16. 初戦闘!
「それでは、どういう感じで戦いましょうか?」
「うーん……。とりあえず一度、近接武器で戦ってみていいかな? VRゲームでの『戦闘』って初めての経験だから、感覚を掴んでおきたくて」
「なるほど、承知致しました。シズお姉さまが装備していらっしゃる防具は、店員さんが仰るには『レベル5までの魔物の攻撃なら殆ど防げる』とのことでしたし、あまり気負わず戦ってみられるのが良いと思います」
「そういえば、そんなこと言ってたね」
ダメージを負う危険が無いなら、気楽に戦っても大丈夫だろう。
『インベントリ』から取り出した両手用の両刃斧を、シズは軽々と持ち上げる。
《戦斧を軽々と担いでいる……。これは完全に蛮族》
「うるさいよっ。女の子になんてこと言うのさ」
コメントに苦笑しながら、シズは一番近くに居たピティの元へと歩み寄る。
1mぐらいの距離まで近づいても、ピティはシズのことを一切気に掛ける素振りさえ見せずに、相変わらず草を食んでいた。
どうやら雨が降らない限り、随分とのんきな性格をしているらしい。
「―――せー、のっ!」
頭上で両刃斧を大きく振りかぶってから、シズはこちらに背を向けているピティに向けて、勢いよく両刃斧を叩き付ける。
斧の刃は、回避動作を全く取りもしないピティの中心を容易く捕えて―――。
その胴体を真っ二つに切り裂いた。
「………」
「………」
綺麗に左右半分ずつカットされたピティの身体が、白く光って消滅する。
光の粒子に変わるだけだから、血しぶきが飛ぶことはないんだけれど。
それでも―――可愛らしいと思っていた魔物の身体が真っ二つになった事実に、シズは軽くショックを受けた。
「………………あっ。お、お見事です……シズお姉さま……」
「……うん。ありがとう……」
実際に切り裂いたシズ程では無いにしても。傍から見ていたユーリにとっても、その光景は少なからずショックだったのだろう。
賞賛の言葉を贈りながらも、彼女の頬は軽く引き攣っていた。
《ヒエッ》
《Oh……》
《ピティちゃんがハーフ&ハーフに……》
《おめでとう! ピティちゃんはピ/ティちゃんに進化した!》
《素晴らしい怪力。これはオーガ天使と言っても過言ではない》
「過言だよ⁉」
一瞬の間があってから、全力でからかってくるコメントの数々を読み上げられ、シズは思わず苦笑してしまう。
ちなみに『オーガ』というのがどういうものなのか、シズは知らない。
……でも話の流れからして、絶対にロクでもない例えであることは確信できた。
「ふっ、ふふっ……! あはははっ……!」
視聴者とのやり取りを聞いていたユーリが、堪えきれずに噴き出す。
どうやら彼女のツボに入るものがあったらしい。幼くも聡明なユーリに思い切り笑われてしまうと、もう当事者のシズも一緒に笑うしかなかった。
「ふふふ……。すみません、シズお姉さま。笑ってしまったりして」
「楽しんで貰えたなら何よりだよ……」
何にしても、両刃斧での攻撃がピティを一撃で倒せるほど、効果的なのは好ましいことだ。
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▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:6/スキルポイント:1
獲得アイテム:ピティの肉
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
○実績『初めての魔物討伐』を獲得しました!
