203. 呼応する仲間たち
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『シズお姉さま、未知の魔物が今度は4体居ます。位置は地上の左斜め前方です』
『ん、了解。でも今は無視しちゃおう』
『はい』
察知した魔物を律儀に報告してくれるユーリに、シズはそう回答する。
彼女が魔物の存在を報告してくれたのは、これで5度目になる。
街道上を飛んでいるにしては、随分と遭遇率が高いようだけれど……。
これは多分『魔軍侵攻』イベントの対象となった都市や村落の近くでは、魔物の生息数が増えるとか―――そういう仕様があるのだろう。
少なくとも、平時からこの頻度で魔物と遭遇するようなら。ソレット村へ行こうと考える商人なんて、誰も居なくなってしまうに違いない。
なお、シズ達は察知した魔物を全て無視しながら移動している。
空を翔けるシズ達になら、戦闘の回避が容易にできるからだ。
まあ、別に戦っても良いのだけれど……。どうせ明日、あちら側から『侵攻』を仕掛けてきた後には、嫌というほど戦うことになるだろうから。わざわざ今、戦う必要も無いように思えるのだ。
―――それからも数度、ユーリが魔物の存在を察知しつつも。
全ての戦闘を回避しながら、シズ達は目的地の『ソレット村』へと辿り着く。
『おお……』
『立派な外壁が出来ていますね』
ユーリの言う通り、ソレット村があるらしきその一帯は、『村』の防備としては明らかに過剰と思えるほど、堅牢な防壁に囲われていた。
おそらくは魔軍の侵攻があることを把握した時点から、ファトランド王国の兵士の人達が、急ピッチで築いた防壁なのだろう。
防壁には充分な厚みがあり、上部には胸壁まで用意されている。
なので弓などを用いれば、防壁の上から射撃が行えるようだ。
侵攻してくる魔物の数が、どのぐらいの規模なのかは知らないけれど。堅牢さと攻撃性を兼ね備えた防壁を突破するのは、容易ではないだろう。
なお、既に防壁の上にはそれなりの数―――およそ100人前後の兵士が歩哨に立っているのが視認できた。
歩哨に立つ兵士の中には、シズ達の方へとあかさらさまに訝しげな視線を送っている人も少なくない。
……まあ、夜闇の中を飛行する集団がいれば、怪訝な視線で見られるのも当然だろう。
ましてやこちらは、シズの頭上に浮かぶ天使の輪から溢れる光のせいで、遠くからでも非常に目立つのだから尚更だ。
『直接、村の中には降りないほうがいいよね?』
『そうですわね。ちゃんと門を通過したほうがトラブルにならないでしょうし』
一般的には『村落』であれば、空から直接中に降りても問題とはならない
規模の小さな集落では普通、わざわざ村内に出入りする人物をチェックしたりはしないからだ。
門で通行手続を行う必要がない集落なら、直接空から村の中へ降りたとしても、誰からも咎められることは無い。
とはいえ―――目の前にあるソレット村では、防壁の外に天幕を張って野営している人達も含めると、全部で数百人規模の兵士が『侵攻』に備えて詰め寄せているようだ。
これほど厳戒態勢が敷かれている村の中に直接空から降りては、要らぬトラブルを招く要因となりかねない。
というわけで、シズ達はソレット村の東門前にゆっくりと着地する。
なるべく兵士の人達を刺激しないように、という配慮からの行動なのだけれど。やっぱり村の東門付近に立っていた人達からは、随分と驚かれてしまった。
それでも、シズ達の姿を見て普通の人族であることが伝わると、兵士の人達の対応もすぐに軟化してくれたけれど。
「えっと―――『侵攻』の防衛戦に参加しに来ました」
「ありがとうございます、身分証を提示して頂けますか?」
来訪の目的を告げると、すぐに身分証の提示を求められた。
事態が事態なので、不審者を通さないようにしているのだろうか。
あるいは後で防衛戦に参加した報酬金を支払えるよう、今の内に身元を確認しておきたいという思惑があるのかもしれない。
とりあえず求められた通り、シズ達は全員が身分証を提示する。
今回は『侵攻』の防衛戦への参加が目的なので、自分たちに戦闘能力があることを示す意味で、身分証には掃討者ギルドのカードを提示した。
「協力ありがとうございます。掃討者の方々に、それも『天擁』の方々に参加頂けるというのは、とても頼もしいですね」
「お役に立てるかは判りませんが、できる限り頑張ってみます」
無事に門を通して貰えたので、門衛の人達に手を振って別れる。
内側に入ると―――そこには堅牢な防壁に囲われていると思えないぐらい、牧歌的な光景が広がっていた。
何しろ、土地のほぼ全てが農地なのだ。まばらに家屋が建っている姿も確認できるけれど……人口はすぐ隣りにあるミーロ村より、ずっと少なそうに見える。
正直、現状だけに限れば(村の人口よりも兵士の数のほうが多いのでは?)と。そんな風にさえ、ちょっと思えてしまうぐらいだ。
