12. フィッティング
「……あの、シズお姉さま」
「うん? どしたの、ユーリちゃん」
「流石に配信はオフにされたほうが……?」
「あ」
今まさに武具店奥の女性更衣室に入ろうと、ドアノブに手をかけていたシズは、ユーリの言葉を受けてピタリと固まる。
確かに、更衣室の中を『配信』するというのは、どう考えても問題しかない。
《くっ、気付いてしまったか……》
《皆の心がひとつになって、黙ってたのに!》
「なんでそういうところで、妙な協調性を発揮するの……」
『放送』の視聴者から見えないようにしたい、と念じると。シズのすぐ傍を飛んでいた妖精の顔に、でっかいサングラスのようなものが装着された。
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◇配信妖精 Lv.0
この妖精が表示されているプレイヤーは『ゲームを配信中』です。
主にこの妖精視点からの映像が、視聴者には届けられます。
▲現在『音声のみ』を配信中です。映像は配信されていません。
現在の視聴者数:135人
コメントの読み上げ:オン
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何だろうと思って妖精のことをまじまじと見つめていると、詳細が表示される。
どうやら映像を届けず『音声だけを配信している』時には、妖精がサングラスを掛けた姿へと変わるらしい。
……あと、いつの間にか視聴者数がすっごい増えている。何でだ。
「ごめんね。なるべく早く着替えるから」
《アイマム!》
《衣擦れの音を楽しみにしています!》
「いや、私が着るのって金属鎧だと思うよ……?」
店員に『最も重たくて硬い鎧』を注文した以上は、当然そうなるだろう。
経験したことが無いから判らないけれど、何となく金属鎧を身につける時には、ガチャガチャした金属音しか鳴らなそうな気がする。
そんなことを考えていると。程なく更衣室のドアがコンコンと二度ノックされ、店員のお姉さんがやってきた。
どうやら『インベントリ』はプレイヤーだけでなく、NPCも利用できる機能らしい。店員のお姉さんはどこからともなく2人分の鎧を取り出して、室内に設置されたテーブル上に並べてみせた。
「……あの。鎧のサイズが、明らかに大きいように見えるのですが?」
金属よといと革鎧の実物を見て、ユーリが訝しげにそう問いかける。
棚の上に置かれた2つの鎧は、どちらも成人男性の―――それも、かなり体格が大きい男性が着用するぐらいのサイズがあるように見える。
少なくとも16歳の女子相応の身長しかないシズや、それより遙かに幼い体躯のユーリが着るには、明らかに分不相応なものだ。
「装備品というのは、基本的に『大は小を兼ねる』ようになっておりまして。予め大きく作っておくほうが、都合が良いのです」
「そうなんですか?」
「はい。当店の鎧や靴などは、必ずサイズ調整の魔法が掛かっております。まずはぶかぶかの状態で身に付けて頂き、それから『寸法調整』と念じて頂ければ、すぐにお客様に合うサイズに調整されますので」
「おおー……」
流石はファンタジー世界、とでも言うべきだろうか。何とも便利なものだ。
ちなみにサイズ調整の魔法には限界があり、元々のサイズより大きくすることは出来ないらしい。
だから『大は小を兼ねる』が、逆は成り立たないわけだ。
「それから金属鎧のお客様は、先にこちらへ着替えて下さいませ」
「……これは?」
「綿で作られた防護服です。これも金属鎧の一部のようなものですね。
普通の衣服の上から金属鎧を身につけますと、金属のパーツが擦れて生地が傷んだり、場合によってはその下の地肌を傷つけることがあります。また特に夏場は、陽光に晒されて金属が熱くなることもあります。なので金属鎧の下には衣服や肌を護るためにも、必ず防護服を着用するようにして下さいませ」
「なるほど……。判りました、気をつけます」
専門家である武具店の店員が言うのだから、そうすべきだろう。
ゲーム開始時から着用している民族衣装っぽい衣服は、なかなか見た目が可愛らしくて気に入っている。シズとしてもこの衣装を無闇に傷ませたくは無かった。
それから店員のお姉さんから直接教わりながら、5分ほど掛けて金属鎧を身につける。
店内に陳列されている金属鎧の中には、着用者の腕や脚まで保護する商品も多いみたいだったけれど。シズが身に付けているこの鎧は、胴体部分のみを保護するもののようだ。
