205. 逃げたい
「―――さて、良い教訓になったことでしょう」
先程シズに食って掛かった男性に向けて、オルヴ侯爵が向き直る。
それから淡々と言い諭すような口調で、侯爵は言葉を続けた。
「人間の才能や技倆というものは、外見や年齢、ましてや性別などで決まるものでは断じてありませぬ。相手の容姿ひとつを見てその技倆を看破した気になるなど、極めて愚かしい振る舞いだと言えましょう。
特にこのお嬢さんのような『天擁』の方々は、見た目とはそぐわぬ実力や技倆を備えていることが多い。ですから尚更、その実力は安易に判断するのではなく、慎重に見極めなければなりません。
良い勉強の機会となりましたな、アクール殿下」
「……お恥ずかしい限りです。数分前の自分を殴ってやりたい」
オルヴ侯爵の言葉が身に沁みたのか、男性が表情をわかりやすく歪める。
というか『殿下』呼びってことは……。
「というわけで、お嬢さんにも―――シズ殿にもご紹介しておきましょう。
こちらにいらっしゃる方は、アクール殿下。ファトランド王国の王位継承権2位を有する、第二王子になります」
「やっぱりそうですよね……」
オルヴ侯爵が紹介してくれた言葉を聞いて、シズは溜息をひとつ吐く。
侯爵が『殿下』呼びしている時点で、相手の身分は概ね察せていたからだ。
むしろ、より位階が高い『第一王子』ではない分だけ、ちょっとマシとも思えてしまった。
「あー……。床に跪きましょうか?」
「要らぬ。王族の権は『星白』の民だけに及ぶものだ。別世界からの来訪者であり、当国の庇護対象にはない『天擁』に頭を下げられる道理はない。
……父に会ったことがあるなら、おそらく同じことを言ったのでは無いか?」
「確かに、言われましたね」
「そんなことより―――失礼な物言いをしてしまったことを、この通り謝罪させて頂く。申し訳ない、慣れぬ戦場ということもあり、気が立っていたようだ」
そう告げてから、アクール王子が深々と頭を下げてくる。
キツい物言いをされたから、何となく性格が悪い人なのかと思っていたけれど。
どうやらそれは、シズの早合点だったみたいだ。
「いえ、気にしないで下さい。こちらこそ大人げない対応をしてすみません」
なのでシズの側からも、応じるように頭を下げた。
多少嫌な物言いをされたからといって、テーブルの上に大量の霊薬を積み上げて実力の証明を試みるだなんてやり方は……ちょっと乱暴だったとも思うしね。
「第二王子様が来ているということは、オルヴのおじさまがこの場の『司令官』というわけでは無いんですね」
「一応はそうだな、名目上の司令官は私ということになっているが……。
私は今回が初陣であり、軍を率いて魔物と戦った経験がない。ゆえに今回の防衛戦では経験豊富なオルヴ侯爵の助言に従い、盲目的に指示を出すだけの役も同然と考えて貰うほうが良いだろう」
「つまり、事実上の指揮官はオルヴおじさまですか」
「うむ。私はただ学ばせて頂くだけだ」
この場の最高指揮権を持ちながらも、勝手なことをするつもりはない―――。
そう断言するアクール第二王子の言葉は、やや自嘲気味に発せられたものだったけれど。一方でシズは、彼に対して少なからず好感を抱いた。
素人である自身を正しく理解し、出しゃばるべきではないとしている。
その姿勢を明言できるというのは、とても立派なことだと思えたからだ。
少なくとも―――自分になら上手く出来ると、何の根拠もなく思いこんでしまうようなタイプよりは、遥かに好ましい。
「ところで、『天使の錬金術師』殿」
「あ、できれば単に『シズ』と呼んで下さい」
王子の言葉に、シズは即座にツッコミを入れる。
その呼ばれ方はどうしても、受け入れがたいものがあるからね。
「む……ではシズ殿と呼ばせて頂くが。この場にある霊薬は本当に、全て我が軍で受領してしまって良いのだろうか? これだけの量があれば、ひと財産が築けるように思えるのだが……」
