212. 銀の首輪
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「今更だけれど……本当に『チョーカー』で良かったの?」
先程インベントリから取り出した、銀製のチョーカー。
全部で5個あるそれを両手に持ちながら、シズはユーリ達にそう問いかけた。
この5つのチョーカーは、以前に『ガチャ』を引いた際に『C賞』の景品として獲得した『装身具引換チケット』を使用して、今朝手に入れたものだ。
『装身具引換チケット』は引き換える際に『装身具』の種類を自由に選択することができる。だから首飾りでも耳飾りでも、指輪や腕輪でも。『装身具』になら大抵の物へ引き換えることができたわけだけれど……。
どれでも好きなものを選んでいいよ、と告げたシズに対して。ユーリ達5人が、声を揃えて希望したのが『チョーカー』だった。
「はい♡ やっぱりペットの証としては『首輪』が一番ですので♡」
にこりと微笑みながら、シズの問いにそう答えるユーリ。
彼女はシズの手から銀製のチョーカーを1つ受け取ると。今まで身に付けていた組み紐製の古いチョーカーを外して、新しい銀製のものと取り替えた。
古い方のチョーカーは結構前に―――まだシズ達が『プレアリス・オンライン』を初めてから間もない頃に、プラムが〔縫製職人〕の技術で作ってくれたものだ。
特別な効果は何ひとつ備わっていないものなのだけれど……。このチョーカーをユーリだけでなくプラムとイズミの2人も、お風呂に入る時以外ほぼ常時身に付けるぐらい、愛用してくれているのをシズは知っていた。
『プレアリス・オンライン』では、プレイヤーが操作するキャラクターが一度に装備できるアイテムの数に制限が課せられている。
だから本来なら、特別な効果が何もない装身具を身につけるのは、ただ装備枠を無駄遣いすることに他ならない。
―――にも拘わらず、貴重な装備枠を1つ割いてまで、彼女達はいつもこの品を身に付けてくれていたのだ。
「初めてシズお姉さまに頂いた物ですから、こちらも大切なのですけれどね」
惜しそうな口調でそうつぶやきながら、ユーリは古いチョーカーを収納する。
チョーカーはネックレスとなら同時に装備が可能だけれど。流石にチョーカーを2つ同時に身につけることは、ゲームシステム上できなくなっている。
「なら、別の装身具にすれば良かったのに」
「それだと、エリカさんとコノエの2人だけ、何だか仲間外れみたいになっちゃうじゃないですか」
シズの問いに、今度はイズミがそう答えた。
組み紐製の古いチョーカーは、ユーリとプラムとイズミの3人しか持っていないものだ。なので確かにそれは、イズミの言う通りかもしれない。
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艶やかな銀のチョーカー
物理防御値:0 / 魔法防御値:20
【特殊性能】:最大HP+120
【鍍金付与】:[強靭]+36(▲あと約284時間後に消滅)
『C賞』景品。このアイテムは自由に他者へ貸与できる。
非常に細かい銀の輪が沢山連なった形状のチョーカー。
この銀は劣化したり、黒ずんだりすることが絶対に無い。
充分な魔法防御値を持ち、更に特別な効果も備える。
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シズは以前ガチャを行った際に『C賞』を5回引き当てている。
当然『C賞』景品の『装身具引換チケット』も5枚分獲得していたから、今度はちゃんとエリカとコノエを含めた5人で、お揃いのものを用意できたわけだ。
『艶やかな銀のチョーカー』には『最大HP+120』の効果があるから、身を守る装身具として申し分ない性能を持つ。
また空き時間にシズが〈アルカ鍍金〉と〈エンハート鍍金〉を行い、[強靭]の能力値を増加させる効果も付与しておいた。
[強靭]が『36』増加すれば、それに伴って最大HPは『72』増加することになる。あわせて『最大HP+192』の効果を装備中は得ることができるから、今日これから始まる『魔軍侵攻』のイベント中にもきっと役立つことだろう。
「うふふ♥ どうでしょう、お姉さま。似合っていますか?」
「う、うーん……」
プラムから問われた言葉に、シズは何と答えたものか困惑する。
無論、女の子からそう問われた時は『似合っていてとても可愛いよ』と返すのが一般的なのかもしれないけれど。
5人の女の子たちの首に嵌った銀の首輪は、可愛らしくもあり、けれども同時に少しだけえっちな装飾品にも見えてしまうだけに。
どう回答するのが適切か判らず、シズとしては返答に困るばかりだった。
「これは……旦那様の所有物になれた気がして、悪くないね」
頬をにんまりと緩めながら、エリカがそう言葉を零す。
正直、愛する皆のことを間違っても『ペット』とも『所有物』とも思っていないシズとしては、『首輪』を贈ることに抵抗感を覚えずにはいられないけれど。
とはいえ、5人全員が喜んでくれていることは、素直にシズとしても嬉しい。
「もっとキツく首を絞めてくれればいいのに……」
『寸法調整』によって、ピッタリ自身の首に適合するサイズになったチョーカーに触れながら、コノエが少し残念そうにそうつぶやく。
……今のセリフについては聞こえなかったことにしよう。うん。
(おっと、そうだ)
ふと、シズは思い出したように『配信』の機能をオンにする。
もうあと10分も経てば『魔軍侵攻』イベントが開始する筈だから、今のうちに『配信』を開始しておかないと、忘れてしまいそうだからだ。
《配信キマシタワー!》
《クラマス、お疲れ様!》
《よかった、これでイベント中も配信が見れる》
《あっ、ユーリちゃん達が首輪を付けてる! しかも高級そう!》
《首輪の女の子が5人も!》
《そういう関係なんですね! わかります!》
《天使ちゃんに首輪を付けられたい……》
《飼われたいよね……》
『配信』を開始すると同時に、沢山のコメントが届き始める。
最近は配信妖精がいつも忙しそうにコメントを読み上げているから。もしかしたら以前よりも『配信』を見てくれている人が、少し増えているのだろうか。
(多分、クランメンバーが好意で見てくれてるんだろうなー)
何となくシズはそう考え、得心する。
自分が日常的に行っている『配信』が、見ていてそれほど面白いものだとも思えない。多分クランメンバーの中に、義務感からシズの配信を視聴してくれるような良い人が、少なからずいるのだろう。
「それでは、お姉さま。わたくし達はこれより別行動させて頂きます」
「うん。プラムもイズミもコノエも、頑張ってね。もし途中で何か私に手伝えることができた時には、いつでも呼んで欲しいかな」
「うふふ、その時は頼らせて頂きますわね」
シズの影から5体のスケルトン達が飛び出し、プラムの影の中へと潜る。
これから先、シズはユーリとエリカの2人と共に延々と空中を飛び続けることになるから、スケルトン達を預かっていても有効活用ができなくなる。
それなら『魔軍侵攻』イベント中は、一度全てのスケルトン達を本来の主であるプラムに返そうという話になっていたのだ。
「シズ姉様、また勝利した後にお会いしましょう」
「が、頑張ってきますね!」
嬉しそうに微笑みながらプラムがシズの元から離れていった後。そう告げてからイズミとコノエの2人もまた、シズの元から離れていく。
シズの傍には、ユーリとエリカの2人だけが残ってくれていた。
「なんだか3人だけですと、少し寂しい気がしますね」
「そうだねえ……」
ユーリが告げた言葉に、シズもしみじみと同意する。
魔物と戦う際はいつも6人一緒に行動していたから。これから『魔物の軍勢』と戦うにも拘わらず、いつも頼みにしている仲間が傍にいてくれないことに。ユーリの言う通り、シズは寂しい気持ちを感じずにはいられなかった。
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