210. 防衛戦当日の朝(後)
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「―――わあっ!?」
皆で一緒に朝食を食べた後にいつも通り軽くストレッチをして、朝の8時半頃になってからゲームにログインすると。
昨晩ログインした場所―――ソレット村に張ったクラン用天幕の前に広がる光景を目の当たりにして、思わずシズは驚きの声を上げた。
ユーリとエリカの手も借りつつ、昨晩シズ達が張った天幕の数は3つ。
これらの天幕を設営した村内の一角は、明日の夜まで『天使ちゃん親衛隊』のクラン関係者だけで、独占的に利用することが許されている。
だから少なくとも、許可を出してくれたアクール王子やオルヴ侯爵の指揮下にある王国軍の騎士や兵士の人達が入ってくることは、絶対に無い場所なのだけれど。
にも拘わらず―――天幕の周囲には、数え切れないほどの人が溢れていた。
多分その人数は軽く数百人にも……。いや、見た感じだと『1000人』近くにさえ達しているのではないだろうか。
燃えるように赤い髪をした男性もいれば、朝の陽射しを受けて美しく透ける蒼い髪を持つ女性もいる。筋骨隆々な男性もいれば、子供みたいにしか見えない容姿の少女もいる。
重厚な鎧を着込んで巨大な盾を持つ戦士の姿があれば、すぐ近くには長い杖を携えると共に1体の水の精霊を連れた魔術師の姿もある。
また、森都アクラスの都市内でも見かける機会が多い人間種や森林種、妖精種といった種族以外にも、矮躯なのに立派な髭を蓄えた地底種、特徴的な耳をしている妖狐種や兎耳種、紋様が刻まれた褐色の肌を持つ烙印種、更には背中に双翼を持つ有翼種や聖翼種など、実に様々な『人族』の姿がそこにはあった。
これ程に多種多彩な種族が一堂に会するのは、非常に珍しいことだ。
強いて言えば、少し前に参加していた『強化遠征』イベントの時などが、まさにそうだったけれど。
それでも―――あのイベントは参加プレイヤーの数こそ多かったものの、一方でプレイヤーが自由に使える土地もまた充分な広さが用意されていたから。人口密度という点では、シズが目にしている今の光景の方が圧倒的に上回っていた。
(うわあぁ……!)
更にシズは、今度は声には出さず心の中で静かに―――けれども大いに驚く。
その場に溢れている1000人規模もの人達。その全員の頭上に、何だか見覚えのある『翼のマーク』が浮かんでいることに、今更ながら気づいたからだ。
もちろん今ではシズも、この『翼のマーク』の意味を正しく理解している。
このマークが浮いている人は―――つまりこの場にいる1000人にも及ぼうかという沢山の人達全員が、クラン『天使ちゃん親衛隊』のメンバーだという証左に他ならなかった。
〚天使ちゃんだ! 天使ちゃんが降臨なされたぞ!〛
〚おはようございます、天使ちゃん!〛
〚おはよう、クラマス!〛
〚キマシタワー!〛
〚おはようございますの!〛
〚おお……! 拙者、生天使ちゃんを見るのは初めてでござるよ!〛
〚おはようです! 今日も最高に可愛らしいですわ!〛
〚天使ちゃん! 何か凄い人数が集まってるよ!〛
〚招集門の設置ありがとう! お陰で楽に来れたよ!〛
〚これだけ仲間がいれば、魔物なんて鎧袖一触に殲滅できるね!〛
〚普通に魔物が泣きを入れてきそう〛
〚我らは天使ちゃんのために!〛
〚わぁい! 数の暴力って最高だな!〛
〚ちょっと敵が可哀想になってきた〛
その場に居る誰かがシズの存在に気づいたらしく、すぐにクランチャットが賑やかなものになる。
沢山の人達から視線を浴び、またクランチャットを介して沢山の言葉を掛けて貰えたことに、再びシズは内心でとても驚かされていた。
どうやらこの場にいる人達の大半が、シズのことを既に知っているらしい。
