、あとはひたすら飲み食いするのが役割ってのも……)
正直かなり変な感じがするなあ、とは内心で思わなくもない。
とはいえ―――これがクランに参加してくれている仲間のために、シズが最も役立てる方法であることは疑いようもない事実だった。
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