20. ヒールベリー
採取しながら森の中を北方向へ進んでいくと、やがてシズ達の進路は河川に遮られて、それ以上は先に進めなくなった。
水流は穏やかだけれど川幅が10m以上あり、水深のほうもシズの腰ぐらいまではあるようだ。
水は綺麗に澄んでいて、そのまま飲んでも問題無さそうに思える。
「ここは気持ちの良いところですね」
「そうだねえ」
ユーリの言葉に、シズも心から同意する。
水量は結構多いみたいだけれど、流れが穏やかだから、河川が奏でるせせらぎの音色がとても心地良い。
それに川沿いは林冠が途切れているお陰で自然な陽光が充分に入ってくるので、森ならではの鬱蒼とした空気が全く感じられないのも嬉しい。
ここでユーリと一緒に、ゆっくり休憩していきたいぐらいだ。
《ここで泳いでいっては如何かな!》
《水着回! 水着回!》
《裸で泳いでくれてもええんやで!》
「何言ってんの、嫌だよ……。それに水着なんて持ってないし」
妖精が読み上げるコメントに、思わず苦笑しながらそう答える。
ちなみに『プレアリス・オンライン』では、裸になること自体は可能だ。
但しプレイヤーが裸になると、上半身や下半身の肝心な場所に『謎の光』が発生して、周囲の誰からも見えないよう常に覆い隠されるらしいけれど。
「水着! も、盲点でした……。お金が貯まりましたら、シズお姉さまのビキニを最優先で手配しなくては……!」
「………」
ユーリが漏らした独り言は、とりあえず聞かなかったことにしておこう。
あと、できればせめて、ワンピースの地味めな水着にして欲しい。
「目的の『水蛇』は、川沿いに出るって話だったよね?」
「……あ、はい。そうなりますね。水気が多い場所に棲息する魔物ですから、川沿いに移動していれば遭遇できるでしょう」
シズの言葉に、ユーリが首肯しながら答える。
森都アクラスは海沿いの都市なので、そこから近いこの場所は、おそらく河川の下流に位置するだろう。
東に行くとすぐ海に到達する筈だから、西の上流側へ向かうのが良さそうだ。
「はい、それで良いと思います」
ユーリにそのことを伝えると、すぐに了承の言葉を貰うことが出来た。
手を繋いだまま、ユーリと一緒に森の中を歩く。
鬱蒼とした森の中でも、可愛い女の子と一緒に手を繋いでいると思うと、シズとしては気分が良い。
「あっ、初めての素材だ」
「それは楽しみです」
感知スキルに不明な素材が引っかかり、シズは足を止める。
〈錬金素材感知〉のスキルは、過去に1度でも採取したことがある素材ならば、感知範囲内に入った時点で素材名まで判別することができる。
逆に言えば『素材を感知したけれど名前が判らない』という状況が発生すれば、それはまだ入手経験のない未知の素材を見つけたと考えて良いわけだ。
「これは……もしかして、話に聞いていた素材ですか?」
「ん、そうみたいだね」
ユーリの言葉に、シズは頷くことで答える。
背の低い灌木の枝先に実っている、やや薄いオレンジ色の果実。
実は今日の目標は『水蛇』を狩ること以外にもうひとつあって。それが水蛇が棲息するのと同じ場所に存在する、この『ヒールベリー』を採取することだ。
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ヒールベリー/品質[86]
【カテゴリ】:素材(果物)
【錬金特性】:〔生命回復Ⅰ〕
【品質劣化】:-6/日
【飲食効果】:HP+10、MP+4/満腹度+12
灌木の枝先に結実する、黄橙色の漿果。
川沿いなどの、水気が多い場所でのみ見つけることができる。
そのまま食べられるが、かなり酸味が強いので人を選ぶか。
旬は夏。初夏が最も豊富に採れるが、品質が最も良いのは晩夏。
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ヒールベリーは名前に『ヒール』の文字列が含まれているだけあって、そのまま食べるだけでもHPが結構回復できる果物のようだ。
とはいえこの果実は『素材』なので、生産素材として活用することで真価を発揮するものでもある。
