107. 緑竜ディアスカーラ
それから暫くの間、シズ達は植物を採取しながら川沿いを上流側へと進む。
採取できるものが周囲に沢山溢れ過ぎているせいで、全ては回収できない。
何を回収して何を諦めるのか、取捨選択する必要があるのが辛いところだ。
時間的な問題もあるけれど―――それ以上に『インベントリ』の空き領域が凄い勢いで埋め尽くされていくのが厳しいのだ。
『なんじゃ、人族がこの島におるのは珍しいのう』
採取作業を行っているシズ達に、不意に話しかけてくる声があった。
頭の中に直接響いてくる声は、どちらの方向から話しかけられたのかが非常に判りにくい。
だから慌てて周囲を見回してみると―――いつの間にかシズ達4人のすぐ後ろに、非常に大きな巨体を持つ『緑』の鱗を持つ竜が立っていた。
おそらくはこの竜が、先程の赤い竜が話していた緑竜なのだろう。
「今日は魔物が居なかったので、泳いでこの島まで来たんです」
『泳いでとな! いかに海神様の庇護ある日とはいえ、自らの身ひとつで来るとは豪毅なお嬢さん達じゃのう!』
シズの回答が随分と面白かったらしく、そう告げてから緑竜は、気持ちの良い大声でカラカラと高らかに笑ってみせた。
なんだかこの緑竜は、先程の赤い竜以上に、いかにも老人らしい話し方を好むところがあるようだけれど。
一方で―――脳内に聞こえてくる声質は、シズと同じぐらいの年齢か、下手をするとユーリ達と同年齢にも思える程に、幼い少女の声でもあった。
かなり巨体の竜であるだけに、正直を言って見た目と声のギャップが凄い。
「身体は大人にしか見えないし、結構歳を召しているみたいな話し方をするのに、随分と声は可愛らしいんだね?」
―――そう思ったので、直截にそのことを訊ねてみた。
シズが発言してから少し間があって、後ろで「ひっ」と小さな悲鳴が上がる。
プラムが発したものだ。……おそらく、シズの発言が目の前の竜を怒らせかねないと、彼女はそう恐れたのだろう。
『おお、そう思うか! そう思うてくれるか!』
……けれど、そのプラムの予想とは裏腹に。
シズの言葉を受けて、緑竜は明らかに嬉しそうな声で笑ってみせた。
流石にこの反応は、シズも想定外だ。
『竜という生き物はのう、より格が強い個体―――即ち、強い『精霊力』を有した個体ほど、身体のほうは成長すれども、いつまでも若々しくおれるのじゃ。
儂はこの島に棲む緑竜の中では、最も強い個体じゃからのう。若さを保つことに関してはそれなりに自負もあるゆえ、そう思って貰えたなら嬉しいのう』
「へー、そういうものなんだね。可愛らしい声で、私はとても好きかな」
『くふふ、嬉しいのう! 嬉しいのう! 儂もおぬしの声はとても好きじゃぞ!』
「そう? ありがとう」
先程の赤い竜も気さくな性格だったけれど、こちらの緑竜はそれ以上に。
……というか、それとは別の意味で『人懐っこい』性格であるように思える。
何にしても、気安く会話できる相手はシズとしても好ましい。
『名を訊いても構わぬか? 儂はディアスカーラと言う』
「シズって言います。よろしくね」
『シズか、良い名じゃのう。声も大変に綺麗じゃし、それに器量も良さそうじゃ。
ふむ―――いっそ儂とつがうか? 儂は人族が相手でも全く構わぬぞ!』
「……へ? つがう?」
言葉の意味が判らず、一瞬シズはきょとんとしてしまうけれど。
程なくして―――脳内検索して『番う』という単語がヒットした瞬間に、思わずかあっと顔が熱くなった。
「シズお姉さまは譲れません!」
「お、おお、お姉さまは絶対に渡しませんわ!」
「シズ姉様は私達3人のものです」
緑竜―――ディアスカーラの言葉をシズ自身が拒否するよりも早く、いつの間にか後ろにいた筈の3人が前に出て、抗議の声を上げていた。
巨体の竜が相手でも、一切怯むことない3人の行動が、あまりに嬉しかったものだから。じんわりと目頭が熱くなる思いがした。
特にプラムは竜が怖いのか、明らかに震えた声をしているのに。
それでも絶対に譲らないと言わんばかりに、意志を定めた表情を浮かべてディアスカーラと対峙してくれていることに、大きな愛情を感じる。
