198. 王城を訪ねるも
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朝食を終えた後、今日は早朝のジョギングが出来なかった代わりに、いつもより少し長めにストレッチを行って身体を充分に解してから。
雫はいつも通り、別荘内に借り受けている自室の中でVRヘッドセットを装着して『プレアリス・オンライン』の世界へと飛び込んだ。
昨日『144時間』も連続でゲームをしていたのに、今日もやるのかと思うかもしれないけれど。
『強化遠征』のイベント中は、舞台となる『イベン島』の中から出ることが一切できなかったから。こうして普通に森都アクラスの街並みを自由に歩き回れることが、とても嬉しくてならなかった。
(―――とりあえず、今のうちに霊薬を納品しておこうかな)
特に目的もなく、都市内を散策していたシズは。
ふとそう思い、行き先を王城がある方向へと変更する。
運営から『魔軍侵攻』イベントが告知されたその日から、王城では魔物の侵攻に対抗するための物資を集めている。
過去にシズは王城へ、全部で1000個という大量のメランポーションを納品したことがあるけれど。それは半月以上も前のことだ。
あれからだいぶ日が経っているので、当然シズの『インベントリ』や『ストレージ』には大量の霊薬が備蓄されている。
昨日まで参加していた『強化遠征』イベント中にも、クランの仲間に販売する分とは別に、しっかり王城への納品用霊薬も量産していたから尚更だ。
軍需物資の納品でも、あるいは魔物が侵攻してくる当日の防衛協力でも。
何かしらの形で『魔軍侵攻』の防衛に協力すると『貢献度』が付与され、運営からは『何か良いことがあるかもしれない』と告知されている。
なので霊薬を国に納品することは、シズにとっても旨味がある話だ。
それに、この国―――ファトランド王国の有事を、看過などできはしない。
『プレアリス・オンライン』のゲームを始めて以降、1ヶ月弱ほどの期間ずっと滞在してきたこの国には、それなりの愛着があるからだ。
魔物の侵攻先である『ソレット村』という場所は、生憎とまだ訪れたことがないけれど。それでも、彼の地がこの国にある村落の1つというだけで、シズが防衛に協力するのには充分な理由だった。
また、現在ではこの国の偉い人にも知己ができてしまった。
『ダンディなおじさま』ことオルヴ・フォーラッド侯爵から霊薬納品の報酬として受け取った杖は、今でもよく有効活用させてもらっているし。
更にはおじさまとの縁で、このファトランド王国の一番偉い人であるヴィントフ国王とも面識を得てしまっている。
しかも、その娘さんであるルゼア第二王女からは、直々に『御用錬金術師』に指名までされているのだ。
この世界における『天擁』は、権力と無縁の存在らしいけれど。
色々とお世話になっている人達が、困った事態を抱えているのなら。
少しぐらい力になってあげたいと思うのは、当然のことだろう。
というわけで、シズは程なく王城のある場所へと到着する。
元より森都アクラスの中心部からは、かなり近い距離にある建物だ。
相変わらず王城の建物は、分厚くて背の高い防壁に全周を囲まれており、いかにも堅牢そうに見えるけれど。
一方で、その王城の正面にある門の前に立つ衛士の人数は、以前に訪問した時よりも随分減っているように見えた。
(……全部で、10人も居ない、かな?)