「あ、それはもちろんどうぞ。最初からそのつもりで調合しましたから」
むしろ、貰ってくれないとちょっと困る、というのがシズの本音だ。
この場にある霊薬は、いずれも錬金特性を一切注入していないため、プレイヤーにはあまり需要がない。
となれば、錬金術師ギルドなり掃討者ギルドなりに卸して処分するしか無いわけだけれど……。流石に2000本もの霊薬を一度に放出すれば、市場が値崩れを起こすことは想像に難くなかった。
そうなれば、シズと同業の〔錬金術師〕の人達が困ることになる。
「そうか……。では有難く有効活用させて頂く。
挨拶が遅くなったが、私はアクール・デム・ファトランドだ。この度は著名な錬金術師殿と知り合えたこと、大変嬉しく思う」
「〔錬金術師〕のシズです。よろしくお願いします」
アクール第二王子の側から手を差し出されたので、シズはそれを軽く握る。
握手した彼の手からは、鍛錬の痕跡のようなものが垣間見えた。
ゴツゴツするというほど硬い手ではないけれど。シズとあまり変わらない年齢なのに、もうしっかり筋力の存在が感じられる、戦士の手になっている。
「ふむ……。失礼ながら、シズ殿の手はあまり鍛えられていないようだな。武器を持って戦う職業ではないということだろうか?」
「あ、はい。そう考えて間違いないですね」
シズが武器を持って前衛に立っていたのは、本当に初期の頃だけだ。
まあ、本来は今使っている『銃』も、取扱いに充分な筋力を要する武器ではあるんだろうけれど……。
シズの場合は〔操具師〕の能力で苦もなく銃を扱うことができているため、手や身体が鍛えられるようなことは全く無い。
「なるほど。クランのマスターとしても、そのほうが良いのかもしれないな。
ところで今回の防衛戦には、何人ぐらい参加して貰えるのだろうか?」
「ちょっとまだ確実ではないですけれど……。一応、200人以上の参加は見込めると考えています」
シズがそう告げると、アクール王子とオルヴ侯爵が2人揃って目を剥いた。
王国からは兵士を数百人程度―――シズの見立てだと大体500~600人前後しかソレット村に連れてきていないように見える。
そんな軍の規模の3分の1に匹敵する戦力が、有志で参加してくれるとなれば。2人が揃ってそういう反応をするのも、無理はないかもしれない。
「そ、そんなに多勢で参加してくれるのか? 本当に?」
「絶対ではないですが……。多分大丈夫かな」
「おお……!」
会議の場に居る兵士の人達から、歓喜の声が漏れた。
それだけの戦力が居れば、充分に勝てると考えたのだろう。
「本当に頼もしいことだ。勝利した暁には―――ああ、いや、勝手に成功報酬にしてしまうのは誠実ではないな。防衛の成否にかかわらず、貴クランには充分な報酬を支払うことを約束する」
「ありがとうございます。皆も喜ぶと思います」
クランへの報酬ということなら、遠慮するつもりはない。
まあ、後で皆へ公平に分配するのが、ちょっと大変そうだけれど……。
「ところでシズ殿のクランは、一体どのような名前なのだろうか?」
「うッ……。い、言わなければ、なりませんか?」
何気なくアクール王子から問われた言葉に、思わずシズは顔を引き攣らせる。
そんなシズの反応を見て、王子は不思議そうに首を傾げてみせた。
「……? そうだな、クラン名はこちらで正しく把握しておきたい」
「く、クラン名は、その……『天使ちゃん親衛隊』と、言います……」
「………」
あまりの恥ずかしさに、もうシズはその場の人達と目が合わせられなくなる。
半ば無意識の内に、シズは『インベントリ』から、この場から瞬時に逃げ出すことができる『帰還石』のアイテムを取り出していた。
……まあ流石に、アイテムを使用するのは踏みとどまったけれど。
これを使うと、森都アクラスまで一瞬で戻っちゃうからね……。
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