109. ドラゴンの恋人
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夕食を終えた後、再び『プレアリス・オンライン』の世界にログインする。
時刻は19時30分を過ぎた頃。ユーリ達が夕食を終えて戻ってくるまでには、まだあと30分ぐらいは掛かるだろう。
(とりあえず、今のうちに出来るだけ採取しておこうかな……)
今日という日を過ぎれば、多分もうこの島へは来られない。
もちろんセイレーンが倒せるようになれば、普通に来るのも可能だろうけれど。おそらくそれは、かなり先の話になると思う。
―――セイレーンは、何かの神話にさえ登場するような魔物だ。
シズ達が最近レベル上げのために戦っている『ゴブリン』などとは、較べものにならないほど強力な魔物であることは、何となく想像がついた。
というわけで夕食前に引き続き、エストハーブを片っ端から採取していく。
エストハーブにしてもライフプルーンにしても、現時点でそれらの素材を用いる調合レシピは、何も所有していないわけだけれど。
とはいえ、遠からず必要になる素材だと判っている以上は、少しでも多く確保しておきたい気持ちがあった。
『おかえり、シズ。精が出るのう』
「ああ―――ただいま、ディア」
多分、シズの頭上に浮かび、煌々と光を帯びている『天使の輪』が、夜が更けた今となっては非常に目立つからだろう。
採取を開始して間もないうちに、すぐにディアスカーラがシズの姿を発見して、話しかけてきた。
ディアスカーラには一度ログアウトで別れる際に、シズ達が『天擁』であることを既に告げてある。
この世界で天擁は『現れたり消えたりする存在』として、広く認知されている。
だから自身が天擁であることさえ明かしておけば、ログアウトして一時的に姿を消していても、そのことをNPCから訝しく思われることはまず無い。
『シズ以外の3人はまだ戻って来ておらぬのか?』
「あー……。彼女達が戻るには、あと30分ぐらい掛かると思う」
『ふむ、そういうものなのか……。ひとりきりで採取というのも少々寂しかろう。良ければ儂も手伝っても構わぬか?』
「あ、うん。それはもちろん嬉しいけれど―――」
エストハーブは地面から直接生えている薬草で、サイズも比較的小さいものだ。
このサイズの素材を、竜の中でも特に大きな巨体を持つディアスカーラが採取するというのは、なかなか難しいのでは無いだろうか。
シズがそう思っていると。突然、ディアスカーラの身体が一瞬だけ白く輝いて。
光が収まると―――彼女の身体が、人間と同じものへと変わっていた。
「へ……?」
思わずシズは、その場で目を瞬かせる。
先程まであった竜の巨体はどこへ消えたのか―――今シズの目の前にいるのは、ユーリ達と同じぐらい小柄な体躯をした、緑の髪をもつ1人の少女だけだ。
頭部から角が2本生えている辺りだけは、ちょっと竜っぽいけれど。
その特徴を除けば、本当に人族のそれと何ら変わらない姿にしか見えない。
「くふふ、驚いたか? この島の竜達はほぼ全員が『人化』できるのじゃ」
「……レガ?」
「む、知らぬのも無理ないのう。『人化』とは文字通り、人族に近い姿を取る術法のことじゃな。竜に限らず、高位の存在であれば用いる者は少なくない」
『レガ』という単語を聞いただけで、頭の中に『人化』という漢字が自然と思い浮かぶ。おそらく、何らかのゲーム的な補佐によるものだろうか。
また、いつの間にかディアスカーラの声が頭の中に直接届くものではなく、普通に耳から聞こえるものへと変化していた。
どうやら『人化』で人間の姿になれば、人間と同じように喋れるらしい。
「どうかの? こちらの姿なら、外見もシズの好みじゃろうか?」
「……と、とりあえず、何か着ない?」
人の姿で目の前に迫ってきたディアスカーラに、シズはちょっと狼狽する。
彼女が何ひとつ衣服を身につけていないからだ。
いやまあ、竜の時に衣服を身に付けていた筈も無いのだから、そのまま人の姿に変身したなら、全裸なのは当たり前かもしれないけれど―――。
「ふむ? 別に儂は、自らの身体に恥ずべきところなど無いが?」
「綺麗過ぎて私が欲情しちゃうから、隠して欲しいかな」
「む。そ、そうか……。そういうことなら、し、仕方ないのう……」
