213. レベル90の敵
[7]
ユーリとエリカの2人と共に、ゆっくり空へと舞い上がる。
『飛行』状態で十数秒ほど上昇して、ソレット村を眼下に見下ろせる程度にまで高度を稼いだところで、シズ達3人は中空に停止した。
現在のシズは、地上から浮上した最初の2分間は『飛行』状態となり、その後には『浮遊』の状態へと自動的に切り替わる。
その後、シズが負担なく『浮遊』していられるのは、最初の2分間だけだ。
なので飛行と浮遊でそれぞれ2分ずつ、合計で4分間だけが無条件に空に浮いていられる時間となる。離陸してから4分間が経過すると、後は『MPを消費』しなければ、それ以上は『浮遊』状態を維持できなくなるのだ。
だから、ずっと浮いていようと思うなら、空中で『MPを回復し続ける』行為が必要になるだろう。
―――とはいえ、それはまだもう少し先の話だ。
今のところはMPも満タンだし、当分は問題なく飛んでいられる。
《天使ちゃんが空を飛ぶと、どうしても見つめずにはいられない!》
《ああ~。視線が吸い寄せられるんじゃあ~》
《スカートの中が、見え……見え……》
《見え―――たあっ! 黒ですわ!》
《黒! 天使ちゃんは黒!》
《これはえっちですよ!》
「いや、中にペチパン履いてるからね……?」
配信妖精が読み上げるコメントに、シズは苦笑しながらそう答える。
シズ達のパーティは普段から、全員がスカートの中にインナーパンツを履くようにしている。これは、この場に居ないプラム達も含めた全員がそうだ。
理由は言うまでもなく『空をよく飛ぶようになった』からだ。
別に他人に見られることがそれほど気になるわけでもないけれど……。とはいえ子供の下着なんて、見た側だって気持ちの良いものではないだろうしね。
ちなみにインナーパンツは〔縫製職人〕のプラムが作ってくれたものだ。
シズは黒単色のペチパンを履いているから、そりゃ『黒』に見えるだろうけど。間違ってもそれは下着の色ではない。
「ふふ、すっかり包囲されているね」
「そうだね、これは対処に苦労しそう……」
空から俯瞰すると、ソレット村の東西南北全ての方向で、数百メートルほど離れた位置に魔物の群れが布陣している様子が、簡単に見て取れた。
但し、その魔物の割合は均等でないようだ。ソレット村の東側に存在する魔物の数は少なく、逆にそれ以外の北・西・南の魔物の層は厚い。
察するに、他の集落―――ミーロ村へ繋がる街道がある東側からは、あまり魔物が侵攻してこないのだろうか。
何にしてもソレット村を囲むように布陣している魔物の量が、方角によって明らかに違っているのなら、その情報は共有しておくべきだろう。
そう考えたシズは、速やかに『メール』にその事実を記述して送信する。
送信相手は王国軍の司令官であるアクール王子の、補佐を務めるオルヴ侯爵だ。
こんなこともあろうかと、事前に『フレンド』へ登録させて貰っていた。
+----+
【送信者名】オルヴ・フォーラッド
【件名】魔物の布陣について
- - -
情報提供に感謝する。
今後も何か気づくことがあれば、逐一連絡を貰えると有難い。
+----+
メールの返信は、すぐに送られてきた。
今頃はシズが提供した情報を元に、アクール王子と共に防壁を守護する王国兵の再配置を検討してくれていることだろう。
「シズお姉さま、そろそろ始まります」
「ん、了解」
ユーリの言葉に、視界の隅に表示されている時計を確かめてみると。現在の時刻は『13:59』となっていた。
固唾を呑んでその数字を見守っていると、やがて時計のイベントが開始する予定時刻の『14:00』へと表示が変わって。
―――と、同時に。幾つもの通達メッセージがログウィンドウに表示された。
+----+
▲これより『魔軍侵攻』イベントを開始します。
断続的に魔物が侵攻を行い、対象集落を攻め落とそうとします。
侵攻は明日の午後22時まで継続し、それまで守り切るか、
もしくは敵の指揮官を討伐すると『防衛成功』となります。
皆様の奮戦を期待致します。
▲イベント中は『戦況情報』機能が利用できます。
意思操作によって『戦況情報』を視界に表示させることで
