11. 一番いい装備を頼む
天擁神殿の中をユーリと一緒に見て回ると、建物の奥側には礼拝所っぽい空間があり、そこには大きな神像がひとつ安置されていた。
「何の神様なんでしょう?」
「さあ……?」
ユーリに問われるが、シズも首を傾げるばかりだ。
天擁神殿の『天擁』が、この世界に於ける『プレイヤー』を指す単語であることは知っている。公式サイト内で説明されていたからだ。
だから、この神殿が『プレイヤーのための施設』なのも判るわけだけれど。とはいえ、祀られている神様に関しては何も知らなかった。
神殿の中には聖職者らしき人も居るみたいだから、その人達に訊けば多分、懇切丁寧に教えて貰えるんだろうけれど―――。
「今は別にいいですね」
「そうだね」
ユーリの言葉に、シズもすぐに同意する。
別に聖職者の説法を聞くのが嫌なわけでは無いけれど。時間を費やせば、それだけ魔物を狩りに行くのが遅くなる。
配信を視聴している人達を退屈させることにもなりかねないし、神殿で祀られている神様については、後ほど公式サイトなどで調べれば良いだろう。
一応シズは、カソリック風に手を合わせてから目を閉じて、神像に向けて数秒間だけ祈りを捧げておいた。
祈りの作法がこれで合っているかは判らないし、そもそも神様の名前も知らないわけだけれど。別に祈ったから罰当たりということも無いだろう。
《神様に祈りを捧げる天使ちゃん推せる》
《天使ちゃんに後光が差しておられる》
《神聖でしかも尊いとか、もうこれ無敵やん?》
……そういえば、自分の姿は完全に天使のそれなんだっけ。
天使が神像に祈りを捧げている光景というのは……傍から見ると、ちょっと奇異なものにも見えそうだ。
神殿内を見て回ると、全部で4つの掲示板が置かれている部屋があった。
この掲示板から『天擁神殿クエスト』が受領できるんだろう。
大きな掲示板の両面に大量のクエスト用紙が貼り出されている。これだけ沢山のクエストがあれば、まだレベル『0』のシズ達にも出来るものがありそうだ。
「シズお姉さま、これを受領しませんか?」
ユーリがそう告げて指差した2枚の用紙には、それぞれ『ピティ』と『水蛇』という魔物を20匹ずつ討伐するクエストが書き出されていた。
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◇ピティの討伐 /天擁神殿クエスト
受領単位:[個人]または[パーティ]
受領制限:戦闘職のレベルが『6』以下
ファトランド王国領内で『ピティ』を20体討伐する。
△報酬:戦闘経験値50、スキルポイント20、聖水×2
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◇水蛇の討伐 /天擁神殿クエスト
受領単位:[個人]または[パーティ]
受領制限:戦闘職のレベルが『7』以下
ファトランド王国領内で『水蛇』を20体討伐する。
△報酬:戦闘経験値100、スキルポイント20、聖水×2
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クエスト用紙を見つめていると、その詳細な情報がシズの視界にウィンドウでも表示される。
ピティと水蛇は、昨晩『リリシア・サロン』で話した際に、ラギから序盤に狩る相手としてお勧めされていた魔物だ。
チュートリアルクエストが終わった後、ユーリと一緒に狩りに行く対象として、ちょうど手頃だろう。
天擁神殿クエストはデイリークエストに較べると、報酬が少ないようだ。
特に、達成時に貰えるスキルポイントの量などには、かなりの開きがある。
いや―――これはどちらかと言うと、デイリークエスト側の報酬が『美味しい』ものに設定されているのかな。
「達成してもお金が貰えたりしないんだね」
「みたいですね。代わりに『聖水』のアイテムが貰えるみたいですが……」
「ま、試しに受けてみよっか」
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◇『ピティの討伐』と『水蛇の討伐』を受領しました。
あと1つまで天擁神殿クエストを同時受領できます。
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ウィンドウを見ながら『受領する』ことを念じると、無事にクエストを受けることができた。
このゲームは殆どのことが『意志』で操作できるから、いちいち操作方法に悩まないで済むのが、初心者のシズにはとても有難い。