チケットで交換できるのは最も安価な商品だけなので、流石に全身を余すところなく保護できる鎧などは、対象外なんだろう。
《ああ~! 着替えの音~!》
《これはエッチですよ》
サングラス姿の妖精さんが色々喋っているけれど、もちろん全無視する。
着用後に『寸法調整』と念じると、まるで最初から自分の身体に合わせて作られた品であるかのように、鎧はシズの身体にぴったり合ったサイズへと変化した。
しかもシズの背中から生えている小さな翼も、いつの間にか鎧に隙間が出来ていて、そこから外へ出るようになっている。
どうやら『寸法調整』はこんな細かい部分まで、着用者の身体にとって最適な形へと調整してくれるらしい。
「いかがでしょう、重くはないですか?」
「大丈夫です。それどころか、全く重さを感じませんね……」
正直、逆の意味で凄く違和感がある。
鉄か何かの金属で出来ているのだから、今シズが着ている鎧は軽く10kg以上の重量があると思うのだけれど。にも拘わらず、身体は全く不自由なく動かすことができるし、屈むことも、その場で跳躍することだって出来てしまう。
どう考えても、重たい鎧を身につけた女性に出来る動きではない。
「流石は〔操具師〕ですね……。その鎧でしたら、レベル5程度までの魔物の攻撃は殆ど防げると思いますので、前に立って戦っても大丈夫ですよ」
「あ、そんなに強力な防具なんですね、これ」
「レベル0の方の[筋力]で装備できる商品では無いので……」
軽く呆れるような口調で、店員のお姉さんはそう告げて笑ってみせた。
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初心者用ガームアーマー
物理防御値:46 / 魔法防御値:18
装備に必要な[筋力]:36
防具チケットと引き換えに交換可能な、初心者向けの防具。
武具店に持ち込めば、再び防具チケットに戻すこともできる。
金属のみで作られた鎧なので防御性能は高い。
但しかなりの重量があるため、機敏さは失われるだろう。
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ユトラのアドバイスに従い、キャラクター作成時にかなり無駄なく職業や種族、部族を選択したシズでも、最も高い能力値は『28』しか無い。
この鎧を身に付けるためには[筋力]が『36』も必要らしいから、装備するのに高いハードルがある防具なことは、想像に難くなかった。
しかもシズの場合は、何故か重量を全くと言ってよいほど感じないので、機敏さを失っている実感さえ全く無いのだから凄い。
「武器のほうもかなり重いのですが―――その様子ですと、問題無いでしょうね。この場でお渡し致しますが、振り回したりはせず、すぐに『インベントリ』へ収納して頂けますと助かります。……危ないですので」
「し、承知しました」
更衣室としては充分な広さがある部屋だけれど、武器を振り回せる程ではない。
店員のお姉さんの言葉に、シズとユーリはそれぞれに頷いて答える。
「ではまず、こちらが〔精霊使い〕用の腕輪と長弓になります。弓は交換用の弦をサービスで2本お付けしておりますが、以降は普通にお買い求め下さいませ」
「承知しました」
まずはユーリが、店員のお姉さんから武具を受け取る。
その説明を聞いて、シズは初めてユーリの戦闘職が〔精霊使い〕なのだと知った。
「では、こちらがチケットで交換可能な商品の中で最も大きい両手用の両刃斧と、大弓になります。同じく交換用の弦を2本お付け致しますね」
「……あれ? これってもしかして『和弓』ですか?」
「はい、左様です。東方諸国でよく使われる弓ですが……ご存じなのですね」
「触ったことはありませんが、知ってはいますね」
日本人ならとりあえず、誰でも知ってはいると思う。
とはいえ、あくまで知っているというだけだ。弓道部に入った経験でも無い限り、大半の人は触ったことなど無いだろう。
実際、シズも和弓に触るのはこれが初めてなのだけれど……。
―――不思議なことに。
棚の上に置かれた和弓に触れただけで、その『道具』をどのように扱えば良いのかが、一瞬の内にシズには理解できた。
これもまた、道具の扱いに特化した〔操具師〕特有の能力なんだろうか。
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お読み下さりありがとうございました。
金属鎧に両手用の両刃斧。完全に益荒男スタイルじゃないか。