シズの返答を受けて、ディアスカーラは判りやすく顔を赤らめてみせた。
強気な性格なのかと思っていたが、どうやら受けに回ると弱い性分らしい。
そういうところも―――シズはただ、可愛らしいと思ってしまうわけだけれど。
(ま、まだ配信してなくて、良かった……)
今のディアスカーラの姿を『配信』で視聴者達の目に晒さないで済んだことに、シズは内心でほっとする。
女の子の身体を、相手の許可もなく第3者の目に晒すようなことは許されない。
それに何より―――シズ自身がそれを嫌だと思うからだ。
もちろんシズが使用している機材は『配信』を実行中に限り、通常の製品同様に規制や制限が掛かるはずだから。その場合、ディアスカーラの身体は『謎の光』で保護され、視聴者からは見えなくなっていた筈だけれど―――。
保護があろうと無かろうと。女の子の際どい姿を無闇に見世物にしてしまうような真似は、同性を愛するシズからすれば断じて望まざることだ。
ディアスカーラには、シズが持つ予備の服を着て貰うことにした。
これは以前平日の採取時に、雨で服が濡れたのに着替えを何も持っていなかったのを反省して、後日購入しておいたものだ。
ディアスカーラは頭部に2本の角が生えているので、その角でシャツが破けてしまわないように、シズも少しだけ彼女の着替えを手伝う。
「おお―――。これは、なかなか儂、カワイイのではないか?」
「うん、とっても可愛いよ。よく似合ってる」
「くふふ、そうじゃろう! 嬉しいのう、嬉しいのう!」
賞賛の言葉に、素直に喜色満面の笑みを浮かべてみせるディアスカーラ。
そういうところも、本当に可愛らしい。ユーリ達3人の、誰とも違う性格をしているのも、すっかり彼女に惹かれている魅力のひとつだろうか。
ディアスカーラに渡した服は、ノースリーブのシフォンブラウスとショート丈のフレアスカート。今の季節を考慮して、どちらも夏物の比較的薄手のものだ。
……脇が見えているノースリーブブラウスや、膝上丈のスカートが、どうしても今だけはとても扇情的な衣装に見えてしまうのが困る。
何しろ―――ディアスカーラは、この服の中に下着を何も付けていないのだ。
折角服を着て貰ったのに、相変わらずちょっと直視しづらいものがあった。
「シズよ。この服は貰ってしまっても良いのか?」
「うん、それで良ければ貰って欲しいかな」
「ありがとう、友よ。―――これは礼をせねばならぬのう」
ディアスカーラは、そう告げながらくすりと微笑んでみせる。
「いやいや、礼なんかいらないよ。卵も沢山貰っちゃったわけだし」
「それは毎日出るゴミを押しつけただけじゃ。感謝に値するようなことではない」
その言葉を聞いて、自分達が産んだ卵を、何の躊躇もなく『ゴミ』と言い捨ててみせるディアスカーラの物言いに、思わずシズは苦笑してしまう。
とはいえ、彼女は卵のことを『望むと望まざるとに拘わらず』産み出される物だと言っていたから。当事者からすると、その程度の認識なのかもしれないが。
「……お?」
唐突に、視界内に1つのウィンドウが開いて、シズは驚く。
そのウィンドウには『フレンドの登録申請』と書かれていた。
どうやら目の前にいるディアスカーラから送られてきたものらしい。
無論、ディアスカーラと『フレンド』になるのに否やがあろう筈も無い。シズは迷うことなく、すぐに意志操作により『受諾』を選択した。
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▲ディアスカーラ(星白)と相互に『フレンド』になりました。
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視界の隅に表示させたログウィンドウに、無事ディアスカーラと『フレンド』になれたことが記述される。
そのメッセージを見たシズは、まず何より(竜も『星白』に含まれるのか)と、たった今知った事実に驚かされていた。
今までずっと、人族のNPCを『星白』と呼ぶと思っていたからだ。
「ふふ……。竜からフレンドを申し込まれても、一切迷うことなく受諾するとは。シズは本当に変わった人族じゃのう」
「私は同性の子が好きな性分だからね。可愛い女の子とフレンドになれるなんて、嬉しいことでしかないし」
