199. 精霊水
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結局、午前中はいつも通り『錬金術師ギルド』を訪れて、工房の中で霊薬の調合を行いながら過ごした。
王城に納品するための霊薬は既に2000本以上を確保してあるので、これ以上増産する必要は無いだろうけれど。
とはいえ『魔軍侵攻』イベントの防衛戦に参加するつもりである以上、霊薬の備蓄量が多いに越したことはないだろう。
もちろんシズ達で消費する分だけでなく、クランの皆にとっても霊薬は必要だろうから。生産した霊薬の半分以上はメンバーショップに在庫として追加する。
またゲーム内機能の『メール』を介して、現時点でシズの元へ届いている霊薬の発注にも、全て発送を以て応えておいた。
クランに参加している全員が、メンバーショップを利用できるわけじゃないからね。未だにメールで発注をくれる人達も、ちゃんと大事にしないといけない。
午前11時頃には一旦ゲームからログアウト。
別荘のキッチンで九重と一緒に昼食を作り、それから居間に運んで皆で食べた。
メニューは蟹蒲鉾の天津飯と焼きそば入りホットサンド、それとサラダ。
昼食にしては随分と量が多いように思うかもしれないけれど。これは起きるのが遅かった梅と江里佳の2人が、朝食を食べていないからだ。
今朝初めて使用したホットサンドメーカーが、思った以上に楽しいものだったので、何となく今回は『焼きそばパン』を作るようなイメージで、濃い目の味に調理した焼きそばをサンドしてみたのだけれど。
これがかなりの大当たりで、皆から大好評だった。
焼きそばパン自体はコンビニでもスーパーでも普通に買えるけれど。パンと共にしっかり中まで熱が通った、熱々の焼きそば入りホットサンドというのは、冷めた焼きそばパンとはまた格別の美味しさがあったのだ。
例によって食後にストレッチをしてから、自室でVRヘッドセットを装着する。
『プレアリス・オンライン』のゲーム内にログインすると―――シズの視界内に表示させているログウィンドウに、1つの通達メッセージが表示された。
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▲明日の午後14時から『魔軍侵攻』イベントが開始されます。
侵攻イベントは32時間続き、翌日の午後22時に終了します。
防衛戦に参加される方は、侵攻が行われている期間中に
侵攻の対象となっている都市や村落を訪ねて下さい。
▲現時点より『クランスキル』の機能が開放されます。
これはクランの所属者だけが恩恵を受けられる特別なスキルで
クランスキルポイントを消費して獲得できます。
スキルの管理はクランのマスターとサブマスターだけが行なえます。
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(クランスキル……?)
初めて聞く単語だけれど。説明文を読む限りだと、キャラクターではなくクランが修得する特別なスキルのことらしい。
とはいえ……生憎とシズはネットゲームの知識に疎いので、どういうものなのか何となくしか理解できなかった。
とりあえずスキルの修得は今すぐやるのではなく、後でサブマスターのユーリに相談しながら行うほうが良さそうだ。
―――というわけで。
一旦クランスキルの件は脇において、シズは再び『錬金術師ギルド』を訪ねて、工房の中で調合作業を行う。
今日の午後はどこへも狩りに行く予定が無いからだ。
『強化遠征』イベント中に様々な素材を手に入れることができているから、今日はパーティ全員が生産に没頭する予定になっている。
まあ、夜になれば『魔軍侵攻』イベントの対象地であるソレット村まで移動する予定なので、完全に丸一日生産に専念できるわけでも無いのだけれど。
『おねえさま、こちらをおつかいください』
工房の席に座り、いざ霊薬の調合を開始しようとすると。
シズの影の中からウンディーネのマールが飛び出してきて、そう告げた。
彼女が指先をパチンと鳴らすと、シズの目の前に大きな水の球体が現れる。
シズが霊薬を調合する際に作り出す水球に較べて、軽く数十倍はありそうな大きさの、巨大な水球だ。
これひとつで、かなりの数の霊薬を作り出すことができるだろう。
「マール、これは……?」
『きれいな、おみずです。わたしたちで、つくりました』
どうやらシズが霊薬を調合する際に使えるよう、ウンディーネの子達が用意してくれた水らしい。
霊薬用の水なら、彼女たちが棲んでいた水槽から回収したものが既にあり、そちらでも充分に高品質なのだけれど……。
とはいえ―――わざわざシズのためにウンディーネの子達が用意してくれたという、その気持ちが。シズには堪らなく嬉しかった。
「ありがとう、マール。使わせてもらうね」
『はい。これからは、ずっとごようい、させてください』
「んー……」
毎回ウンディーネ達に用意して貰うというのも、申し訳ない気がするけれど。
純粋な好意からの申し出だと判るだけに、拒否するのもなんだか違う気がする。
「判った。それじゃ、頼りにさせて貰っちゃおうかな」
『おまかせ、ください』
シズの言葉を受けて、嬉しそうに微笑んでみせるマール。
生産は常に独りきりで行うものだと思っていたけれど―――今後はマールを始めとしたウンディーネ達と、力を合わせてやってみるというのも楽しそうだ。
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精霊水/品質[164]
【カテゴリ】:素材(溶媒)
【錬金特性】:〔副/接触効果〕
水の精霊が自身の力だけで作り出した、混じりけのない水。
品質が非常に良質で、かつ時間の経過にも強い。
レベルが高い水の精霊が作り出すと、更に品質は高くなる。
錬金術師が生産材料として水の代わりに用いると、
身体に振り掛けるだけで効果を発揮する霊薬を作ることができる。
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「―――ほぁ!?」
『ど、どうされましたか、おねえさま』
「あっ……。ご、ごめん、なんでも無いんだ!」
突然大きな声を上げたシズを見て、心配そうな顔で見つめてくるマール。
慌ててシズはぶんぶんと手を振りながら「大丈夫だよ」と彼女に告げた。
(これって『聖水』と同じ効果だよね……?)
