120. 天使ママ
(わ、可愛い)
シズが産まれたばかりの子竜のほうに手を差し出すと、子竜が舌を出してシズの指先をペロッと舐めたり、かぷっと軽く甘噛みしてみせる。
その仕草だけで、子竜から親愛を向けられていることがすぐに理解できた。
一種の刷り込みのようなものが、子竜にもあるのだろうか。
見分けが付かないけれど、この子竜は雄と雌のどちらなんだろう。
まあどちらにしても、全力で可愛がる以外の選択肢は無いわけだけれど。
《ヤバい、暴力的な可愛さですよこれは》
《ちっちゃい! カワイイ!》
《いま天使ちゃんの指を舐めたぞ!》
《天使ちゃん代わってくれ! 俺も子竜に舐められたい!》
《子竜よ代わってくれ! 俺も天使ちゃんを舐めたい!》
《↑もうお前らで舐め合ってろよ……》
配信妖精が先程から、忙しそうにずっと喋りっぱなしだ。
とはいえ視聴者が子竜に心奪われる気持ちは、シズにもよく理解できる。
「キュ?」
子竜が配信妖精が居る方を見ながら、小さく首を傾げてみせる。
もしかすると妖精が読み上げるコメントが、子竜にも聞こえているのだろうか。
『こんにちは、小さな竜さん。生まれてくれてありがとう』
〈精霊扶養〉スキルがあれば精霊に『念話』で語りかけることができる。
そのことを思い出したシズは、目の前の竜に心の中で意識して語りかけた。
「キュキュ!」
シズの『念話』に応えるように、子竜が小さくそう啼いてみせる。
不思議とシズはその啼き声と一緒に『初めまして、ママ!』という言葉が、まるで二重音声のように伝わってきた気がした。
〈精霊扶養〉のスキルがあれば、言葉を話せない精霊からも意志が伝わるようになるらしいから。おそらくはその効果によるものだろう。
『そっか、私を『ママ』って呼んでくれるんだね。ありがとう』
「キュー!」
今度は単に、竜から歓喜の気持ちだけが伝わってくる。
どうやら必ずしも『言葉』の形で、竜の意志が伝わるわけではないらしい。
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▲子竜の名前を決定すると、あなたの『扶養精霊』になります。
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ふと、視界の隅に表示させているログウィンドウを確認すると。
子竜の名前を決めるように、催促する内容が記述されていた。
(名前かあ……)
この緑竜は、紛れもなく緑竜ディアスカーラの子竜だ。
だから、彼女に肖った名前をつけてあげるのが良いだろう。
『―――ディア』
「キュ?」
『君に『ディア』って名前をつけたいんだけれど、構わないかな?』
「……! キューッ!」
「わわっ」
工房の作業机から急に跳ねたかと思うと、子竜がシズの鼻先に抱き付いてきた。
しかも抱き付く力自体はあまり強く無いのに、一向に離れる気配が無い。
(そっか。小さくても、もう飛べるんだ)
今更ながら子竜―――ディアの身体が、浮いていることにシズは気付く。
生まれた瞬間から空を自由に飛べるなんて、流石は竜というところだろう。
「キュッ、キュ!」
啼き声と共に、ディアから『お腹減った!』という意志が伝わってくる。
卵の時に魔力は与えたばかりなのだけれど……。あの魔力は孵化する際に、全部使い切ってしまったのだろうか。
とりあえずシズはディアを再び『工房』内の作業机に座らせて、身体に触れながら魔力を注ぐことにする。
シズのMP最大値は『188』。これはそれなりに高い数値だとは思うけれど、ディアは卵の状態でも『200』ぐらいのMPは平気で受け容れていたから、このMP量ではおそらく足りないだろう。
だからシズは、ディアに触れているのとは逆側の手に『インベントリ』からイチゴジャムクッキーを取り出し、それを食べながら魔力を注ぐことにした。
傍から見ると非常に格好悪く、そして行儀が悪いかもしれないけれど。
こうでもしなければ、1回では魔力を注ぎきれないのだから仕方ない。
「キューッ……」
魔力を注がれている間、ディアは気持ちよさそうに目を細めていた。
そういう仕草ひとつとっても可愛らしいものだから、思わず頬が緩んでしまう。
―――最終的にディアは、シズから『400』程度のMPを受け取っていた。
卵から孵ったことで、生育に必要な魔力量が倍増したのだろうか。
〔操具師〕のスキルがあるシズは、クッキーを適宜食べていけば問題無く一度で魔力を供給することができるけれど。
ユーリ達3人はシズの支援を受けるか、または何度か分割しながら子竜に魔力を与える必要があるだろう。
特に前衛型のステータスであるため[知恵]と[魅力]の数値が共に低く、MPの保有量に乏しいイズミは苦労しそうだ。
「キュゥ!」
ディアが啼く声から『食べたい!』という意志が伝わってくる。
いま魔力を与えたばかりでは―――と、一瞬シズは戸惑うものの。
ディアの視線がイチゴジャムクッキーに向いていることに気付いて、得心する。
『ん、どうぞ』
「キュー!」
シズが差し出したクッキーを、嬉しそうにちょっとずつ囓るディア。
ディアスカーラからは、子竜を育てるのに必要なのは『魔力』だけだと聞いているけれど。それはそれとして、お菓子はディアの好みに合うようだ。
そういえばディアスカーラもまた、幸せそうな表情でクッキーを囓っていたような気がするから。お菓子好きなのは竜自体の嗜好なのだろうか。
「キュッ、キュッ!」
『はいはい』
お代わりを催促されたので、追加で1個ずつ取り出して食べさせる。
歓喜の気持ちがスキルの効果で率直に伝わってくるだけに、こうして食べさせているだけでも、充分に幸せな気持ちになれた。
合計でクッキーを4枚食べた時点で満足したらしく、ディアが大人しくなる。
手のひらサイズの割には、結構食べたのでは無いだろうか。
「キュゥー!」
ディアから『ありがとうママ!』という感謝が伝わってくる。
その言葉に応えるように、シズは優しく竜の顎の下を撫でてあげた。
気持ちよさそうに目を細めてみせるディア。―――うん可愛い。
《天使ママを見ていると、不思議と胸がドキドキしてくる》
《↑目覚めてしまったか、友よ……》
《↑いま君が感じているものを『バブみ』と言うのさ……》
《これが、バブみ……。オギャりたいのは、私……?》
相変わらず視聴者のコメントはよく判らないので、気にしないことにする。
というか『天使ママ』って……。もしかしてディアが意志で伝えてくる『ママ』という呼び方が、シズにだけでなく視聴者にも聞こえていたのだろうか。
『すみませんシズ姉様、MPの回復を手伝って下さい……』
『お、了解。今どこにいるのかな?』
そんなことを考えていると、イズミからパーティチャットで助けを求められた。
やはり予想通り、イズミのMP量だと子竜へのMP供給は厳しかったのだろう。
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