111. 夏休みの直前
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『海の日』の翌日の7月17日から、学校で3日間期末テストが行われた。
週末の3連休は『プレアリス・オンライン』ばかり遊んでいた雫だけれど。
その割に―――試験の手応えは、充分に悪くないものだった。
もともと雫は普段、学校ではしっかり勉学に取り組む方だ。
別に根が真面目というわけではない。ただ、雫は無駄は省く方が好きだ。だから学校に通っている間はそうする方が有意義だし、効率的だと思っている。
授業は真面目に受けるし、判らない箇所があれば授業中でも積極的に質問する。
休み時間や昼休みは可能な限り授業の予習・復習に費やして、当日中に繰り返し知識を頭の中に叩き込むことで、記憶として定着させるようにしていた。
友達と駄弁るぐらいなら、勉強しながらでも問題無くできるしね。
マルチタスクが得意というのは、学校生活でも結構便利なのだ。
―――その代わりに、ひとたび校外に出ればもう、勉強なんてしない。
宿題はするけれど、それだけだ。自宅や図書館で勉強することがあるとすれば、それは試験を直前に控えた、ごく僅かな期間だけの話になる。
学校で最大限真面目に過ごしていれば、案外それだけでも上手くいくものだ。
今回の期末テスト後の自己採点では、主要科目の平均点は91.4点だった。
とりあえずこの点数なら、一人暮らしを許してくれている両親から叱られるようなことも無いだろう。そう思い、雫はほっと安堵の息を吐く。
もちろん、間違っても学年平均を下回っていることも無い筈だ。
雫が通っている高校では、1学期の期末テストの主要科目で平均点以下を取った場合、その科目の『夏期講習を受講しなければならない』決まりになっている。
この点数なら参加義務は生じないだろうから、夏休み中は自由に過ごせる。
ユーリ達から誘われている別荘にも、お邪魔することができるだろう。
7月20日の今日は1学期を締め括る『終業式』が行われた。
午前中だけで済むので、昼前には帰宅する。
普段なら長期休みに入る前日は必ずスーパーに立ち寄り、食材を大量に買い込むところなのだけれど。今回はどこの店にも寄ることなく帰宅した。
明日からユーリの別荘に滞在させて貰う予定になっているので、今日食材を買い込んだとしても、全て無駄にしてしまうからだ。
長期間家を空けることを思うと―――むしろ逆に、今日は冷蔵庫の中身を余さず消費するよう、努力しなければならない。
とりあえず、冷蔵庫に使い掛けのミックスベジタブル、ベーコンやソーセージ、残り少ないチーズが余っていたので、全部投入してお好み焼きを作った。
普段作るものよりも、随分と具材たっぷりで嵩が多い昼食を取りながら、別荘に持っていく物を頭の中で確認する。
長期の滞在になるから衣類や下着類は結構な数を持参する必要があるだろうし、相当に嵩張ることを覚悟しなければならない。時期的に夏物だけで良いから、他の季節の衣類よりはだいぶ軽量で済むのがまだ救いか。
夏休み用に出された学校の宿題も当然、全部持っていかなければならない。これは嵩張るというより、単純に重たいので持ち運びに苦労しそうだ。
地味に嵩張るものには『VRヘッドセット』がある。他に電子機器類はスマホと充電器、あとはノートパソコンも1台持っていきたい。宿題の際に活用するなら、やはりタブレットよりもノートのほうが便利だろう。
あとは頓服薬を幾つかとタオル類、目薬と洗口液、それから化粧水と―――。
別荘のすぐ近くにはスーパーやコンビニがあるそうなので、衛生用品や飲食物を殆ど持って行かなくて済むのは、大いに助かるところだ。
とはいえ、それでも大荷物になるわけだけれど……。雫が住んでいるマンションの下まで、ユーリの家の人が車を回してくれるらしいから、運搬には苦労しないだろうか。
(……そこまでして貰っちゃって、本当に良いのかなあ)
夏休みの間中、ユーリ達と一緒に別荘で暮らす。
そのことを想像するだけで、随分と幸せな気持ちになるのは事実だけれど。
泊めて貰うだけでなく、車まで出して貰うというのに―――雫の側からは、全くお金を支払わないということが、大変に心苦しい。
まして、雫は16歳の高校生で。
明日からお世話になる別荘を手配してくれたユーリは、まだ9歳の少女だ。
別荘の手配も、車の手配も、全てユーリがしてくれている。自分の半分ぐらいの年齢の子に、何もかも面倒を掛けさせてしまっているのはどうなんだろう……。
(悩んでも仕方ないな)
雫はこういう時、あまり考え込まないようにしている。
他人に訊いて答えが判るかもしれないなら、そうすべきだ。
そう思い―――雫は率直に、ユーリへメールを送って訊ねてみる。
何もかも任せてしまっているけれど、本当に良いのかということ。何か雫の側に少しでも手伝えるものは無いのかということ。
メールは5分と置かずに返信が返ってきた。
『シズお姉さまと一緒に、私が夏休みを過ごしたいんです。
実際にお会いして、日常の時間を共有してみたい。愛情を確かめ合いたい。
私の我儘で来て頂くのですから、そんなことは気にしないで下さい』
返信を読んで―――本当に優しい子だ、と思う。
同時に、ユーリのことが愛おしくて堪らなかった。
「とりあえず、お土産を作ろうかな」
手早くメールの返信だけ打った後に、雫は椅子から立ち上がる。
昼食の洗い物を済ませてから、キッチンに置かれている普段全く使用していない大型オーブンの内側を、軽く拭いておいた。
一人暮らしのキッチンには明らかに不釣り合いな、Lサイズピザが同時に3枚は焼けそうなこの大型のオーブンは、曾祖母から貰ったものだ。
いや、『貰った』と言うよりは『継いだ』と言うべきだろうか。このオーブンは曾祖母が亡くなった後に、形見分けの品として雫が受け取ったものになる。