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▲現在地のソレット村は『魔軍侵攻』イベントの対象地です。
この集落へは明日の午後14時から明後日の午後22時まで
断続的に魔物の侵攻が押し寄せてきます。
▲防衛戦に10名以上のメンバーが参加するクランの代表者は
侵攻開始前に軍の代表者と一度面会しておくことをお勧めします。
▲あなたの所属クランはまだ『クランスキル』を修得していません。
クランスキルには防衛戦で有用なものが含まれていますので
侵攻開始前の今のうちに修得を済ませておくほうが良いでしょう。
+----+
「あ」
「わっ」
ソレット村の中へと足を踏み入れて少し経つと、視界の隅に表示させているログウィンドウに、幾つかの通達メッセージが纏めて表示された。
イズミとコノエが小さく驚きの声を上げていたようなので、おそらく彼女たちの視界にも同じものが表示されているのだろう。
1つは現在シズ達が居る場所が『魔軍侵攻』イベントの対象地で間違いないという通達で、あと2つはクランに関するもののようだ。
防衛戦に10名以上のクランメンバーが参加する場合は、この場所に集う兵達を纏める代表の人に、一度会っておいたほうが良いらしい。
その理由はいまいち判らないけれど……。わざわざ『通達』してくれるぐらいなのだから、素直に従っておいたほうが良いだろう。
とりあえずシズ達のパーティは全員が防衛戦に参加する予定だから、参加人数は少なくとも『6名』が保証されるわけだけれど―――。他に『4名』以上の参加が見込めるかどうかは、かなり疑わしいものがあった。
「シズお姉さま。軍の代表者への面会は、お任せしてもよろしいですか?」
「……私達の他に4名も、参加者がいるかなあ?」
ユーリが告げた言葉にも、シズはそう回答する。
正直、その必要性が感じられないからだ。多分シズ達の他に同じクランから参加してくれる人がいるとしても、1~2名ぐらいでは無いかと思えたからだ。
ところが―――。
《いるぜ、ここにな!》
《参加するよ!》
《きくまでもなかろうよ!》
《もちろん参加致しますわ!》
《天使ちゃんと共に戦えるとか、ご褒美ですよ!》
《俺の孤独なソロレベリングの日々は、明日のためにあった……!》
《天使ちゃんを知るもの来たれ!》
《もうファトランド王国に移住済だからね! 参加するよ!》
《回復役としてですが、参加しますです!》
《こういうのはお祭りやからね! 参加しない手はない!》
《フフ……今こそ世に『天使ちゃん親衛隊』の名を轟かせる時!》
《そもそも親衛隊が付いていかないわけが無いんだよなあ》
《まったくもって、そのとおーりであるッ!》
《全員が天使ちゃんファンなんだから、そら参加するよ?》
《魔物ども……頭高くない? 処す? 処す?》
《往生しませい!》
《撫で切りぞ! 根切りぞ! こん土地ん魔物どもは皆殺しじゃ!》
《いっそ逆侵攻しちゃうとかどうかな!》
《1人で10体ぐらい倒せばいけるか……?》
《天使ちゃんの百合な日々を脅かす魔物共は、万死に値する!》
《もう掲示板だけで、200人以上が参加表明してたよ?》
《天使ちゃんと絡んでいいのは、可愛い女の子モンスターだけだ……!》
《明日の早朝には、そちらへ移動しましてよ!》
《征くぞ、諸君》
「お、おお……」
シズの言葉に反応して、怒涛のように押し寄せる視聴者からのメッセージ。
その勢いの凄さを感じ取って、思わずシズは軽く怯んでしまう。
大量にコメントが溢れすぎたせいか、それを読み上げる配信妖精の口調が、嘗て無かったほど早口なものになっていた。
どうやらシズが思っていた以上に、参加してくれる仲間が沢山いるらしい。
試しに以前、配信妖精がレベルアップした際に実行可能になった『アンケート機能』を利用して、視聴者に向けてアンケートを実行してみると。
実に、現在『配信』を視聴してくれている人達のうち『187人』もの人達が、ここソレット村での防衛戦に参加する意思があることが判った。
時刻はそれなりに遅い時間帯に差し掛かっているし、たぶん現在『配信』を視聴していないクランメンバーのほうが多いように思うから。
おそらく実際にはそれよりも多くの人達が―――少なくとも『200人』を優に超える人達の参加は、余裕で期待できそうだ。
それなら、軍の代表者の人との面会はしておいたほうが良いだろう。
もし本当に『200人』を超える人達が参加してくれるようであれば、この村落を守る兵士の半数、ないし3分の1にも及ぶ数のプレイヤーが参戦してくれることになる。
この規模の応援が駆けつけるとなれば、事前に話を通しておかなければ、兵士を纏める代表者の人だって混乱してしまうだろうからね。
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