報酬として〔スキルポイント:20〕を獲得しました。
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視界の隅に表示させているログウィンドウを確認すると、ピティを討伐したことで経験値やアイテムがちゃんと手に入っていた。
獲得したアイテムは『インベントリ』の中へ直接回収されるらしい。
シズが『ピティの肉』を獲得した一方で、ユーリが『ピティの毛皮』を獲得しているそうなので、アイテムはパーティ内で自動的に分配されるんだろう。
他には『錬金特性』というのが吸収できているけれど、これは〔錬金術師〕特有の能力により、魔物を討伐した際に必ず追加で得られるものだ。
どんな錬金特性が得られるのかは魔物の種類に応じて決まり、ピティの場合だと〔敏捷増強Ⅰ〕というものが吸収できるらしい。
霊薬を生産する際には、この錬金特性を1つだけ選んで注入することが可能で、これにより霊薬に追加の効果を発現させることが出来る。
例えば『HPを回復』する霊薬を作る際に〔敏捷増強Ⅰ〕の錬金特性を注入すれば、『HPの回復』に加えて『短時間だけ[敏捷]が増加』という効果を持つ霊薬が完成するわけだ。
[敏捷]はシズにとって重要な能力値なので、〔敏捷増強Ⅰ〕の錬金特性を早くも手に入れられるのは、結構嬉しいかもしれない。
「狩るの自体は難しくないけれど。草原を駆け回って1体ずつ倒していくのは、ちょっと大変かもだね」
「そうですね……」
ピティは仲間意識が皆無なのか、同族がすぐ近くで狩られていても、他の個体は我関せずと言った様子で相変わらず草を食んでいる。
1体1体がまばらに点在しているため、これを駆け回って倒すのはなかなか骨が折れそうだ。もちろん、必要ならやるしか無いのだけれど。
「では、シズお姉さま。こちらから向かうのが大変なのでしたら、向こうから来て頂くのが良いのではないでしょうか」
「―――なるほど、それもそうだね」
ユーリが言わんとすることが理解できて、シズは頷く。
そしてシズは両手用の両刃斧を『インベントリ』の中へ収納して、代わりに大弓と1本の矢を取り出した。
自身の背丈の1.5倍ぐらいはありそうな大きさの弓に矢を番えて、やや遠くにいるピティに狙いを定め、シズはその弦を引く。
ユーリもまた長弓に矢を番えて、どこかのピティへ狙いを定めていた。
2人でほぼ同時に矢を放ち、離れた位置にいるピティを攻撃する。
2本の矢は、それぞれ別の個体の胴体へと突き刺さった。
攻撃を加えたことで、魔物の頭上にHPの残量を示すバーが現れる。その表示によると、どちらの魔物にも大体3割弱のダメージが入ったようだ。
温厚な性格のピティも流石に傷つけられると怒るらしい。身体に矢が突き立ったピティ達は、2体共にシズ達が居る方へ向かって一目散に駆け寄って来る。
魔物がシズ達が居る場所へと到着するまでに、追加であと数本の矢を命中させれば、問題無く倒すことが出来そうだけれど―――。
一撃で倒せる手段がある以上、別に矢で倒すことに拘る必要もないだろう。
矢だってタダでは無いのだ。無駄な消費はするべきではない。
「では魔物を倒す役は、シズお姉さまにお任せしますね」
「ん、了解」
どうやらユーリは、魔物をおびき寄せる役に専念するつもりらしい。
それなら、とシズは大弓を収納して、再び両手用の両刃斧に持ち替える。
シズに与えられた役割は、やってくるピティ達にトドメを刺すことだ。
「―――やあっ!」
横薙ぎに振るった両刃斧が、シズ達の元へ駆け寄ってきたピティの身体を、今度は上下に分断する。
流石に今回は覚悟していたので、特にショックを受けることも無かった。
ユーリが遠方にいるピティ達に向けてどんどん矢を射掛けているため、おかわりのピティ達が次々とシズ達がいる方へと駆け寄ってくる。
だからシズは何度も何度も両刃斧を振りかぶって、近くまでやってきたピティから順に片付けていった。
両刃斧は重心が斧頭側に偏っているので、本来なら一度強く振り抜けば、体勢を崩してしまうものだろうけれど。
シズの場合は〔操具師〕の戦闘職による恩恵なのか、武器の重さを殆ど感じないため、体勢を維持したまま何度でも連続で両刃斧を振り回せてしまう。
何気にこれって、結構ズルい能力なのではないだろうか。
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▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:6/スキルポイント:1
獲得アイテム:ピティの肉
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:6/スキルポイント:1
獲得アイテム:ピティの毛皮
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:6/スキルポイント:1
獲得アイテム:ピティの毛皮
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
▽魔物を討伐しました。
戦闘経験値:6/スキルポイント:1
獲得アイテム:ピティの肉
《特性吸収》により錬金特性〔敏捷増強Ⅰ〕を吸収しました。
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テンポよく魔物を片付けていくのに従い、視界の隅に表示させているログウィンドウもまた高速で流れていく。
経験値やアイテム、錬金特性などがどんどん手に入っていることが判るだけに。漠然とそれを眺めているだけでも、シズは結構嬉しい気持ちになれた。
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お読み下さりありがとうございました。