シズが普段からやっている『配信』を見てくれている人が、それなりに混ざっているのだろうか。
「シズお姉さま」
「ユーリ!」
知らない沢山の人達が溢れている中で、すぐに誰のものか判る声が掛けられて。
思わずシズが歓喜の声を上げながら背後を振り返ると。そこにはユーリだけでなく、プラムの姿も一緒にあった。
「うふふ、お姉さま。まるで芸能人みたいな人気ですわね」
「シズお姉さまの魅力が、それだけ万人を引き付けてやまないということですね」
「ええ……?」
プラムは嬉しそうに微笑み、ユーリは得意気に胸を反らしてみせるけれど。
どこか場の状況についていけないでいるシズは、2人とは対照的にただ困惑するばかりだった。
「お姉さま、皆様にぜひ、何か声を掛けてあげて下さいまし」
「えっ? 声って、何を言えばいいの?」
「何でも宜しいと思いますよ。朝の挨拶でも、あるいは戦いに向けての激励でも。どんな言葉でも、きっと皆様喜んで下さると思います」
2人からそう勧められれば、シズとしては断れない。
忘れない内にチャットを『クランチャット』モードへと切り替えてから、シズは殆ど何も考えずに言葉を発する。
こういうのは前もって何を話すか決めてしまうと、却って上手く口にできなくなるような気がしたからだ。
〚えっと―――みんな、おはよう。来てくれてありがとね〛
シズがそう語りかけると、水を打ったようにクランチャットが静かになった。
その反応に、思わず一瞬だけシズの心が尻込みしそうになったけれど。
それでも、周囲に居る皆の表情が―――シズの次の言葉を待ってくれているものだとすぐに判ったから。臆せずにちゃんと自分の言葉で語り掛けることができた。
〚クランに結構沢山の人が参加してくれてることは、一応数字を見てたから知ってつもりだったんだけれど。こうして頭上に『翼のマーク』が浮かんでいるみんなを目の前にすると、なんだか実感がとても湧いてくる気がします。
今日これから……といっても、午後以降の話になっちゃうけれど。こうして同じクランっていう縁ができたみんなと、おんなじイベントを体験できることがとても嬉しいです。
―――みんな、今日と明日の2日間、一緒に頑張ろうね〛
シズがそう言葉を告げ終わると。
数秒の間があってから―――途端にクランチャットが、先程の数倍はありそうな熱量をもって、一気に騒がしくなった。
〚天使ちゃんのために!〛
〚イエス、マム!〛
〚全ては天使ちゃんのために!〛
〚魔物共、往生しませい!〛
〚頑張りましょう!〛
〚全部ミンチにして差し上げますわ!〛
〚ははっ、やってやろうじゃないかい!〛
〚天使ちゃんのために!〛
〚お力にならせて頂きます〛
〚駆逐してみせますよー!〛
〚魔物殲滅RTA待ったなしだな!〛
〚おじさんはね、可愛い女の子の為ならちょっと頑張っちゃうよ……!〛
〚魔物の大軍などいかほどのものか!〛
〚粛清のお時間ですわ!〛
気持ちの良い声で、答えてくれる沢山の声。
本当に―――本当に、みんなの熱気が、あまりにも凄くて。
まるで心を鷲掴みにされて、揺さぶられたみたいに。
何だか身体の内側のとても深い場所から、激しい熱がこみ上げてくる。
(この場にいる人達のみんなが、本当に私のことを知ってくれているんだ……)
みんなが上げる声に含まれている、自身に対する好意がとても嬉しい。
嬉しすぎて、ちょっとでも気を緩めると涙が出てしまいそうな気がした。
(私がやってる『配信』って、双方向のものなんだね)
普段からなるべくやるように心がけている『配信』。
その結果が今というこの瞬間に、怒涛のように押し寄せている気がした。
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お読み下さりありがとうございました。




