214. アクティブソナー
相変わらず投稿が不安定気味で申し訳ありません…。
「とはいえ、流石に油断は禁物ですね。空からの視点が得られるのは指揮する上でとても有利なことですが……魔軍の全容を掴めているわけではありませんから」
「そうだね。そこは確かに注意しないといけないとこかな」
ユーリの言葉を受けて、シズは頷く。
侵攻対象集落である『ソレット村』。その村の周囲大体700~800mぐらいまでの範囲は開けているから、空から全てを見渡すことができるのだけれど。
逆に言えば―――村を囲む防壁からそれ以上離れてしまうと、高所からの視点であっても、途端にその先は視認できなくなってしまう。
理由は単純で、それより離れた先には『森がある』からだ
林冠に覆われている領域は、空からでも見通すことができない。当たり前といえば当たり前だけれど、そのことが魔軍の全容を掴むのを難しくしていた。
「まあ、これでもミーロ村よりは大分マシだがね」
「それは本当にそう」
エリカの言葉に相槌を打ちながら、シズは思わず苦笑する。
彼女が告げた言葉は尤もなものだ。
―――集落が森に囲まれていること自体は、嘆いても仕方がない。
ここファトランド王国は国土の大半が『森』であるため、これはどこの集落でも大抵はそうだからだ。何しろ、首都の『森都アクラス』でさえ例外ではない。
むしろ、村落から周囲400m程度の範囲しか森を切り拓いていないミーロ村に較べれば、その倍近い距離まで開拓されているソレット村は、遥かに視界に恵まれた場所だとさえ言えた。
「とはいえ、敵指揮官の位置ぐらいは早めに掴んでおきたいよね」
「それに関しては私にお任せ下さい。―――【共有化】」
ユーリがそう告げて、ひとつのクランスキルを実行する。
彼女がいま行使したのは、事前にユーリとエリカが話し合って修得したクランスキルのひとつで【共有化:感知Ⅹ】というものだ。
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【共有化:感知Ⅹ】
使用回数:6 / 正時ごとに使用回数が全回復
使用制限:クランのマスター or サブマスター のみ
『10分』の間、スキル使用者が感知系または探知系スキルで
得た情報を同じエリアの『クランメンバー全員』に共有する。
更にパーティリーダー格以上の魔物を自動でマーキングする。
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これは使用してから10分の間だけ、感知スキルや探知スキルから得た情報を、即座にクランメンバー全員に共有する効果を持つ。
『6回』まで使用できて、かつ『正時』ごとに―――即ち『毎時00分』ごとに使用回数が全回復する。
なのでこのクランスキルはユーリ1人だけが使う分には、問題なく『常用』に等しい形で運用することが可能だ。
ユーリは〈魔物感知〉のスキルランクを最大まで成長させており、素の状態でも自身から『400m』の範囲内にいる魔物の存在は感知することができる。
更に〔自然の守護者〕の特殊職を有しているユーリは、自然が多い環境下でのみ感知や探知の有効範囲が最大で『2倍』まで拡大される。
ソレット村の周囲では樹木こそ伐採されているものの、街道以外の土地はほぼ全てが草叢に被覆されている。また村落内も大半の土地が農地か果樹園であるため、自然の存在には事欠かない。
なのでユーリは自然の恩恵を最大限に受け、自身から『800m』までの範囲内にいる魔物なら、常にその存在を感知することができるわけだ。
「優しき風の精霊、直しき音を広げて―――【反響探査】」
続けてユーリは、ひとつの精霊魔法を行使する。
これは周囲に『アクティブ・ソナー』を打つ魔法だと言えば、判る人にはとても判り易いかもしれない。
効果としては【反響探査】の魔法を行使してから1分の間だけ、感知系スキルの有効距離が大きく拡大されるというものだ。
ユーリはこの魔法を普段殆ど使用していないので、その効果は初期状態から全く育っていないのだけれど。それでも有効時間中は〈魔物感知〉の効果範囲が、通常時の更に倍ぐらいにまで拡がる筈だ。
つまり『400m』の倍の倍で、有効感知範囲は『1600m』にも及ぶ。
ユーリが魔法を行使すると同時に―――シズが視界に表示させている『マップ』に、大量の魔物情報が追加で表示された。
まだ森の中に潜んでいる魔物の存在まで、余すところなくユーリの〈魔物感知〉スキルが探り当てたからだ。
「どうやら西側に居るようだね」
「ん、こっちでも確認した」
エリカの言葉に、シズは頷く。
ソレット村の西側、およそ1km離れた位置の森の中に、『デュラハン』という魔物の存在が表示されているからだ。