ちなみに雫の持つ大型冷蔵庫も同じで、元々は曾祖母のものだ。
料理だけを趣味としている人だったので、曾祖母は自宅に随分と大型の調理器具や冷蔵庫を揃えていた。
曾祖母が亡くなった後、それらは当然処分することになったわけだけれど、大型とはいえ型が古い家電製品は、リサイクルショップで二束三文の値しか付かない。
それならばと、雫が嬉々として諸々を引き継いだわけだ。
……まあ、自分1人のご飯を作るだけならオーブントースターで済む場合が殆どなので、普段は大型オーブンは全く使っていなかったりするのだけれど。
それから事前に買っておいた材料で、ベイクドチーズケーキを2ホール作る。
砕いたビスケットにバターを練り混ぜたものを土台として敷き詰め、その上からクリームチーズや砂糖、生クリームなどといった定番の材料を混ぜ合わせた生地を流し入れ、焼いただけのものだ。
シンプルで簡単に作れるものだけれど、その分作り慣れているから、なめらかで濃厚さと上品さが両立した味わいに仕上げることができる。
大型オーブンでなら2ホール同時に焼けるので、時間も大して掛からない。
「……うん、良い焼き上がり」
焼き上がったら少し冷めるのを待ってから、ケーキ用の箱の中に入れて冷蔵庫で明日まで保管しておく。
チーズケーキは焼きたても美味しいけれど、作ってから一晩置いたものも、ビスケットの食感がしっとりするので雫は好きだ。
ちなみにケーキ用の箱は100均ショップで売っていたりする。
ケーキ材料の専門店は購入が100箱単位だったりすることも珍しくないので、少数ずつ買える100均ショップは結構お勧めだ。
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荷物の準備を終えた後に『プレアリス・オンライン』にログインする。
ゲーム内にはもうユーリ達3人がログインしていたけれど、今日は一緒に行動はしないことになっている。
どうせ明日以降ユーリの別荘で一緒に暮らすようになれば、ゲーム内外を問わずべったりになるだろうから。その前日の今日ぐらいは、単身で出来ることを色々と消化しておこうという話になったのだ。
というわけで、シズは早速『錬金術師ギルド』へと向かう。
クラーバ島で採取した各種素材を使って何か作れないか、そろそろ一度挑戦してみようと思っているのだ。
ちなみにクラーバ島へは、既にあのあと一度訪問していたりする。
これは《恋人送還》の異能を有効活用すれば、ディアスカーラにわざわざ迎えに来て貰わなくとも、あの島まで簡単に移動できることが判ったからだ。
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《恋人送還》
あなたの元へ転移してきた『恋人』を、元居た場所へ送り返す。
望むなら『恋人』を送り返す先に、あなたは一緒に転移できる。
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この《恋人送還》は、以前に『錬金術師ギルド』の工房にて視聴者からの鍍金を受け付けた際に、初めて鶴子さんが転移してきた際に手に入った異能だ。
確か『押し掛け恋人』という実績の報酬として、手に入ったものだったと思う。
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《白百合》
同性としか『恋人』以上の関係になれなくなる。
あなたの恋人は関係に『依存愛』を選択可能になる。
『恋人』以上の関係にある相手は、1日に1度まで
瞬時にあなたが居る場所へ転移することが可能になる。
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手順は簡単で、特殊職〔白百合の天使〕の能力を利用して、まずクラーバ島にいる『恋人』のディアスカーラに、シズが居る所まで転移して来て貰う。
この際にディアスカーラには必ず『人化』した状態で来て貰うよう、お願いする必要がある。もしシズが街中に居る時に、竜の姿でディアスカーラが転移して来たなら、間違いなく大騒ぎになるだろう。
そしてシズの元へ転移してきたディアスカーラを、すぐに《恋人送還》の異能で元居た場所へと送り返す。
送還の際にシズも一緒に転移すれば、一瞬でクラーバ島まで移動できるというわけだ。あとは必要に応じて、ユーリ達にも〔白百合の天使〕の能力で、転移を利用して来て貰えば良い。
採取を終えたあと森都アクラスへ帰りたくなった時は、クラーバ島の周囲に棲息するセイレーンに喧嘩を売れば『死に戻り』で一瞬で帰れる。
イズミが戦ってみたいと言うから、一度戦ってみたのだけれど。女のシズ達には歌の魅了こそ効かないけれど、それを抜きにしてもあっさり倒されてしまった。
プラムが確認したところによると、セイレーンのレベルは『85』もあったらしい。そりゃあ……まあ負けるよね、と思わずシズは納得してしまった。
何はともあれ―――《恋人送還》のお陰で、今後もクラーバ島の植物素材を安定して入手できそうな状況が、思いのほか簡単に整ってしまった。
なので今となってはもう、畑を借りることを急ぐつもりもない。
とりあえず竜の卵が孵ってから、畑については改めて考えようと思っている。
ディアスカーラに貰った竜の卵には、あれから毎日魔力を注いでいる。
卵には1日に魔力を200MPぐらいまで注げるようなので、常に上限まで与えるようにしている。あとどのぐらいで卵が孵るのかは、シズにも判らない。
ちなみに、シズとユーリとプラムの3人は緑竜の卵に魔力を注ぎ、イズミは赤竜の卵に魔力を注いでいる。
植物素材を必要とするシズ達3人は畑目的で、イズミは鍛冶目的というわけだ。
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お読み下さりありがとうございました。