『なんじゃ、もう番いが3人もおるのか……。人族の魅力の良し悪しは、儂にはあまりよく判らぬが。シズは随分とモテるのじゃのう』
「果報なことにね」
ディアスカーラの言葉に、シズは素直な気持ちからそう答える。
実際ユーリやプラム、イズミのような、とても可愛い女子3人から同時に好意を持たれていることは、シズの人生にとって最大の幸運と言って間違いない。
ちなみに当の3人は何だか、少し照れくさそうな表情をしていた。
ディアスカーラから『番い』と言われたのが、恥ずかしかったのだろう。
『そういえば、シズはこんなところで何をしておったんじゃ?』
「植物素材の採取をね。私は〔錬金術師〕だから、こういうのよく使うんだ」
『ほほう。錬金術―――霊薬の作り手じゃな。なるほどのう、それならば確かに、植物素材は色々と必要になるじゃろうな』
「この島の植物素材は、珍しいものが多いみたいだし、品質も良いみたいだから。有難く採取させて貰ってるよ」
『うむ、うむ。目一杯採取していくがよい。どうせ我のような緑竜がおる限りは、勝手に繁茂していくからのう。全く遠慮はいらぬぞ』
ディアスカーラもそう言ってくれたので、遠慮無く植物素材を採取していく。
採取したライフプルーンの数は、早くも200個を超えているけれど。今後この島に来ることが難しいことを思えば、幾らあっても多すぎるということはない。
『海神様の庇護でセイレーンが居ないのは今日限りのことじゃ。明日以降はもう、シズはここへ採取に来るのは難しくなるのでは無いかの?』
「あ、うん。そうだと思う」
『ふうむ、残念じゃのう……。折角人族の友を得たというのに、次に会える機会も判らぬというのは』
「ディアスカーラがそう言ってくれるのは嬉しいよ」
シズのことをもう『友』と呼んでくれる、人懐っこい緑竜ディアスカーラ。
彼女がいつ再会できるか判らないことを、惜しんでくれることが嬉しい。
『のう、シズよ。どうせなら植物ごと持っていってはどうじゃな?』
「……へ?」
ディアスカーラが告げた、言葉の意味が判らなくて。
思わず首を傾げていると―――シズの目の前でディアスカーラは、軽々とライフプルーンの樹木を1本丸ごと、地面から引き抜いてみせた。
『この木ごと持っていけば、シズの土地に植え直せるのでは無いかの?』
「そ、その発想は無かった……」
『どうせ儂らがおる限り、この手の植物は勝手に数が増えていく。果実だけ採取するのも悪くは無いが、別に樹木を丸ごと持っていっても儂らは一向に構わぬぞ?』
そう告げながら、ディアスカーラは更に何本かのライフプルーンの木を、地面から引き抜いてみせる。
土地は持たないけれど、そのうち畑を借りるつもりはあるのだから。確かにディアスカーラの提案は、悪いものでは無いかもしれない。
(……とはいえ、持って帰れるのかな、これ)
ライフプルーンは灌木ではあるものの、2m程度の高さはある。
ディアスカーラは綺麗に根っこごと樹木を引き抜いてくれているため、根っこの部分も含めると3m弱ぐらいの大きさはありそうだ。
このサイズの物が、果たして収納できるものだろうか―――。
試しに引き抜かれたライフプルーンの樹木に手で触れながら、収納しようと念じてみたところ。案の定と言うべきか『インベントリ』には入らなかった。
続けて〈素材収納〉スキルのほうで回収しようと意識してみると、こちらになら何とか収納することができた。
但し、本来は同種のアイテムなら100個までは『1枠』の中に纏めて収納できるのだけれど。樹木の場合は1本収納しただけで『1枠』が満杯になるようだ。
『とりあえず、10本もあれば足りるじゃろう』
「あ、ありがとう、ディアスカーラ」
『ウム!』
シズの〈素材収納〉スキルはランクが『1』なので、収納枠は『5』つだけだ。
それでは当然、10本ものライフプルーンを回収することはできない。
仕方なくシズは、その場でスキルポイントを200消費して〈素材収納〉スキルのランクを『3』まで成長させる。
これで収納枠が『5』から『15』まで増えるから、問題無く入るだろう。
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