本来なら〈魔物感知〉のスキルは過去に『討伐倒した経験』が無い限り、感知範囲内に魔物が存在していても『未知の魔物』だと判るだけで、魔物名が判ることは無いのだけれど。
例外として『ボスモンスター』だけは、まだ討伐した経験が無い場合でも魔物名を判別することができる。
逆に言えば、これで敵軍の司令官であるデュラハンが『ボスモンスター』扱いであることが、確定したとも言えるわけだ。
「敵の本丸が西側だと判明したのですから、まずそれ以外から潰すべきですね」
ふふっ、と妖艶に笑みながら、ユーリがそう言葉を零す。
ユーリはシズと一緒に夜を過ごす時だけは、とても従順な性格になるみたいだけれど。彼女の本質が嗜虐的であることは、もはや言うまでもない。
(……今頃は、どんな順番で蹂躙していくか、考えているんだろうなあ)
ユーリの表情を脇目に見ながら、シズは思わず苦笑してしまう。
同時に、これから魔物たちが辿る運命を予見して、ほんの少し憐れに思った。
「旦那様、ユーリ。敵が動き始めたようだよ」
「あら、本当ですね」
エリカの言葉に促されて『マップ』を確認すると。東西南北それぞれの方向に控えていた魔物の集団のうち、一部がソレット村へ距離を詰め始めていた。
移動してきている魔物は、北と西と南の3方向からそれぞれ『600体』前後。そして東側からも『200体』程度の魔物が接近し始めているようだ。
どうやら魔軍側は初手から、全体の『20%』に匹敵する戦力をぶつけてくるつもりらしい。
「2000体までなら、あちらは失っても構わないということですね」
「―――ああ、なるほど」
ユーリのつぶやきを聞いて、シズもその意図を理解する。
魔軍側は1時間ごとに、防衛側に参加している『プレイヤー数』と同じ数だけ、魔物を補充することができる。
このソレット村には現在『2000人』程度のプレイヤーが集まっているため、これと同数までの数なら魔軍側は損耗を気にせず突撃させられるわけだ。
シズ達の側からすれば、まず突撃してきている『2000体』の魔物を1時間以内に余さず討伐することは大前提として、その上で更に追加の被害を魔軍に与える必要がある。
補充分だけを倒していても、状況が良くなることは無いからだ。
毎時補充される数を超えた討伐ができて、始めて天秤はこちらの優位に傾く。
〚こちらは本作戦の指揮官を務めさせて頂きますユーリです。クランの皆様、シズお姉さまを愛する者同士として、どうぞ今回はよろしくお願い致します。
―――魔軍の一部が村落に向けて接近を開始しました。私のスキルで感知した情報が共有されている筈ですので、皆様の『マップ』機能でご確認下さい〛
〚副指揮官を務めさせて頂くエリカだ、よろしくお願いする。接近している魔物は北と西と南からそれぞれ600体、そして東から200体といったところだ。
特に北側から接近している魔物が厄介で、弓兵と思しき存在が視認できている。ソレット村の住人を守る必要がある以上、これは最優先で排除が必要だ〛
〚北側に布陣している第1部隊から第12部隊までの皆様は、準備が出来次第出撃して、接近してきている部隊の撃破を試みて下さい。また、出撃部隊が敵と衝突した時点で、東側の第15部隊から第17部隊の皆様を【急襲Ⅹ】のクランスキルで転移させて挟撃します。当該部隊の皆様はいつ転移されても良いよう、覚悟だけはしておいて下さいね〛
〚北以外の3方向から接近してきている魔物には、現在のところ遠距離攻撃を仕掛けてきそうな存在は確認されていない。こちらは防壁の外側に陣取り、射程内まで入ってきた時点でまず射撃と魔術・魔法で攻撃する。敵接近部隊を殲滅次第、逆に反転攻勢を仕掛ける予定なので、各自そのつもりで居て欲しい〛
状況を見て、ユーリとエリカの2人がクランチャットを利用して、速やかに地上に控えている仲間の皆へ指示を出していく。
聡明な上に判断力に優れ、かつオンラインゲームにも慣れている2人に対して、クランのマスターとしてシズが口を出すことは何もない。
全て2人に任せておいたほうが、絶対に上手くいくからだ。
〚ああ―――それと、皆に言っておくが。別にMPを温存する必要なんて無いし、HPへのダメージも死なない範囲なら許容してくれて構わないよ。
何しろ、こちらにはクランの皆を癒す『天使』が味方しているのだからね〛
ふふっ、と楽しげに笑みながら。クランチャットでエリカがそう告げると。
〚ははっ、負ける気がしねえな!〛
〚往生しませい!〛
〚天使ちゃんのために!〛
〚天使ちゃんのために!〛
〚やったるでえええええ!〛
〚天使ちゃんのために!〛
地上に居るクランの仲間達からすぐに―――クランチャットと生の声の両方で、とても威勢の良い声が上がった。
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お読み下さりありがとうございました。