シズが唐突に驚きの声を上げたのは、マールが中空に浮かべている巨大な水球の詳しい情報を視てみたところ、その効果があまりに凄かったからだ。
―――まず、品質値が『164』というのがヤバい。
『氷結の迷宮』の地下二階でウンディーネ達が棲んでいた水槽から回収した『精霊の浴水』でさえ、品質値は『125』だった。
これでも充分に凄まじい品質なわけだから……数値が『164』という値にまで達しているというのは、正直『異常』とさえ言えた。
しかもウンディーネ達が作った『精霊水』には〔副/接触効果〕という錬金特性が付いており、この水を溶媒に用いて調合すると、飲用せず身体に振り掛けるだけで効果を発揮する霊薬が作れるという。
これは神殿で受けられるクエストの報酬として手に入る、『聖水』が持っている特殊効果と全く同じものだ。
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聖水/品質[50]
【カテゴリ】:素材(溶媒)、霊薬
【錬金特性】:〔副/接触効果〕
【霊薬効果】:状態異常の重度を3緩和する
神聖魔法によって作られた、聖化した水。
飲用するか身体に振り掛けると、状態異常の症状を僅かに弱められる。
錬金術師が生産材料として水の代わりに用いると、
身体に振り掛けるだけで効果を発揮する霊薬を作ることができる。
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シズはインベントリから『聖水』を1つ取り出し、その詳細を確認してみる。
流石に『聖水』と完全に一致というわけではなく、『精霊水』には『状態異常の重度を緩和する』効果は無いみたいだけれど。
それ以外に関しては―――やはり精霊水には、聖水に備わっている効果と、全く同じものが備わっているようだ。
(……と、とりあえず、霊薬の調合に使ってみよう)
そう思い、シズはマールが浮かべている水球から一部を拝借して生産用の水球を作り出し、その中にライフプルーンを投入して。
そのまま、もうすっかり作り慣れているプルーフェアを、とりあえず20本だけ調合してみた。
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プルーフェア/品質[166]
【カテゴリ】:霊薬
【品質劣化】:-2/日
【霊薬効果】:HP+166(飲用時)
HP+83(接触時)
エイドプルーンやライフプルーンを主材料に調合した霊薬。
この霊薬が安定して作れれば中級調合師を名乗ることができる。
時間経過で品質がゆっくり劣化するので注意が必要。
服用後は『120秒』間、霊薬が服用できない状態になる。
- 錬金術師〔シズ〕が調合した。(+22%)
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―――というわけで、出来上がったものがこちら。
完成したプルーフェアの品質値がヤバい。錬金特性を全く注入していないのに、HPの回復量が素の状態で『166』もある。
しかも精霊水の効果により、この霊薬は『飲用』だけでなく、身体に振り掛けて『接触』させることでも効果を発揮するようだ。
その場合は、飲用時に較べて回復量が半分に落ちてしまうみたいだけれど。それを考慮しても戦闘中の使用などでは、利便性がかなり高いものになるだろう。
また、これは説明文には書かれていないけれど―――『飲用』と違って『接触』の場合には、霊薬の『連続服用できない』というペナルティを無視できることが、何となく感覚のようなもので理解できた。
つまり、霊薬を身体に振り掛けて使用する場合は、回復量こそ半分に落ちてしまうけれど。即座に2本、3本、あるいはそれ以上の霊薬を更に連続で振り掛けることができてしまうわけだ。
大量消費を許容できるなら、魔物から負わされたダメージを幾らでも回復できるのだから―――。
これを「ヤバい」と言わずして、何と言えば良いだろう。
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お読み下さりありがとうございました。