前は20人ぐらいの衛士達が、門を護っていたのを覚えている。
それが半分まで減っているというのは……。もしかして人手不足なのだろうか。
「―――あの、すみません」
「ここは王城です。まず身分証を提示しなさい」
「あ、はい」
衛士の1人に話しかけると、最初に身分証の提示を求められた。
以前も同じ対応を受けたから、多分そういう決まりになっているのだろう。
ややキツめの口調な上に、軽く睨めつけるような視線を向けてくるものだから、ちょっと萎縮してしまうけれど……。
これは不審者を王城の敷地内へ通さないという衛士の本分を思えば、仕方のない行為だと言えた。
「では、これでお願いします。『錬金術師ギルド』のギルドカードです」
「金色のカード……!」
シズが提示したカードを見て、衛士の人が驚きを露わにする。
各生産職で発行されるカードが『金色』になっているのは、その生産職に於いて『中級』の職人として認められる腕前を有する証明となる。
この国―――ファトランド王国は国土の大半が森という事情から、〈木工職人〉に関しては世界でも有数の実力を持つ職人が揃っている。
『中級』程度の木工職人なら100を超える人数を擁しているし、それより更に格が高い『上級』の腕前を持つ職人さえ、数人は居るというのだ。
また木材が豊富で燃料が安く調達できるから〈鍛冶職人〉の腕も良いらしく、同様に林産物が豊富に手に入るため〈調理師〉も結構人数が多いのだとか。
けれど、一方でそれ以外の職人の層は、お世辞にも厚いとは言えない。
特に生産の危険性から『星白』の人達が生業としにくい〈錬金術師〉は、職人の数自体が非常に少ないわけで。
当然その〈錬金術師〉として『中級』の実力を持つ証明となるギルドカードは、身分証明書として大きな力を持つ。
「しっ、失礼しました! 中級調合師のシズ様ですね。お話は伺っております」
「……お話、ですか?」
邪険さが取れて、急に態度が変わった衛士が発した言葉に、思わずシズは首を傾げてしまう。
お話、というのはどういうことだろう。
「第二王女のルゼア様から、シズ様を御用錬金術師に指名した旨の通達を受けておりますので」
「ああ、なるほど……」
「本日は霊薬の納品でしょうか? シズ様には敷地内はもちろん、王城内への通行許可も出ておりますので、身分証を提示頂けましたらご自由に通行頂けますが」
「え、私はお城にも入れるんですか?」
「はい。霊薬はルゼア王女の護衛騎士に渡して頂くのが良いと思われますが、王女の護衛騎士は原則として城内での勤務しかしませんので、納品する霊薬は城内までお持ち頂く必要があります」
城内に自由に入れるという事実に、シズは驚かされる。
王城は森都アクラスの都市内に居れば、どこからでも見える建物だ。
なので当然、興味はある。今度ルゼア王女に逸品の霊薬を納品しに行く時には、是非とも城内を少し見て回らせて貰うとしよう。
「えっと、すみません、今日はそちらの用事ではなくてですね。魔物の襲撃に対抗するための、物資の納品がしたくて来たのですが」
「ああ、そうなのですね。それは……少々間が悪かったですね」
「………?」
「防衛に参加する騎士や兵士、それから軍需物資を積載した輜重隊などは、今朝の早いうちに防衛予定地であるソレット村へ向けて出発してしまいました。
ですので申し訳ありませんが、現在では防衛に必要な物資を王城でお預かりすることが出来なくなっております」
「う、そうなんですか……」
シズの『インベントリ』や『ストレージ』には、王城へ納品しようと考えていた霊薬が、全部で2000本以上はある。
これを受け取って貰えないというのは、少々困った話だけれど。既に軍隊が出発しているのでは、もう受け取れないというのも理解できる話だ。
「ええっと……。ソレット村まで持っていけば、納品は可能ですか?」
「あ、はい。それは問題なく受領できると思われます」
衛士の回答を聞いて、シズはほっと胸を撫で下ろす。
元々ユーリ達とは、今日の夜までには『魔軍侵攻』の対象地であるソレット村へ移動しておこう、という話をしてあるからだ。
どうせ現地へ行く予定があるのだから、そちらで納品すれば良い。
「色々と教えて下さりありがとうございます。では霊薬は現地で納品しますので」
「申し訳ありませんが―――それはお止めになったほうが宜しいかと」
「………? どうしてですか?」
「元々ソレット村がある地域は、それなりに強力な魔物が棲息する地域ではありましたが。魔物の侵攻対象となったせいなのか、現在ではそれに輪をかけて更に強力な魔物が闊歩するようになっております。
当然、馬車などの往来は皆無となっておりますし、かといって徒歩で移動するのは危険が高すぎますので……。諦められたほうが賢明かと」
シズは以前にミーロ村の『農業ギルド』に勤めている女性職員から、ソレット村近辺に棲息する魔物のレベルが『10~16』だということを教えて貰っている。
そして『魔軍侵攻』イベントの対象地の近辺には、一時的に『20~26』レベルの魔物が出現するようになることが、運営から告知されてもいる。
なので普通の人にとっては、かなり危険な地域であることは疑いようもない。
どうやら衛士の人は、シズのことを本心から心配してくれているみたいだ。
「心配下さってありがとうございます。ですが、今夜には向かおうと思います」
「いえ、今の彼の地は本当に危険でですね……!」
「大丈夫です。これでも私、戦闘職のレベルが『43』ありますので」
シズが告げた言葉に―――衛士の人達が揃って目を丸くした。
もしかしたら『43』というレベルは、衛士の人達からしても多少は評価できる程度には、高い数値なのかもしれない。
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お読み下さりありがとうございました。