ヒールベリーは『調理』・『製薬』・『錬金術』の、どの素材として用いた場合でも、高い治癒効果を発揮する便利な素材なのだ。
例えば錬金術なら『ベリーポーション』という、『HPを回復する』効果を持つ霊薬を作ることができる。
作成材料は『ヒールベリー』と『水』の2つだけ。なので、ヒールベリーを手に入れられた時点で材料が揃うようなものだ。
材料が簡単な割にまずまずの回復量があるので、初心者の錬金術師が扱うのにはとても良い素材だと、そのように『錬金術師ギルド』の講習で教わった。
―――とはいえ、もちろん良い点ばかりではない。
トモロベリー程ではないけれど、ヒールベリーもまた品質劣化が早いので、採取したら早めに霊薬に加工しなければならないのだ。
しかも『ベリーポーション』に加工しても、品質の劣化はまあまあ早い。
一応、劣化速度は半分の『-3/日』まで改善されるんだけれど。それでも霊薬の中ではかなり日持ちが悪いものなのだ。
生産によって作られたアイテムは、性能に品質の数値が大きく影響する。
品質の劣化が進めば、それに伴い霊薬の効能自体も確実に目減りしていくことになるから、日持ちの悪さは明確な欠点だと言えた。
「この果実は、私でも集められそうなのが嬉しいですね」
そう告げながら、ユーリが手近な灌木からヒールベリーの果実を手際良くもぎ取り、『インベントリ』の中へと収納していく。
ヒールベリーの樹は数本が密集して生えている。だから素材を1つ感知すると、その付近で20~30個ぐらいの纏まった量が確保できるのだ。
また果実自体もオレンジに近い色合いをしているから、森の中ではよく目立つ。感知スキルを修得していないユーリでも、見つけるのは難しくない。
「折角だし、沢山拾っていこう」
「はい、生産レベルも疎かにできませんので」
生産職のレベルを上げるには、何度も生産を行って経験値を稼ぐ必要がある。
なのでヒールベリーさえあれば作れる『ベリーポーション』は、〔錬金術師〕にとって量産が容易で、とても経験値を稼ぎやすい霊薬だ。
日持ち面での不安があっても、沢山確保するに越したことはない。
素材の採取は基本的に、その本体を傷つけなければ問題無い。
例えばヒールベリーなら、果実を根こそぎ採ってしまっても樹木自体を傷つけなければ大丈夫で、早ければ数日程度でまた実がなるそうだ。
なので遠慮する必要はない。今日感知スキルで発見出来た分の果実は、ユーリと一緒に根こそぎ持って帰るつもりでいる。
「―――シズお姉さま」
「ん、魔物かな?」
「はい、西方より魔物が2体。種類は不明です」
「了解」
シズが修得している〈錬金素材感知〉のスキルと同じで、ユーリが修得する〈魔物感知〉のスキルもまた、1度でも倒したことがある魔物なら感知範囲内に入った時点で魔物名まで判別することができる。
それが『不明』なんだから、いま接近している魔物はこれまでに討伐経験のある魔物―――つまりピティでは無いわけだ。
採取の手を止めて立ち上がったシズは、『インベントリ』から両手用の両刃斧を取り出す。
樹木が多い森の中では、そのままだと振り回しづらいかもしれないと思い、少し柄を短めに握った。
「目的の魔物だね」
「そうですね、ちょうど良かったです」
警戒していた中で姿を見せたのは、青い皮膚を持つ2体の蛇だ。
その体は長く、そして太い。大蛇と言っても過言ではなく、もしこれが現実なら……出会った時点で脇目も振らず、全力で逃げ出していたことだろう。
それでも―――『ゲーム』だと思えば、大蛇を前にしても恐怖は無かった。
VRゲームは原則として、プレイヤーが一切『苦痛』を感じることがないように作られているからだ。
『プレアリス・オンライン』でもそれは同じで、蛇に咬まれようと、死に至るダメージを負わされようと、原則として傷みを感じることはない。
まあ、臨場感だけは凄くあるから、敵から攻撃された時に思わず『痛っ!』と言ってしまったりはするらしいけれど。
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お読み下さりありがとうございました。