「あ、私にも同じクエストが受領されたみたいです」
「先にパーティを組んでおけば、一緒にクエストをやれるんだね」
『受領単位』に[パーティ]と書かれているクエストは、パーティを組んでいるメンバーと一緒に受領できるんだろう。
天擁神殿クエストは一応もう1つ受領できるみたいだけれど……。別に初日から上限まで引き受ける必要も無いかな。
神殿内をあらかた見て回ったシズ達は、建物から出たあと視界内に『マップ』を表示させて、都市内にある武具店の位置を調べる。
流石は『大都市』と言うべきか、アクラスの都市には全部で5軒以上の武具店が存在しているようだ。どの店に行くべきか、シズは少しだけ悩む。
「都市の中央近くにある大店が良いのでは無いでしょうか。小さなお店ですと、そのぶん武具の取り揃えが限られているかもしれませんし」
「なるほど」
アドバイスを受けて、シズは神殿から一番近くにある武具店に決める。
再びユーリと手を繋いで街中を歩くと、数分と掛からずに到着した。
「おお、結構立派な店だね」
「そうですね。これなら揃えも良さそうです」
シズ達が訪れた武具店には、客が優に30人以上は入れそうな広さがあった。
この規模の店なら、大抵の武具は用意があるだろう。
店内には10人以上の店員が居たけれど、客の姿はまばらだった。
まだ午前中だし、この時間から武具店に来る客は少ないのだろうか。何にしても閑散としたこの状態なら、店員を占有しても迷惑にはならなそうだ。
そう考えたシズは「すみません」と、何となく人の良さそうな雰囲気が出ているお姉さんに声を掛けた。
「いらっしゃいませ。何かお探しの武具はございますか?」
「このチケットは、ここのお店で使えるのでしょうか?」
意識することで『インベントリ』の中から取りだして、『武具チケット』2枚と『防具チケット』をシズが見せると。店員のお姉さんはすぐに頷いてくれた。
「はい、大丈夫です。そのチケットで好きな種類の武器2つと、好きな種類の防具1つが交換ができます。但し、店内で最も安価な品となりますのでご了承下さい」
「それでも充分有難いです」
一番安いものでも、最初から武具が有ると無いとでは大違いだ。
「ちなみに武具を当店まで返品頂ければ、チケットに戻してお返しすることが可能です。返品する武具は使用済の状態で大丈夫です。なので実際に使用してみて気に入らなければ、後から別の武具に取り替えることができますよ」
「あ、それは嬉しいですね。じゃあチケットで交換可能な商品の中で、最も強力な近接武器と遠距離武器、それと最も重たくて硬い鎧を頂けますか?」
「……は?」
シズの言葉を受けて、店員のお姉さんが目を丸くする。
そしてたっぷり10秒間ぐらい驚いた後には、満面の困惑顔を浮かべてみせた。
《注文内容が、完全に蛮族www》
《筋肉に定評のあるマッスル天使ちゃんだぞ》
《天使姿の女の子から言われたら、そら店員さんも困惑するわ》
困惑する店員とは対照的に、配信の視聴者は大喜びだ。
……うん、まあ。言葉の内容だけ振り返ると、結構変なことを言ってしまったのかもしれない。
「えっと。私、武具は『何でも』装備できる職業なので」
「―――ああ! もしかして〔操具師〕の方でいらっしゃいますか?」
「あ、はい。そうですそうです」
判って貰えたことに、シズはほっと安堵する。
武具店の店員になら、すぐに察して貰えるかと思ったのだけれど―――この世界で〔操具師〕というのは、意外になり手が少ない職業なのだろうか。
「ご注文承りました。お連れ様は何になさいますか?」
「精霊魔法の補助になる腕輪と森林種向きの長弓、それと動きを阻害しない軽めの革鎧をお願いできますか」
店員が問いかけた言葉に、シズの隣でユーリがそう即答する。
そつがない回答をするユーリに、思わずシズは感心してしまった。この手のゲームに慣れていることが、このやり取りだけでもよく判る。
「承りました。店内左奥に女性用の更衣室がございますので、そちらの室内で少しお待ち頂けますか。すぐに商品をお届け致しますので」
「お手数お掛けします」
「よろしくお願いします」
2人分のチケット類を渡した後に、ユーリと並んで頭を下げる。
店員のお姉さんはそれに笑顔で応えてから、鎧が陳列されている一角へと歩いていった。
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お読み下さりありがとうございました。
『VRゲーム』ジャンルの日間23位ぐらいに入っててびっくりしました。
評価やブックマークを入れて下さり、ありがとうございます。