勝利・敗北の条件や防衛状況を確認することが可能です。
▲現時点より『大規模戦闘イベント中』だけに制限されている
各種クランスキル・レイドスキルなどが利用可能となります。
▲魔軍の一部を殲滅または撤退させると、その割合に応じて
敵指揮官のレベルを低下させることができます。
但し、1時間ごとに魔物は『参加プレイヤー数』と
同じ数だけ補充されていきますのでご注意下さい。
魔物数が増えると敵指揮官のレベルも増加してしまいます。
▲深夜24時から翌朝8時の間は、侵攻の勢いが大幅に弱まります。
数が充分で士気も高ければ、兵士だけでも防衛できるでしょう。
+----+
通達内容には、シズが初めて目にする情報が幾つも含まれているようだ。
例えば『魔軍の一部を殲滅または撤退させる』ことで、敵指揮官のレベルを下げられるという情報は、いま初めてシズも把握したものだ。
また、侵攻側の魔物が1時間ごとに『参加プレイヤー数』と同じ数だけ補充されるという事実もまた、今の今まで全く知らなかった。
クランの仲間が精力的に参加してくれたこともあって、ここソレット村に居るプレイヤーの数は、かなりの多人数になっている。
この人数と同じ規模の魔物が1時間おきに追加されるというのは、断じて看過できるものではない。やはり、可能な限り早期の決着を目指すべきだろう。
「ほほう……。旦那様よ、この『戦況情報』とやらはなかなか面白いぞ」
「お、そうなんだ?」
エリカからそう言われて、シズも意思操作で『戦況情報』のウィンドウを視界内に表示させてみる。
+----+
【ソレット村防衛戦】
△勝利条件:制限時間まで耐えきる、または敵指揮官の撃破
▽敗北条件:ソレット村の人口が『80%』未満になる
-
▲侵攻/魔軍指揮官 - デュラハン Lv.90
魔物数:10000体
士気 :☆☆☆☆☆
▲防衛/王国軍指揮官 - アクール・デム・ファトランド Lv.30
兵士数:600人
士気 :☆☆☆☆☆☆☆
物資量:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆★
▲天擁陣営
参加プレイヤー数:1911人
最大戦力クラン :『天使ちゃん親衛隊』/1899人
□集落 - ソレット村
生存人口:631人
敗北条件:人口が『505人』未満になる
+----+
「―――レベル90!?」
「あっはっは! こりゃ普通にやっても絶対に勝てないなぁ」
魔軍の司令官である『デュラハン』。そのレベルのあまりの高さを見て驚かされるシズとは対照的に、とても愉快そうに笑ってみせるエリカ。
シズ達に較べてレベルが倍以上もある相手となれば。エリカの言う通り、普通に戦ったところで勝ち目などありはしない。
これでは敵司令官を倒しての勝利なんて、絶対に無理じゃないか。
(……あ、だから『弱体化』させることができるのか)
ようやくシズは、そのことを理解する。
多分この指揮官は『魔軍の一部を殲滅または撤退させる』ことでレベルを弱体化させるのを前提に、その強さが設定されているんだろう。
―――つまり、このイベントで『勝利』を勝ち得るためには、まず魔軍の殲滅を重視した作戦を実行する必要がある。
充分に魔物の数を減らすことで、指揮官であるデュラハンのレベルを少なくとも『60』以下に、できれば『50』付近まで下げられたなら、あとはクランの皆で包囲して戦うことで勝機が見いだせるだろう。
「ユーリ」
「はい、シズお姉さま」
「勝てそう?」
シズが一言、そう問いかけると。
ユーリは嬉しそうに微笑んだ後に、力強く頷いてみせた。
「シズお姉さまのクランに、敗北などある筈がありません」
「その通りだよ、旦那様。目標タイムは6時間ぐらいかな?」
「いえ。その半分の3時間で、勝利をシズお姉さまのものにしてみせましょう」
エリカの言葉を受けて、あっさりそう言い切ってみせるユーリ。
1万という大軍の魔物を相手に『3時間』で勝利するというのは、あまりに無謀なようにも思えるけれど。
それでも、ユーリが可能だというのなら―――。
-
お読み下さりありがとうございました。