「くふふ……! シズは本当に面白いのう!」
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▲『ディアスカーラ』があなたとの関係に『恋人』を選択しています。
こちらからも同じ設定を行うと、正式に『恋人』関係になります。
▲フレンドのディアスカーラ(星白)と『恋人』の関係になりました。
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ディアスカーラから関係を『恋人』に選択されたので、シズからも迷うことなく彼女との関係を『恋人』に選び返す。
数秒の間も置かず関係が成立したことに、ディアスカーラは一瞬だけ驚いた顔をしてみせたけれど。
すぐにいつもの調子に戻り、くふふと愉快げに笑ってみせた。
「流石じゃのう。『恋人』の関係になることにさえ、一切躊躇せぬか。
―――では、これから『恋人』としてもよろしく頼むぞ、シズ」
「ん。よろしくね、ディア」
ディアスカーラが差し出して来た右手を、シズはすぐに握り返す。
結構強い力で握られたものだから、地味に痛く―――は無いけれど。強固に手が圧迫されているような感覚があった。
5秒ぐらい経って手が離れても、まだ少しじんじんと右手が痺れている。
「儂らは基本的にこの島から殆ど出ることなく生活しておるが、別に出てはならぬという決まりがあるわけではない。実際、青竜などは偶に出掛けておるしな。
無論『恋人』から呼ばれれば、隣島まで足を運ぶぐらいは何でもないことじゃ。再びこの島を訪れたい時には、いつでも儂に声を掛けるが良い。人族を4人背に乗せるぐらいは、儂の体躯にとっては何でもないことじゃからのう」
「おお……。それは凄く助かるけれど、良いの?」
「うむ。まあ、多少の手土産でも用意してくれると嬉しいがの」
「んー、手土産ねえ。『甘い物』と『可愛い服』の、どっちが良い?」
「是非両方頼む!」
「あはっ。オッケー、了解」
服だけでなく甘い物にも興味があるようなので、MP回復用に常備しているイチゴジャムクッキーを渡すと、ディアスカーラはそれを嬉しそうに囓ってみせた。
このクッキーは森都アクラスの商店で『200gita』で売っているものだ。
1箱にイチゴジャムを挟んだクッキーが50枚入っているものなので、クッキー1枚当たりの単価はたったの『4gita』になる。
そんな安価な甘味でも、この島の自然の中で暮らすディアスカーラにとっては、好ましいものであるらしく。なんとも幸せそうな表情でクッキーを囓る少女の顔を見ているだけで、自然とシズの顔も綻んでしまう。
彼女はクッキーを食べるのに忙しく、採取は全然手伝ってくれなかったけれど。可愛らしい姿が至近距離で見られたので、無論シズに不満など無かった。
この後―――クッキーの礼としてディアスカーラは、また泳いで帰るのは大変だろうと、シズ達4人を森都アクラスの近くまで送ることを提案してくれた。
何らかの方法で『死に戻り』するつもりだったから、その提案はとても有難いものだ。シズは感謝を述べて、その申し出を受けることにする。
というわけで、ユーリ達3人が夕食を終えてログインして来た後、再び竜の姿に戻ったディアスカーラの背に乗って、森都アクラスの近くまで送って貰った。
竜が都市の近くに着陸すると、住人の人達が大騒ぎになりそうな気がしたから。ディアスカーラとは、都市近くの上空で別れることにした。
高所から安全に地上に降りるだけなら、聖翼種であるシズの能力で問題なく可能だからだ。
別れ際に「乗せてくれたお礼に、後でクッキーを1箱メールで送っておくね」と告げると。竜の姿のままでもはっきりと判るぐらい、ディアスカーラはとても嬉しそうにしていた。
その無垢な笑顔をみていると―――何だか、運送代金を『200gita』の物だけで支払うのは、ちょっと申し訳無い気がしてきたから。
後でクッキー以外にも、幾つか甘い物を見繕って送ろうと思う。
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VRゲームジャンルの四半期ランキングで3位に入っておりました。
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